第31話 追走の夜釣り
魔導ボートは、魔力の糸が伸びる方向へ海上を突き進んでいく。ユノちゃんの姿はまだ発見出来ない……。
「ユノちゃん、どこにいるの……」
「ウドンの生地はよく踏む、そういうもんだ」
「え、えっと、すみません……。ど、どういう意味ですか……?」
「焦るな、必ず会える」
「最初からそう言ってくださいよ!?」
おじさんの言う通りだ。焦るな。会って必ず、私の気持ちをちゃんと伝えよう……!
「あっ、あれは……!?」
前方に小さな影が見えた。水飛沫を上げて海を走るあのボートは、間違いなくユノちゃんのボートだった……!
「よし、もう少しで追いつく……!」
そう思った時だった。ユノちゃんのボートは加速を始めた。もう少しで追いつきそうだったのに、距離がどんどん離されていく……!
「えっ!? な、なんで……! もしかして、私たちから逃げてるの……!?」
「おい、これ以上のスピードは出ないぞ」
「そ、そんな……!」
ここまで来て、追いつけないなんて……! 嫌だ、嫌だ嫌だ! 私は、ユノちゃんと一緒にいたいんだ……!!
「おじさん、ありがとう! 私、ここで降りるから!!」
「お、おい、何を言っている!」
「“ヒッパレー”!!」
魔力の糸を思いっきり伸ばし、ユノちゃんのボートの屋根に括り付けた……! そして、引き戻す力で向こうへ、飛ぶ!!
「うわあああああっ!?」
私は、海の上を飛んだ。モーターボートの速度で加速して、あまりにもスリリングな大ジャンプ……! 飛んだのは良いけど、着地のことを考えてなかった!
「ぼはあっ!?」
「コルク!!」
私は、“ヒッパレー”をボートに結んだまま海に落下していた。それに気付いたユノちゃんは、ようやくボートを止めてくれた……。
「だ、大丈夫……!? あんた、何やってんのよ……!」
「はぁ……はぁ……。それは……こっちの台詞だよ……!」
私はなんとか海から這い上がり、びしょ濡れのまま、ユノちゃんと対峙した。しばらく、お互い何も言えないまま立ち尽くした。それに耐えられなくなったユノちゃんは、先に言葉を発した。
「何しに来たの……? 手紙は置いてきたでしょ……」
「あんな手紙で、納得出来る訳ないよ……」
「納得って……。アタシがいなくてもあんたに迷惑はかからないでしょ……。お金は置いてきたし、スシ屋は普通にあんたの家として住んでくれれば良いし……」
「私は、ユノちゃんがいなくなるのが嫌なんだよ……!」
「そう思ってくれてるのは嬉しい……。でも、アタシの心は、ずっと押し潰されそうで……。あんたたちに合わせる顔がないの……」
「合わせる顔ってなんですか!? そんなの、なくても良いですよ!」
「ミ、ミルティ、あんたもいたの……」
ユノちゃんのボートに追い付いたミルティちゃんが、海の中から顔を出していた。私は、なんとかユノちゃんを説得しようと言葉を続けた。
「ユノちゃんは優しいから、いろいろ抱え込んでるんだと思う……。でも、少しくらい私たちに甘えても良いんだよ……?」
「で、でも……。アタシは、今もあんたたちを、こんなところまで追いかけさせちゃってるし……。そんな自分が許せなくて……」
「私が許す! 許すから!」
「わたくしも許します!」
「ううううう〜……! で、でもぉ〜!」
なかなか折れてくれない……! もう! 頑固だな、ユノちゃんは! 何かないか!? 何かきっかけになりそうなことは……。
「シュオオオオオン……」
そんな時、ボートのすぐ側を3メートル程の光の塊が、透明感のある神秘的な鳴き声を発しながら横切っていった。私たちは、呆然としながらその姿を目で追った。
「な、な、何今の!? 魚!? 光ってたけど!?」
「あんなお魚、今まで見たことありません!」
私とミルティちゃんが、興奮しながら魚の正体を探っていると、ユノちゃんも仲間に加わりたそうな顔をしながらこっちを見ていた。……これはチャンス!
「あぁ〜、あの魚、今逃したら二度と出会えないかもなぁ〜……」
「そうですね〜……。おスシにしたら美味しいかもしれませんのに〜……」
「でも、私たちだけじゃ釣れないかもなぁ〜……。誰か手伝ってくれればなぁ〜……」
「そうですねぇ〜……。そんな人がいれば良いのですが〜……」
私とミルティちゃんは、チラチラとユノちゃんの方を見ながら、魚を利用して誘惑していく。……ユノちゃんは、顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。
「あぁーっ! もう! 分かったよ! 釣るわよ、あの魚!」
「やったぁー! さすがユノちゃん!」
謎の魚は、青白く発光しながらボートから遠ざかっていく。ユノちゃんは、ボートのエンジンをかけ、魚の追跡を始めた。
「速いわね……。コルク、魚の姿は見えたの……!?」
「いや、突然のことだったから、はっきりとは見えてない……!」
「じゃあ、接近するしかないわね……!」
ユノちゃんは、さらにボートを加速させ、魚に接近を試みる。だけど、魚の光は徐々に失われている。辺りはすっかり日が沈んでしまっていた。しかも、海面には他にも光る生物の姿がチラホラと見える。あの魚が光っているうちに姿を確認出来なければ、あの魚だけを狙うのは無理だ……!
「あの暗さでは、わたくしが海中から姿を確認するのも難しそうです……!」
「このままじゃ、逃げられちゃう……!」
「に、逃がすもんですかぁ〜ッ!!」
魔導モーターボートは限界まで加速する! 魚の光が消える寸前、ボートは魚に横付けし、私は目を凝らして魚の姿を確認した……!
「見えた! “ヒッパレー”!!」
薄ぼんやりと光る細長い魚は、魔力の糸に引き寄せられ、一気に釣り上げられた……! 釣り上げた刺激で、魚は再び激しく発光していた。
その魚は、まるで、身体の中に小さな星空があるかのように、無数の星型の模様を白く輝かせながら、全身が青白く光っていた。
「凄い……。なんてロマンチックな魚なんだろう……」
「そいつはスターフィッシュだな」
「お、おじさん……! いつの間に……!」
私たちが魚を追っているうちに、ウドン屋のおじさんはボートで合流していた。おじさんは険しい顔でスターフィッシュの解説を続けた。
「スターフィッシュは、流れ星のように釣り上げた者の願いを叶えてくれるとか、そんな言い伝えがあるらしい」
「よ、よく知ってますね」
「たまたま客の話で聞いただけだ。本当かどうかは分からねぇ。で、お前らは何を願う?」
「願い……ごと……?」
そんなの、ひとつだけに決まってる。私が心から望む物は、今はこれしかないのだから。
「ユノちゃんが……戻ってきてくれますように……!」
「コ……ルク……」
私たちは、溢れる涙を我慢することが出来なかった。もうユノちゃんを放したくない。私は、ユノちゃんを抱き締めながら、涙が枯れるまで泣き続けた。
「ふぅ……。泣いた泣いた……。最近、いっぱい泣き顔見られちゃって、恥ずかしいったらありゃしない……!」
ユノちゃんは、顔を微かに赤く染めながら空を見上げた。私は、まだ緊張していた。ユノちゃんの、意思を聞くまでは……。
「……。それじゃ、帰りますか……。アタシたちの店に……!」
「あ……。うん!」
安堵の気持ちに包まれ、私も夜空を見上げた。私たちを祝福するかのように、本物の流れ星が一筋の光を空に残しているのが見えた。
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