第28話 食ってみれば分かる

「はぁ……はぁ……。ユノちゃん、どこに行ったの……?」


 ニッチなお店に行く。ユノちゃんの行き先のヒントはそれしかない。でも、ニッチなお店って何……!? どこを探せばいいの……!?


「と、とにかく、マニアックで独特なお店を見て回るしかない……!」


 私は人通りの少ない路地へと入っていった。薄暗くて怪しい雰囲気。こんな場所には滅多に近寄らないけど、たしか、この辺りに変わった店があったような記憶が……。


「あった……。このウドンの店……」


 目立たない場所で、ひっそりと営業している薄汚れた木造建築。『UDON』の看板を掲げるその店は、スシBAR『MAGOKORO』以上の異様な存在感を放っていた……。


「し、失礼しま~す……」


 私は、恐る恐るウドン屋へ入店した。外から見たことはあったけど、今まで入ったことはなかった。怪しさ満点だけど大丈夫かな……。


「おう、座れや」


「は、はい……」


 店に入るなり、頭にタオルを巻いた強面のおじさんに席へ案内された。ここの店主さんだろうか……。店の中は、薄暗くジメジメした居心地の悪そうな雰囲気が漂っている……。


「メニュー、見ろや」


「は、はい……」


 おじさんは、私にぶっきらぼうにメニューを渡し、厨房へと入っていった……。こ、怖い。落ち着かない……。


「ユノちゃんの姿は……ないな……」


 店に入ったものの、ユノちゃんを発見出来ず、私はウドンを食べるしかなくなってしまった……。私は、一体何をやっているんだろう……?


「えっと、メニューは……。サヌキウドン? タヌキウドン? 抜き……? 抜きとは一体……」


 初めて見るメニューばかりで、何も分からない……。どうしよう……。


「メニュー、決めろや」


「えっ!? ちょ、ちょっと待ってください……! じゃあ、このタヌキウドンを……!」


「おう」


 おじさんは突然現れ、注文を強引に催促すると、再び厨房へ戻っていった……。あぁ、ビックリした……。もう帰りたい……。


 それから、十数分後。私の元へタヌキウドンが運ばれてきた。


「おう、食えや」


「は、はい……。こ、これの、どの辺が“抜き”なんだろう……」


 私の前に置かれたタヌキウドンには、謎の茶色いフカフカした物がたくさん乗っていた。“抜き”なのに、むしろ何か乗っている……。ウドンの謎は深まるばかりだ……。


「いただきます……。ん!? お、美味しい……!」


 私はフォークを使い、ウドンを口へと運んだ。身体に染み込むような優しい味わい。この店の怪しい雰囲気と味のギャップが凄まじかった……。


「最近、海賊増えたよなぁ……」


「あちこちで被害が出てるってなぁ」


「海賊……?」


 私がウドンを食べていると、店内で気になる会話が聞こえてきた。私から少し離れた席に座る2人の男性が、海賊についての会話を始めていた。


「海賊といえば、前に話題になってた奴がいたよなぁ……。なんて言ったっけ……?」


「あぁ、たしか、マチルダ・グリーンズとかいう……」


「ぐふっ!?」


 とんでもないタイミングでマチルダ・グリーンズの名前が飛び出し、私は食べていたウドンを吹き出しかけてしまった……!


「まだ幼さの残る女海賊なのに、大勢の男を引き連れて暴れ回っていたとかなんとか……」


「気に入らないことがあると、すぐ暴力で解決する傍若無人な娘だとも聞いたな……。若いうちからとんでもない奴だよ……」


 マチルダ・グリーンズが悪く言われているのを耳にして、私の心はチクチクと痛んだ……。私は、ユノちゃんと同じ屋根の下に住んでいるんだ。見間違えるはずがないよ……。やっぱりマチルダとユノちゃんは同一人物……。


 私は一気に食欲を失い、ウドンが喉を通らなくなってしまった。


「はぁ……。ユノちゃん……。私は一体、どうすればいいの……?」


「おい」


「うわっ!? な、なんですか……!?」


 突然、ウドン屋の店主が真横に現れ、私は飛び上がって驚いていた……。ここはお化け屋敷か何かなのか……。


「ウドンはどうだ」


「あ、味ですか……? 凄く美味しいです……。初めて食べたんですけど、正直、意外でした……」


「分からなくても、食ってみれば分かる。そういうもんだ」


 そういうもんだと言われても……。とりあえず、隣に立たれたら残す訳にはいかない。私は、食欲がないまま、無理やり胃の中にウドンを詰め込んだ……。


「ど、どうも、ごちそうさまでした……」


「おう、また来いや」


 もう勘弁してください……。私はウドンを食べ終え、お会計を済ませると、逃げるように店をあとにした……。 


「ふぅ……。無駄に疲れた……」


 ユノちゃんを探すのは振り出しに戻ってしまった。やっぱり、店の中にわざわざ入って探すのは効率が悪すぎる……。普通に考えれば分かることなのに、動揺しすぎて頭が回らなくなっていた……。


 ウドンで重くなったお腹を押さえつつ、私は再び、アテもなくユノちゃんを探して町の中を彷徨った。


「はぁ……。全然見つからない……。見つけたところで、何を話して良いのかも分からないし……」


「ワリィな! 助かったぜ、ユノ!」


「……!?」


 当然、ユノちゃんの名前が飛び出し、私は咄嗟に建物の陰に身を隠した。辺りを見回すと、眼鏡と帽子姿のユノちゃんが、雑貨屋の前でおじさんと話をしていた。


「この魔道具って奴にイマイチ慣れてなくてよ……! いつもすまねぇな!」


「良いってことよ! また何か困ったことがあったら言ってよね!」


 ユノちゃんは、雑貨屋のおじさんに、魔力を使ったアイテムの使い方を教えてあげているようだった。魔導ボートの扱いにも慣れているもんなぁ……。


「うええええん! 痛いよぉ!」


「あぁ、大丈夫よ〜。ちょっと擦りむいてるだけだから。水で洗って、応急手当してあげるから!」


 今度は、道で転んでいる男の子を助けている……。本当にユノちゃんは良い人なんだよな……。私と初めて会った時もそうだった。


「分からなくても、食ってみれば分かる……か……」


 ウドン屋のおじさんの言葉が蘇った。マチルダの話は噂話に過ぎない……。でも、私はユノちゃんと実際に会って、何日も何ヶ月も一緒に過ごしている……。ユノちゃんが、悪い人のはずがない。それは、私が一番よく知っているはずなのに……。


「ごめん……。ユノちゃん……!」


 私は馬鹿だった。海賊だとかそんなのどうだっていい。ユノちゃんは、ユノちゃんなんだから……!


「ちょっと、いいかね?」


 私が吹っ切れた時だった。ユノちゃんの前に、騎士団が姿を現していた。全身の血の気が、一気に引いた。


「な、なんですか……? アタシは、この子の怪我を手当しないといけなくて……」


「君は、マチルダ・グリーンズだね?」

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