釣り大会編

第19話 釣り大会、開幕!

 釣り令嬢のジルちゃんに、釣り大会への参加を誘われた私たち。それから時が流れ、大会当日を迎えていた。


「今日のこの釣り大会は、タイを釣った数を競う釣りタイ会! 事前にシミュレーションは何度も繰り返した! 絶対に優勝して、賞金をいただくわよ!」


 今日のユノちゃんはいつも以上に張り切っている。それもそのはず、以前、せっかく釣り上げた大漁のゴールドフィッシュは、私の不運が爆発したせいで全部逃してしまったのだから……。


「今までどの魚も必ず釣り上げてきたんですから、コルクさんなら優勝間違いなしですよ!」


「う、うん……!」


 プレッシャーが凄いなぁ……。でも、私も自信はある。2人の期待を裏切らないためにも、頑張って優勝を目指そう……!


「コルク……!」


「あ、あの馬車は!」


 特徴的な水上を走る馬車。あんなのに乗っている女の子を、私は1人しか知らない。侍女を引き連れた綺麗な身なりの女の子は、私に笑顔で手を振っていた。


「ジルちゃん……! 久しぶりだね! 元気だった?」


「うん、コルクも元気そうで良かった……! あと、そこの庶民と上半身が庶民の魚も……」


「なんかアタシたちはついでみたいな感じだけど……。まぁ、この大会に誘ってくれたことに免じて許してやるわ……」


「じょ、上半身が庶民の魚……」


「あれから私は、釣りの特訓を重ねました……! 今度こそ、コルクに勝つために……!」


「そうなんだ、凄いね……! 私はジルちゃんを応援したいけど、勝負には勝ちたいな……」


「うん、ライバルだから、本気でお願いします!」


「……すっかりコルクに懐いちゃって。なんだかんだ憎めないのよね、この令嬢……」


 私たちがジルちゃんと再会している時、他の釣り人たちが各々の船の上で何やら盛り上がっていた。


「おおっ! あそこにいるのは釣り勇者のジョッキ! 伝説の剣は引き抜けないけど、魚を釣り上げるのは得意という選ばれてない勇者!」


「あれは、釣りモンスターのシュトローだわ! 身体は緑色だし、どう見てもトロールなのに、絶対に自分は人間だと言い張ることで有名なの!」


「なんか、変わった人たちが参加してるのね……」


 この海域には、私たち以外にもたくさんの船が並んでいた。ライバルはジルちゃんだけじゃない。気を引き締めないと!


「ただいまより、釣りタイ会を開催いたします。制限時間は5時間。それまでにより多くのタイを作った参加者が優勝となります! タイの名を持つ魚ならば、種類は問いません。各々、得意なタイを釣ってください!」


 小島に設置された大会本部から、拡声器での最終確認が行われる。いよいよ始まる……。数多くの船が集結しているにも関わらず、海の上は静まり返っている。参加者たちの緊張感が伝わってくる。


「では始めます……。よーい、スタートォ!」


 大会開始の掛け声とともに、海域の船上では、慌ただしく釣り人たちが竿を構えている。私が構えるのはもちろん、これだ。


「“ヒッパレー”!!」


 魔力の糸を、海中へと投げ入れる。タイなら普通に生活していても見聞きする魚だ。強くイメージするまでもなく、その姿は頭に浮かんでくる。


「…………」


 波に揺られる感覚に、全身を包み込まれるような気持ちに襲われる。ヒットする感覚が来ないから、どこに意識を集中して良いのか分からなくなる……。


「お、おかしい……。タイが釣れない……」


「わたくし、ちょっと海の中を見て来ます……!」


 ミルティちゃんが海へ飛び込む。いつもミルティちゃんが目標を発見してから流れが変わるんだ。焦るな……。普段通りやれば大丈夫……!


「ぷはっ……!」


「ど、どうだった、ミルティ?」


「ダメです! タイさんが一匹も見当たりません……!」


「ええええええっ!?」


 タイが一匹もいない!? そ、そんな馬鹿な……!? 周囲の参加者の様子を伺うと、皆、一様に頭を抱えている。誰もタイを釣ることが出来ていないようだった。……それはジルちゃんも同じようだ。


「お嬢様、どうしますか?」


「私は、自分の得意分野を信じます……!」


 ジルちゃんは金貨を1枚取り出すと、それを親指で弾いて海へ飛ばした。金貨は太陽の光を反射しながら、ゆっくり海中へ沈んでいく。


「あの子、また金貨投げてるの!? 釣らなきゃいけないのはゴールドフィッシュじゃないのよ!? タイが金貨で釣れる訳が……」


 その時、沈む金貨を追って、一匹の魚の影が海中から上ってきた。魚は勢いよく金貨を食べると、そのまま水面へ飛び出してきた……!


「な、なにあれ……!? 金目鯛!?」


「特訓の成果を見せます……!」


 ジルちゃんは慣れた手付きで釣り糸を投げ入れる。金目鯛は、金貨の持ち主を分かっているかのように、ジルちゃんの元へ引き寄せられていった……!


「や、やった! 釣れた……!」


「あーっと、ついにタイを釣り上げた参加者が現れたようです! あれはこの海域に生息するレア種“カネメダイ”! 金目の物に目がない金目鯛です! あの鯛は、金目の物がないと姿を現しません!」


「カ、カネメダイ〜!? そんなのありぃ!?」


 双眼鏡で参加者のことを見ていた大会本部の解説者が、拡声器でカネメダイの解説を行った。この海域に潜むタイは、かなりクセの強い魚たちのようだ……。 


「そうか……。やっぱり、ここにいるタイは普通のタイじゃないんだ……!」


「コルク! こっちもカネメダイを狙いましょう!」


「もうやってみてるけど、 全部ジルちゃんの金貨に引き寄せられてる……! 金目の物の誘惑に勝てない……!」


「ヒ、“ヒッパレー”が負けてるっていうの……!?」


 あんなに泣き虫だったジルちゃんは、自分を信じて、基礎を身に付けて、こんな特殊な状況をも跳ね除けている。 思っていた以上に、彼女は強力なライバルとして立ちはだかっていた……!


 だけど、ライバルは1人だけじゃない。解説の声は途切れることなく、他の参加者に向けられていく。


「お! ここで、釣り勇者のジョッキが、誰からも釣られずに岩場に隠れていじけているタイ、“ツラレタイ”を釣り上げました!」


「選ばれない勇者の俺には、お前らの気持ちがよく分かるぜ! さぁ、泣きたいなら俺の元へ来るがいい!」


「今度は、怪物のシュトローが、全くタイに見えないのにタイだと言い張る魚、“オレタイ”を釣り上げました!」


「オレ、怪物チガウ、オレ、人間。オマエ、タイ。オレにはワカル」


「なんなのよ! そのおかしなタイは!?」


 気付けば、他の参加者も特殊な条件で釣れるタイを釣り始めていた。どうしよう……。私たち、まだ1匹も釣れてない!

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