最後の戦い編

第32話 大好きなお姉様!

 様々な事件が巻き起こりつつ、私たちの生活は、またしばらく穏やかさを取り戻していた。


「平和なのは良いけど、相変わらずウチの店にはあんまり客が来ないわね……」


「釣りに出掛けるために、定期的に休業にしちゃうのが良くないんじゃないの……?」


「そんなこと言ったって、お客が少ないとつまんないのよ……。だったら、あんたを連れて釣りに出掛けた方が楽しいんだもの……」


 駄目だこりゃ……。ユノちゃんは、スシを握る腕前は凄いけど、店を経営する能力が、圧倒的に欠けているようだった……。


 私たちが、客のいない店内で雑談している時だった。 


「え……? 今、誰かノックした……?」


 突然、店のガラス戸が2度叩かれる音が聞こえた。以前のトラウマが蘇る。まさか、また騎士団が……!?


「ユノちゃん、誰が訪ねてきたか見てよ……! 私、怖くて見れないよ!」


「ア、アタシだって嫌よ! あんたの方がアタシより客受けが良いんだから! サクッと見に行って来なさいよ!」


 客受けが良いなんて初めて聞いたんだけど!? その間にも、ノックをした人物は店に侵入し、足音は私たちの元へ近付いてきている……!


「……ちょっと、そこの2人」


「ひゃあああああっ! ごめんなさい! 許してください! 命だけはお許しを!」


「……何を言っているの?」


「えっ、こ、この声は! ……シャルお姉様!?」


 スシBARに現れた客、それはなんと、以前私のことを助けてくれたシャルお姉様だった!


「お姉様、どうしてこの店に……!?」


「……言ったでしょう? 機会があれば、また会いましょうって。私、この港町にしばらく滞在することになったから」


「ほ、本当ですかぁ!? やった! 嬉しいなぁ……!」


 シャルお姉様は私の憧れの人。魔法使いの里の出身にもかかわらず、魔法で人を差別しない人格者。そんなお姉様が、この町に滞在してくれるなんて! こんなに嬉しいことがあって良いのだろうか……!


「……コルクがどこにいるか町の人に聞いて、そうしたら、このお店に辿り着いたの。……あなたは、ここの店主さんかしら?」


「あっ! 初めまして! アタシ、コルクと一緒に、このお店で暮らしているユノと申します……! コルクには、いつもいっぱい助けてもらっています!」


「……ふふ。良いのよ、そんなにかしこまらなくても。コルクの友達は、みんな良い子ね」


「お、大人のオーラが凄い……。アタシとそんなに歳変わらなそうなのに……」


「……それで、聞きたいことがあるのだけれど」


「「は、はい! なんでしょう!?」」


 声が裏返しになりながら、慌てて返事をする私たち……。お姉様のオーラの前では、私たちは平常心を保てなくなる……。


「……ここは、飲食店なのよね? 今は営業しているのかしら? まだお昼食べてなくて。ユノちゃんのおまかせがあるのなら、それでお願いしたいのだけれど」


「はい! や、やってます! すぐに用意します! とびっきり美味しいおスシを!」


「……ふふ。ありがとう。楽しみね」


「お、落ち着けアタシ……。いつも通り握るのよ……。ちゃんと真心込めて、力加減に気を付けて……」


 ユノちゃんはカクカクしながらスシを握っていた……。大丈夫かな、いろんな意味で……。


「お、おまたせしました……。おまかせ握り盛り合わせです……!」


 シャルお姉様の前には、四角い渋いデザインのお皿の上に、10種類のスシロールが置かれていた。マグロやサーモン、エビにホタテ。あれは、ユノちゃんがこの辺りの海で銛で捕ったものと、私が釣り上げた魚だ。


 スシを前にしても、シャルお姉様はまったく動じていなかった。そして、港町に住む人は、ほとんど誰も使うことが出来ない異世界の食事の道具、“お箸”を使って食事を始めた……。さすがお姉様……。


