第30話 さようなら

 騎士団と巨大タコの襲来。今日もまた、激動の1日が過ぎ、私とユノちゃんはスシBARで、日が沈んで気持ちが落ち着くまで静かに時を過ごしていた。


「ごめんね……。コルク……」


「えっ……?」


「アタシが海賊っていうのは本当の話だし、記憶喪失も嘘……。アタシは、今までコルクとミルティを騙していた……」


「うん……。知ってた」


「そっか……。知ってたか……」


 再び静まり返る店内。ユノちゃんは、ゆっくり私に話すことを考えているようだった。


「アタシの本当の名前はマチルダ……。海が好きで、海を旅する冒険家……。それが始まりだった……」


「でも、モンスターに襲われていた海賊船を助けたのがきっかけで、彼らの手当と世話をするうちに、アタシは船長になってしまっていた……。なんか、海賊とはいえ放っておけなくて……」


 ユノちゃんの普段の様子を見ていれば分かる……。ボロボロの海賊たちを、見捨てられなかったんだね……。


「でも、嫌だった。アタシは、海賊になりたかった訳じゃないし、ずっと辞めたかった……。それでも海賊たちは、アタシを解放してくれなくて……。だからアタシは、海賊たちが港に上陸しているうちに、海賊船を奪って1人で逃げたの……。その船は、あとで銛で沈めたけど……」


 本当に船沈めたんだ……。そこはある意味、嘘であって欲しかったけど……。怖いから……。


 眼帯をしていた理由は、自分の素顔を少しでも隠したい一心で、手配書の表情が暗かったのは、辞めたい気持ちの表れだった。最後にそう語ったユノちゃんの言葉に、今度こそ嘘はないようだった。


「それで、どう生きれば良いのか分からなくなった時、なんだか、誰からも受け入れられない異世界の食べ物に感情移入しちゃって……」


「それでスシ屋を始めたんだね……」


「ま、未だに迷走してるんですけど。……で、どうするの? コルク。や、やっぱり、もう、スシBARから出て行くの?」


「えっ、なんで……?」


「だって、アタシは海賊で……。コルクを騙してて……。最低で最悪な奴なんだから……」


「確かに、騙されてたのはちょっとショックだったけど……」


「うぅっ……」


「だけど、ユノちゃんがユノちゃんなのは本当でしょ? 私は、それだけで十分だよ……!」


「コルク……」


 表面のことに捉われていたら、大切なことを見失ってしまう。私はここ最近、それを嫌というほど学んだんだから。


 翌日、ユノちゃんはミルティちゃんにも、私に話したのと同じように、自分が元海賊であることを打ち明けた。だけど、ミルティちゃんは全く動じていなかった。


「わたくしは、人間さんには良い人と悪い人がいることは知っています! ユノさんは良い人なのですから! なんの問題もありません!」


 力強くそう答えていた。ミルティちゃんらしいな。それでも、ユノちゃんはどこか申し訳なさそうで、以前より、私たちと距離が出来てしまったようだった……。


 その後、私とミルティちゃんは、ひと気のない砂浜で、ユノちゃんについて少し話し合っていた。


「ユノさん……。最近、元気がないですよね……。どうすれば良いのでしょう……」


「やっぱり、罪悪感がずっと残ってるんだと思う……。気にする必要はないって言っても、ユノちゃんは余計気にしちゃうだろうな……」


 しばらく2人で考え込むが、特に良い案は浮かばず、私はミルティちゃんと別れ、トボトボと店に戻っていった。


「ただいま〜……。あれ? ユノちゃん、いないのかな……」


 辺りが夕日に染まった頃、私は店の戸を開け、帰宅していた。店の中は異様に静かで、なんとなく不安な気持ちが押し寄せてきていた。


 店の中を見回すが、ユノちゃんの姿は見当たらない。ふと、お店のカウンターの上を見ると、書き置きが残されていた。


「コルクへ。やっぱりアタシは、ここにいてはいけない人間なんだと思います。今までありがとう。さようなら……」


 私は、すぐに店を飛び出し、普段、魔導モーターボートが停められている堤防を確認した……!


「な、無い!? ボートがどこにも……!」


 頭の中が真っ白になった。と、とにかく、ミルティちゃんにも知らせないと!


「えぇっ!? ユノさんがいなくなった!?」   


「やっぱり、思い詰めてたんだよ……! こんな突然、お別れなんて……私、嫌だよ……」


「コルクさん……」


 どこに行ったのか分からないし、どうやって追いかければ良いのかも分からない……。このまま、ユノちゃんとは二度と会えないの……!?


「おう、どうした?」


「えっ……!? あ、あなたは……!」 


 私の前に現れたのは、あの怪しいウドン屋の店主さんだった……! 私はつい、今の状況を説明してしまった。


「という訳なんですけど……」


「おう、分かった。船、乗れや」


「えっ! ふ、船……!?」


 手招きされたおじさんのあとに付いて行くと、そこにはユノちゃんの物より小さな魔導ボートが停泊していた。


「これ、おじさんの船ですか……?」


「おう、行くぞ」


「あっ! ちょ、ちょっと待って!」


 おじさんのペースに抗えず、そのまま私はボートに乗り込んだ。ミルティちゃんは、ボートの後ろから追いかけて来ているようだ。


「で、どこに行くんだ?」


「分からないまま船を出したんですか!? えっと、ちょっと待ってください……!」


 とにかく今は、ユノちゃんの向かった方角が知りたい……。こんな時はやっぱり、“ヒッパレー”に頼るしかない……!


「お願い、“ヒッパレー”……。ユノちゃんがどこへ行ったか教えて……!」


 魔力の糸は、ゆっくりと私の手のひらからほんの少し伸び始め、左の方へ私の腕を引っ張っていた。まるで、私とユノちゃんを引き合わせようとしているようだった。


「おじさん、この光る糸が伸びてる方へ向かってください!」


「おう、任せろや」


 日は沈み始め、海は薄暗くなっていく。早く見つけないと、方角が分かっても見つけ出すのは難しくなる……! 私の焦る気持ちを乗せたまま、ボートは海を切り裂くようにひた走る。

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