第33話A みんなで釣りへ

 シャルお姉様とジルちゃんが港町に滞在し始めた翌日。シャルお姉様より先に、ジルちゃんが再びスシBARを訪れていた。


「コホン……。昨日はとんだ醜態を晒してしまい、申し訳ありませんでした……」


「いや、大丈夫だよ、ジルちゃん! みんなそうだったから……」


「それで、昨日は話しそびれましたが、私がここを訪れたのは、コルクを釣りに誘いたいと思ったからなのです……!」


「私を釣りに?」


「今の時期は、ソーダガツオという炭酸ガツオが狙い目らしいのです。釣り上げた時に、泡が弾ける音と感触が楽しめる、釣りマニアには人気の魚のようです!」


「楽しそうだね……! うん、行きたい!」


「ねぇ、釣り令嬢。アタシも一緒に行っても良い? ソーダガツオの穴場ならアタシも知ってるし」


「え……本当は2人っきりで……。あ、ゴホン! そうですね。私の馬車は2人乗りなので、コルクが沖に出るには、あのボートが必要ですから……!」


「私は馬車の御者席に座るので、本当はお嬢様ともう1人乗れるんですけどね」


「余計なこと言わないでって言ってるでしょ!? 侍女のクセに!」


「じゃあ、ミルティちゃんも誘って、みんなで釣りに出掛けよう! 楽しみだなぁ〜……!」


 そんなこんなで、私たちはソーダガツオを釣りに出掛けることになった。天気は快晴。絶好の釣り日和だ。魔導モーターボートと、シーホースが引く馬車が、仲良く並んで海の上をひた走る。


「あれ? ミルティちゃん、どうしたの? なんだか、元気がないように見えるけど……」


「えっ? いえ、わたくしは元気ですよ……! いつも通り、元気いっぱいです……!」


 ミルティちゃんは、そう言いつつどこか上の空で、やっぱり様子がおかしいような気がする。どうしたんだろう……。気のせいなら良いんだけど……。


 少し不安を抱えつつ、私たちは、ソーダガツオの穴場に到着したのだった。そこは、本当に小さな島で、周りを岩に囲まれた特徴的な場所だった。


「ほら、ここよ! この小さな孤島! この周辺でソーダガツオがよく釣れるらしいのよ」


「よーし、いっぱい釣るぞー!」


「あの、コルクさん。わたくしは、少し島の向こうの方を見て来ますので……!」


「え……? 大丈夫? 私も一緒に行こうか?」


「いえ、大丈夫です……! 小さな島なので、迷うこともないですし……!」


「そう? 分かった……。気を付けてね……?」


 ミルティちゃんはそう告げると、島の奥へと入っていった。何を見に行こうとしているのか気になったけど、本人が一人で行きたがってるのに、強引について行くのも悪いしなぁ……。


「釣れた……! これがソーダガツオですね……!」


 ジルちゃんの嬉しそうな声が響いた。さっそく釣りを始めていて、早くもソーダガツオを釣り上げているところだった。早いなぁ……。


「ほら、コルク! 見てください! バッチリ釣れましたよ……!」


「凄いね……! もう釣り上げるなんて……。これがソーダガツオかぁ〜……」


 ジルちゃんの釣り針には、活きの良い60センチ程の青い魚がかかっていた。ジルちゃんが先に釣ってくれたお陰で、私は滞りなく姿を確認することが出来た。


「それ! “ヒッパレー”!」


 私はもうすっかり慣れた手付きで、魔力の糸を海へと放った。すぐに手応えがあり、“ヒッパレー”に釣り上げるように伝える!


『プシュッ! シュワワ〜』


「うわぁ〜! なにこれ、気持ちいい〜!」


 ソーダガツオを釣り上げた瞬間、爽やかな炭酸の弾ける音と、それに合わせて魚が振動する感覚が襲ってきた。頭の先までゾワゾワと伝わる刺激に、私はうっとりしてしまった。


「そ、そんなに気持ちいいの? アタシも釣りたいところだけど、釣りは専門外だしな……」


「お嬢様の庶民のご友人様。銛でも同じような感覚が味わえるらしいですよ」


「そうなの……!? それは知らなかったわ……!」


 侍女さんから情報を聞いたユノちゃんは、服を脱ぎ捨てビキニ姿になった。そして、ボートから銛を持ち出すと、いつものように身体ひとつで海に突っ込んでいった。本当に元気だな……。ユノちゃんは……。


「元気といえば、ミルティちゃんは大丈夫かな……」


 釣りを始めたものの、やっぱり私は、どうしても元気のなかったミルティちゃんが気になってしょうがなかった。釣りは一時中断して、島の奥へミルティちゃんを探しに行くことにした。


「ミルティちゃーん……。どこにいるの〜?」


 私の声は、島の奥へと吸い込まれるように、誰にも届くことはなかった。なんだろう。この感覚。……怖い。この先に進むのがどうしようもなく怖かった。



 なんだか、見たくない物を、見てしまいそうだったから……。



「……ごめんなさい。あなたは、何も悪くないの。……でも、私には、こうするしかなかった」


「ミルティ、ちゃん……?」


 ミルティちゃんの身体に、電撃が走っていた。そのまま、ミルティちゃんは、糸が切れた操り人形のように、力なく地面に倒れた。


 ミルティちゃんの前に立っていたのは、シャルお姉様だった……。

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