第33話B みんなで釣りへ(ミルティ視点)

 港町の近辺で暮らすようになり、わたくしの毎日は、とても充実しておりました……! コルクさんとユノさん、おふたりのお友達は本当に優しくて、素敵な人で……。わたくしの、かけがえのない宝物です。


 わたくしの日課は、スシBARの前の水路でコルクさんの様子をこっそり伺うことでした。ユノさんが先に出て来られて、わたくしに元気良く声をかけてくださることも多いのですが……!


「うぅ〜ん……。今日はコルクさんは、お店から出て来ないですね……。お仕事がお忙しいのでしょうか……?」


「ミルティ……。ミルティ……!」


「あっ、その声は……! ココちゃん……!」


 わたくしの背後から聞こえた声、それはわたくしの旧友のココちゃんでした。以前、ウナギの口の中からコルクさんに助けられた子です。


「どうしたんですか、ココちゃん? 住処に帰ったんじゃなかったんですか?」


「ミルティのことは信用してるけど、やっぱり僕は心配なんだよ……! だからちょっと様子を見に来たんだ……!」


「もうっ! 本当に心配性なんですから! 大丈夫だって言ったでしょう?」


 相変わらずのココちゃんに少し呆れつつ、わたくしのことを心配してくれてるのは素直に嬉しく思いました……。


「魔術師の女はやっつけたみたいだけど、まだまだ人間は信用出来ないんだから!」


「えっ? 女?」


 コルクさんが戦っていた魔術師のブラン。わたくしは、間近でその姿を見ていました。あの方は女性ではなく、女性のような話し方をする男性でした。まったく、ココちゃんはしょうがない子ですね。


「もう、何を言っているのですか? ココちゃん、世の中には、様々な人間さんがいらっしゃるのですよ? 女の人のような話し方をする男の人もいるのです! ココちゃんも、男の子のような話し方の女の子でしょ?」


「ミルティこそ、何を言ってるのさ! 僕が見たのは完全に女の人だったよ! おっきな胸もちゃんと2つ付いてたし!」


「え……?」


 ブランの身体は完全に男性でした。ゴツゴツとしていて、胸があるなんて見間違えるとは思えない……。じゃあ、ココちゃんが見たのは、本当に女の人だったってことですか……?


「あの時は人間相手だったから、上手く話せなくて……。言い漏らしたこともあったかもしれないけど。金髪の女で、背が高くて、ほうきで空を飛ぶ雷を使う魔術師。それが僕のことを襲った人間だよ!」


 ココちゃんは、コルクさんとブランの人間同士の戦いを、怯えていてちゃんと見ていなかった……。“もう一人の存在”に気付いていないのですね……。


「ココちゃん……。やっぱりココちゃんは、この港町に近付かない方が良いと思います……」


「えっ!? なにそれ、どういうこと!? だったら、ミルティも危ないってことじゃん! 僕と一緒に逃げようよ!」


「いえ、わたくしはどうしても確かめたいことがあるので……。大丈夫、わたくしは人間さんのことを信じていますから……」


「うぅ~……! たしかに、あのコルクとかいう人は凄く良い人だったけど……! ミルティがそこまで言うなら、僕はミルティを信じるよ……。人間のことはあんまり信じてないけどね!」


「ありがとう……ココちゃん……!」


 ココちゃんは、心配そうに何度もわたくしの方を振り返りながら、海の中へと去って行きました。ごめんなさい、ココちゃん。もしかしたら、もう会えないかもしれない……。


「いえ、しっかりするのです……! わたくしは、良い人と悪い人の区別が付くのですから……!」


 そうです。あの人が悪い人のはずがないのです。だって、コルクさんの……お姉様なのですから……。


「……じゃあね。コルク。また会いましょう」


「こ、この声は……!」


 わたくしの心臓は止まりそうになりました……。わたくしの視線の先に、コルクさんのお姉様がいらっしゃったのですから……。


 お姉様は、スシBARから出ると、町中へ立ち去って行きました。あの方は、本当に優しくて良い方でした……。悪い人には見えません。いえ、悪い人と思いたくありません。だって、もしそうなら、コルクさんが可哀想です……。


 その翌日。わたくしはコルクさんに釣りに誘われました。


 わたくしはどうしても、コルクさんのお姉様のことが気になってしまって……。上の空になっていたと思います……。


 目的地の島に辿り着いた時にも、わたくしは純粋に楽しめる気分じゃありませんでした……。せっかく誘ってくださったコルクさんに、申し訳ないです……。


「え……?」


 何気なく島の奥を見た時でした。岩場の陰から、コルクさんのお姉様が、わたくしの方をじっと見ているのに気付きました……。


 怖い。でも、わたくしは、信じたい……! コルクさんのお姉様は、悪い人じゃないって信じたい!


「あの、コルクさん。わたくしは、少し島の向こうの方を見て来ますので……!」


「え……? 大丈夫? 私も一緒に行こうか?」


「いえ、大丈夫です……! 小さな島なので、迷うこともないですし……!」


「そう? 分かった……。気を付けてね……?」


 ごめんなさい。コルクさん。わたくしは、嘘つきです……。


 島の奥へ進むと、お姉様は、わたくしが来るのを分かっていたかのように佇んでいました。


「……こんにちは、ミルティちゃん。奇遇ね」


「あの、ひとつ聞いても、よろしいですか……?」


「……ふふ。突然ね。なんでも聞いて」


「あなたは、良い人ですか? ……それとも、悪い人ですか?」


「……その様子だと、私のことに気付いているんでしょう?」


「はい……。わたくしの友達のココちゃんは、海賊の用心棒に襲われたと言っていました……。あなたが、そうなのですか……?」


「……用心棒っていうのは、彼らに近付く口実だけど。調べたいことがあったの。海賊が引き揚げる財宝の中には、私が知りたいこともいくつか眠っていたから」


「知りたいこと……?」


「……セイレーンの不死の力。その秘密」


「セイレーンの力は、不老不死なんかじゃありません……。ただの再生能力です……。歳も取るし、病気にもなります……」


「……うん。知ってる。私が欲しいのは、その“再生能力”の方だから」


「再生能力を……?」


「……私には、どうしても許せない人たちがいる……。その人たちに対抗するには、どんな怪我も瞬時に治せる強力な再生能力が必要なの……」


「許せない人たち……?」


「……そいつらを倒すことは、コルクのためにもなる。あなたにも、協力して欲しいの」


「コルクさんのためになるのなら、わたくしは協力を惜しみません……」


「……ふふ。だったら」


「でも! あなたがやっていることは、コルクさんを悲しませる悪いことです! 誰かを倒すなんて、そんなの、コルクさんが喜ぶはずがありません!」


「……純粋なセイレーンは、何も分かっていないのね。人間は、良い悪いで測れるほど、単純じゃないのよ……!」


 その時、わたくしの視界が弾けました……。雷が激しい音を鳴らしていて……。なんだか意識が……遠退きそうです……。


 わたくしの胸には、電気のくだのような物が突き刺っていました……。


「……“ライトニングケーブル”。コルクの魔法を見て、セイレーンの能力を奪う術を思い付くなんてね……。皮肉だわ……」


 コルクさん……。すみません……。わたくし……は……。


「……ごめんなさい。あなたは、何も悪くないの。……でも、私には、こうするしかなかった」

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