第21話 不屈のミルティ!

「さぁ、この優勝者争いの最終局面、そこで姿を現したのは、ほとんど姿を見た者はいないという超超幻のタイ、“タイブレーク”です!」


「タ、タイブレーク!?」


「本来の言葉の意味でのタイブレークとは、同点のまま均衡が保たれている試合に、決着をつけさせるために導入されるルールのことです! 大会で優勝者争いが同点となり、試合が動かなくなった時に現れるこのタイに、そのタイブレークの名が与えられたのです!」


「何その限定的なタイ!?」


 タイブレークは2メートルはある体長の、タイとはかけ離れた大きさの魚だった。タイブレークは凄まじい水飛沫を蒔き散らしながら、私たちからどんどん遠ざかっていく。ユノちゃんはボートの操縦席に乗り込み、タイブレークの追跡を始めた。


「あいつ、デカいクセにかなり速くて機敏ね……! コルク、タイブレークの姿は確認出来たの……!?」


「いや、水飛沫が凄すぎて、どんな姿をしてるのかほとんど見えなかった……!」


 “ヒッパレー”の引き寄せる力は強力だけど、その分、釣りに使う時は条件が意外と厳しい。具体的なイメージがないと、釣れる物は私の予期していない物になってしまうのだから。


「あれは金貨で引き寄せるのは無理ですね……」


「お嬢様、いかがいたしますか?」


「私は、コルクに勝つために、自分の可能性を広げました……! 持てる力を、全て出し切ります……!」


「あっ! 皆さん、ジルさんが……!」


「えっ!? 馬車に繋がれていた竜に乗ってる!?」


 ジルちゃんは、馬のような竜を馬車から切り離し、その背中に跨っていた。何をするつもりなのだろうか……。


「私の馬術を今こそ見せる時、行きますよ!

シーホース!」


「ヒヒィーン!」


 ジルちゃんは、右足で軽く蹴って竜に合図を送る。シーホースはそれに応じるように加速を始めた。


「す、凄いです……! まるでジルさんとシーホースさんが一体化しているかのようです……!」


「乗馬……。淑女の嗜みって奴かしら……! あの子、あんな技術を隠し持っていたなんて……!」


「ジルちゃん、カッコいい……」


 ジルちゃんは、タイブレークを追い、勇ましくシーホースで海を駆けていく。タイブレークの機敏な動きにも、ジルちゃんとシーホースはしっかり反応している……!


「見惚れてる場合じゃないわよ! どうすんの!? このままじゃ、あの子にタイブレーク釣られちゃうわよ!?」


 ユノちゃんの言う通りだ。なんとかしないと……。以前のように運気を引き上げて強引に釣るのはどうだろうか……。いや、リスクが高すぎる。反動でまた私が不運になったら、ミルティちゃんとユノちゃんまで巻き添えになってしまう……。


 具体的な策が出ないまま、沈黙するボートの上。その静寂を破ったのは、ミルティちゃんだった。


「あの、コルクさん……。タイブレークさんの姿を確認出来れば良いのですよね……?」


「う、うん。そうだけど……。でも、水飛沫が凄くて船の上からじゃよく見えなくて……」


「わたくしが、タイブレークさんの姿を確認してきます……! 水中からなら、姿が見えると思うんです……! そして、その姿を絵に描いてコルクさんに見せます……!」


「えっ……? 絵に描けるの……?」


 真っ先に浮かんだ不安を思わず口に出してしまった……。だけど、ミルティちゃんは、自信満々な表情を浮かべていた。


「はいっ! わたくし、実は絵を描くの好きなので!」


「ま、まぁ、今はミルティを信じるしかないわね……」


 今までの経験上、ミルティちゃんが発案することは嫌な予感がするが……。でも、ユノちゃんの言う通り、他に打つ手が思い浮かばないのなら、ミルティちゃんに託すしかない……!


「まかせたよ、ミルティちゃん……!」


「はいっ! 行ってまいりますっ!」


 ミルティちゃんは海に飛び込むと、一気に加速していく。速度はシーホースと互角ながら、俊敏さではミルティちゃんに軍配が上がっていた……! タイブレークの急な切り返しにも、ミルティちゃんは即座に反応する!


「タイブレークさん! そのお姿を確認させてくださいっ!」


 ミルティちゃんがタイブレークに接近したようだ……! このまま姿を確認出来れば……!


「えっ……!? きゃあああああっ!!」


「ミルティちゃん!!」


 ミルティちゃんが海面から飛び出してきた……! タイブレークに跳ね飛ばされたんだ!


「ミルティ! 大丈夫!?」


「だ、大丈夫です……! わたくしは、頑丈なのが取り柄なので……! でも、タイブレークさんのお姿は見えませんでした……」


「両選手との距離が離れ、大会本部から詳細な試合状況が確認出来なくなっておりますが、コルクチーム、ジルチームともにまだ苦戦している模様です……! タイブレークは、心技タイが極限まで高められている魚です! 釣り上げるのは至難の業でしょう……!」


 拡声器からタイブレークの解説を聞き、私は試しに“ヒッパレー”にタイブレークを釣りたいと伝えた。でも、タイブレークを見たことがない私は、どうしても具体的なイメージが浮かんで来ない……!


「駄目だ……! やっぱり釣れないよ……!」


「も、もう一度挑戦します……!」


 再びミルティちゃんはタイブレークに向かっていった。でも、姿をなかなか確認出来ず、何度も何度もタイブレークに跳ね飛ばされている……! 再生能力があると言っても、あんなに何度も痛め付けられているのは見ていられないよ……!


「ミルティちゃん、もういいよ! 私、ミルティちゃんが痛い思いしてるの耐えられない……!」


「す、すみません、もう少し……! もう少しですから……! わたくしも、コルクさんのお役に立ちたいんです……!」


「ミルティちゃん……!」


 私はもう、それ以上何も言えなくなってしまった。私に出来るのはミルティちゃんを信じることだけだ……!


「……! 見えた! 見えました! タイブレークさんのお姿をしっかり捉えました……! ぐああああっ!!」


「ミルティちゃん……!!」


 最後までタイブレークに跳ね飛ばされながらも、ミルティちゃんは、髪が乱れた姿でボートに戻ってきた。怪我は完治していたけど、体力をかなり消耗しているようだ……。


「はぁ……はぁ……。で、では、これから絵を描きますね……! うぅ……!」


「ミルティ……。少し休んだ方が……」


「だ、大丈夫です……! 休んでいたら、ジルさんに、先に釣られてしまいま……」


「ミルティちゃん……!?」


 ミルティちゃんは、言葉の途中で倒れていた。私の頭の中は、一気に真っ白になった……。


「……大丈夫。気を失ってるだけよ。……でも」


 ボートの操縦を止め、ユノちゃんがミルティちゃんの元へ駆け寄っていた。命に別条はないのは良かったけど……。


 ミルティちゃんは、鉛筆を握ったまま力尽き、意識を失ってしまった……。そんな……。ミルティちゃん、あんなに頑張ってくれたのに、これじゃタイブレークの姿が分からないよ……。

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