「……いただきます。……うん、美味しい。素材の味と職人さんの技術が、見事に調和しているわ。ありがとう、ユノちゃん」


「ひゃ、ひゃいっ!? こちらこそ、褒めていただき、まことにありがとうございます……!」


 ユノちゃんは顔を真っ赤にしながら、完全に骨抜きにされていた……。乙女な反応をするユノちゃんが、なんだか新鮮で面白い……。


「あの、ちなみにその魚はコルクが釣ったものなんですよ!」


「……これをコルクが? 凄いわね……。あなたはその若さで、立派に独り立ちしているのね……」


「いえ、独り立ちなんてそんな……! ユノちゃんにたくさんお世話になっていますし……。私は、まだまだです……!」


「……ふふ。そういう姿勢が立派なの。あなたたちのその謙虚さは好きだけど、たまには自分のことを褒めてあげてね」


「「は、はい! ありがとうございます!」」


 人から褒めてもらえるのは、本当に嬉しい。頑張って良かったって、そう思える。自分を褒めるのは、なかなか難しいことだけど……。


 私たちと世間話をしつつ、お姉様はスシを堪能し終え、優雅に湯呑みのお茶を味わっていた。異世界の食事を楽しんでいる姿も絵になります……。


「……ところでコルクは、普段何をして過ごしているの? 魚を釣ったと言っていたけれど」


「あ、あの、実は、魔法を使って釣りをしているんです……! 釣った魚を売ったり、スシの食材にしたり……。あ! 釣りの大会で優勝したこともあるんですよっ……!」


「……ふふ。そうなの。優勝なんて凄いわね。自分の得意なことに、一生懸命取り組めるのは素晴らしいことよ」


「えへ、えへへ……」


 お姉様に頭を撫でられ、私はもう表情筋に力を入れることが出来なかった……。あぁ〜駄目だ〜。ユノちゃんにも見られてるのに〜……。私、今どんな顔してるんだろう……。


 そんな時、スシ屋の戸が再び開かれる音が聞えた。そして、2つの人影がスッと私たちの元へやってきた。


「今日は随分賑やかですね……!」


「えっ!? ジルちゃん! 久しぶりだね!」


 スシBARを訪れたのは、以前、私たちと釣りタイ会で優勝争いをしたジルちゃんと、その侍女さんだった。


「ジルちゃんはどうしてここに?」


「あの、えっと、コルクの顔が見たくなって……。それに、庶民のおスシとやらも、恋しくなったので」


「お嬢様は、ずっとコルクさんに会いたいとおっしゃられていて、なだめるのが大変だったのですよ。今回は旦那様に無理を行って、港町で宿泊する許可をいただいたのです」


「ちょ!? そんなことバラさないでください!」


「……その子もコルクの友達?」


「あ、そうだよ! 私のライバルで友達のジルちゃん! 釣りが上手くて乗馬も出来る凄いお嬢様なんだ!」


「あの、そちらの方は一体……?」


「この人は、私の姉のシャルお姉様だよ!」


「コ、ココ、コルクのお姉様……!? どうりでコルクに似て気品のある佇まいだと思いました……! えっとあの、私、ジルと申します! ふつつかものですが、よろしくお願いします!」


「……ふふ。あなたも良い子なのね。ジルちゃん。コルクに会いに来てくれてありがとう」


「ふわぁ〜……あうあう……」


「お嬢様!? お気を確かに!」


 ジルちゃんまでもが、お姉様のオーラに圧倒されて幼児退行してしまっていた……。


「……さてと。食事も済んだし、私はそろそろ行くわね」


「お姉様、もう行っちゃうんですか……?」


「……そんな寂しそうな顔しないの、コルク。この町でしばらく暮らすのだから、またすぐに会えるわ」


 お姉様は私の頭を軽く撫でると、颯爽とスシ屋を後にした。私は、頭の心地よい感触にしばらく酔い続けていた……。


「コルクのお姉様、凄かったわね……。みんなを骨抜きにして去っていったわ……」

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