第29話 YOU KNOW?

 ユノちゃんの元に騎士団が現れてしまった。もっとも恐れていた事態だ。どうしよう……。どうしたら良い……!?


「マチルダ・グリーンズかと、聞いているんだ」


「ち、違います……。アタシは、ユノです

……」


 ユノちゃんの身体が震えている……。あんなに弱々しい姿、今まで見たことがないよ……。


「ここに、マチルダの手配書がある。手配書とは、なんのためにあると思う? 顔を確認するためだ。そんな嘘と変装で誤魔化せると思っているのか?」


「あ、ぁ……う……」


「うううう……! お姉ちゃん! 怖いよぉ!」


「だ、大丈夫……。この人たちは、悪い人たちじゃないから……!」


 ユノちゃんは震えながら、怪我を治療しようとしていた男の子のことを気遣っていた……。


「さぁ、我々と来てもらおうか」


「わ、分かり、ました……」


 ユノちゃんは、後ろを振り向くと、男の子の目線の高さまでしゃがみ、笑みを浮かべて頭を撫でていた。


「ごめんね……。お姉ちゃん、行かなきゃいけなくなっちゃった……」


 私は……私はどうすれば良いの……? このままじゃ、ユノちゃんは連れて行かれちゃう……! 私は、どうしたいの……!?


「さぁ、行くぞ」


「“ヒッパレー”!!」


「……えっ!?」


 ユノちゃんの右腕に、魔力の糸は巻き付いていた。駄目だった。我慢出来なかった。私は、ユノちゃんが連れて行かれるなんて嫌だ……!


「コ、コルク……!」


「君は、さっきの……。やはり君も海賊の仲間だったのか……!」


「ち、違うの……!! この子は、コルクは関係ないんです!! 全部アタシが悪くて、ほら! コルク、離してよ……!!」


「嫌だ……! ユノちゃんは、マチルダじゃない!! ユノちゃんは、ユノちゃんなんだから……!!」


「うぐ、コルク……!」


「はぁ……。やれやれ、仕方がない。2人とも連れて行け」


 私たちは、涙を流しながら、騎士団に取り囲まれていた。ごめんね、ユノちゃん。私には、どうすることも出来なかった。せめて、2人で一緒に……。


「うわああああああっ!!」


「な、なんだ!?」


 ユノちゃんの傍らにいた男の子の悲鳴が聞こえ、私たちは、すぐに悲鳴の方を振り返った。男の子は、巨大なタコの足に身体を締め付けられ、拘束されていた……!


「こいつは一体……!?」


「海洋のモンスターが、町中まちなかに潜り込んだようです……!!」


「な、なんだとぉ!?」


「うわああああん!! 助けてえええええ!!」


 港町を流れる水路のあちこちから、建物よりも長いタコの足は伸びていた……! いつの間にこんな化け物が町中に……!?


「くっ……! 今、助ける!……うおわああああああっ!?」


 騎士団は、男の子を助けようと、剣を構えながらタコの足に飛びかかる。だけど、タコはまるで、木の枝を薙ぎ払うように騎士たちを軽く蹴散らしている……!


「このタコ! その子を、離しなさい……!!」


「ユノちゃん!? 丸腰じゃ無茶だよ!」


 私は、素手でタコに挑もうとするユノちゃんを制止した……! 完全武装している騎士団がやられているのに、やっぱりユノちゃんは無茶苦茶だ……!


「おーい! ユノ! これ使え!」


「あっ、おじさん……! ありがとう!」


 さっきユノちゃんにお礼を言っていた雑貨屋のおじさんが、ユノちゃんに銛を手渡していた。いやいやいや! 銛でも戦える訳が……。


「これさえあれば、百人力よ!!」


 銛を手にしたユノちゃんは、振り下ろされたタコの一撃を、銛を突き刺して受け止めていた……。そ、そんな馬鹿な……。


 ユノちゃんは帽子と眼鏡を投げ捨て、軽く準備運動を始めた。そして、1人でタコの足の群れに向かって突っ込んでいった!


「アタシを敵に回して、タダで済むと思ってるんじゃないでしょうね!?」


 1本、2本、3本……。ユノちゃんを狙って攻撃するたびに、次々とカウンターで串刺しにされていくタコの足……。強い、強すぎる。これがユノちゃんの実力……!


「マチルダ・グリーンズは……銛一本で海賊船を沈めたという伝説が残っている……。やはり、奴は、マチルダ……」


 とんでもない逸話を語りながら、タコにやられて意識が朦朧としていた騎士の1人は気を失った……。今までウニとか岩とか、相手が悪かっただけで、本調子のユノちゃんはこんなにとんでもなかったのか……。


「コルク! 邪魔な足は片付けたわ! あの男の子をお願い!」


「わ、分かった……! “ヒッパレー”!!」


 “ヒッパレー”は男の子へ向かって真っ直ぐ伸びていく! そして、タコの拘束の隙間を縫って、男の子の身体に魔力の糸を巻き付けた!


「よし! こいつで、トドメよ!!」


 ユノちゃんは、男の子を拘束していたタコ足の最後の1本に、渾身の一撃を放った! 海賊船を沈めるほどの一撃を受け、戦意を失ったタコは、男の子を解放して大人しく町から姿を消していた。


「お、お姉ちゃん、ありがとう! 凄くカッコ良かった……!」


「君も、あんな怖い目に遭ったのに笑ってるなんて、やるじゃない!」


 ユノちゃんは男の子の頭を優しく撫でた。その姿は、どこからどう見ても、港町に住むただの優しい女の子だった。


 だけど、タコにやられ、満身創痍の騎士たちは立ち上がり、再びユノちゃんを取り囲んでいた……。


「コホン……。町を救ってくれたことには感謝する……。だが、それと海賊の件は別……」


「えっ……?」


 騎士団の周りを、港町の住民たちが取り囲んでいた。抗議を訴える目で、静かに騎士たちを睨んでいる……。


「騎士殿、ここに、マチルダなんて海賊はいませんよ……」


「そうだ……! ここにいるのは、記憶喪失のユノなんだ!」


「ぐっ……!」


「み、みんな……!」


 住民たちは、そう抗議するとそれ以上は語らず、じっと騎士団を睨み続けた。ビリビリと肌が焼けるような緊張感。いつまでも、この膠着状態が続くんじゃないかと思えた。


「どうやら、人違いだったようだ……」


「だ、団長!? よろしいのですか!? 私たちは、正義の騎士団なのですよ!? マチルダを、みすみす見逃すと言うのですか!」


 団長と呼ばれた騎士は、マチルダ・グリーンズの手配書の束を懐から取り出し、全てビリビリに破り捨てていた。ユノちゃんも、私も、その光景に呆気にとられていた……。


「……我々は、市民を守れたか? 救えたか? このザマで、誇りある騎士と言えるのか?」


「うっ……!」


「行くぞ……」


 騎士団は、ボロボロの鎧姿のまま、綺麗な隊列を乱さずに町から立ち去っていった。


「ふはぁ……」


「ユノちゃん、大丈夫!?」


「ご、ごめんごめん。なんか、気が抜けちゃって……」


 ユノちゃんは、地面にへたり込み、そのまま動けなくなっていた。嵐のような時間が過ぎ、私は、ようやく安堵の溜め息を漏らした。

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