第18話 コルク覚醒

 光り輝くゴールドフィッシュを釣り上げ、心の底から嬉しそうなジルちゃん。なんだろう……。別にこのまま負けても良いかも……。


「よくないっ!」


 私の心を読んだユノちゃんが、涙目で抗議してきた……。そうこうしている間に、ジルちゃんは再び釣り糸を海へ投げ入れている。


「アタシたちは、あのお金持ちの令嬢と違ってまだまだお金が無いんだから、ゴールドフィッシュが現れている今を逃すと、この先、大変なことになるんだからね……!」


 そ、そうか……。自分たちが置かれている現状を忘れていた。生活のためにも、ゴールドフィッシュを完全な状態で釣らなければ……。なんだか、世知辛いな……。


「よし、“ヒッパレー”!」


 魔力の糸を海へ垂らし、ゴールドフィッシュを狙う。すぐに喰い付いてくれるけど、問題はここからだ……。絵柄をよく見て……。よく……。


「は、速いなぁ……」


 高速回転する3つの絵柄は、私の目にはただの残像にしか見えない。これを反射神経で揃えるのは不可能なのでは……。


「お嬢様、金貨です。あの魚に金貨を与えましょう」


「金貨を? 分かりました……!」


 ジルちゃんサイドは海に金貨を投げ入れている。さっきゴールドフィッシュは金貨を食べて変化が起きていた。あれは偶然? それとも……。


「フィーバーターイム!」


 金貨を食べたゴールドフィッシュは、再び光り輝きながら、ハイテンションな雄叫びを上げていた。そして、ジルちゃんの釣り糸へと引き寄せられていく。


「また釣れたー! そして、また7が揃いましたー!」


「な、なんであんなに簡単に揃うのよ!?」


 ジルちゃんはゴールドフィッシュをあっさり釣り上げ、さらにスリーセブンを揃えていた。あの現象は一体なんなんだろう?


「もしかして、あのお魚さんは、金貨を食べると必ず喰い付いて、必ず絵柄が揃うようになるのではないでしょうか?」


「そ、そんな馬鹿な……!?」


 確かに、ミルティちゃんの推理は的を得ているように思えた。金貨を撒いた時だけ、ゴールドフィッシュはジルちゃんの竿に喰い付いている。


「ど、どうしよう……! こっちは金貨なんてそんなホイホイ投げられないわよ!? そもそも金貨を何枚も持ってるなら、こんなことやってないわよ!」


 ユノちゃんは元も子もないことを言い放った……。実際、金貨をいくらでもばら撒けるジルちゃんに、金貨作戦で対抗しても勝てる訳がない。何か別の方法を考えないと……。


「ふふふ……。庶民が追い詰められて困っていますね! 良い気分です! やはり、私に敵う者などこの世に存在しないのです!」


「……っ!」


 ジルちゃんの言葉を聞き、私の心の奥底で反発する気持ちが湧いてきていた。悔しい。負けたくない。私は、釣りが好きだから……!


「ミルティちゃん、ユノちゃん、勝とう……! 私は、釣りでだけは他の人に負けたくない……!」


「コルクさん……! 凄い闘志です……! わたくしは、ずっとコルクさんを信じていますから……!」


「そうね……! 勝ちましょう! コルクの釣りは、何度も奇跡を起こしてきたんだから!」


「ありがとう、2人とも……!」


 2人の応援でさらにやる気が溢れてくる。私の自慢の魔法、“ヒッパレー”は不可能を可能にする魔法だ。きっとまだ、私の知らない使い道があるはず!


「私は、運気を引き寄せたい……。絵柄を揃えられるほどラッキーになりたい……」


 そして、私は思い付いた。右手を自分の胸に向ける。初めてだから上手く行くかは分からないけど、最初の一歩は、いつだってそうだったから……!


「“ヒッパレー”!!」


「コルクさん……!? 自分の身体に“ヒッパレー”を!?」


「ううううううッ……!」


「コルク……? 大丈夫なの……!? 無茶はしないでよ!?」


 魔力の糸に、魂が引っ張られるような感覚に襲われる。怖い。何が起きるのか分からない。だけど、きっと上手く行く……。なんとなく、私はそう信じていた。


「うあああああーっ!!」


 ”ヒッパレー”は私の身体から引き千切れていた。何かを引き寄せられた。そんな感覚が私の身体を包み込んでいる。


「コ、コルクさんが……金色に光っています……」


「あんた、一体どうしちゃったの……?」


 私の身体は、まるでゴールドフィッシュのように光り輝いていた。……みなぎる自信。湧き上がる希望。これなら、行ける……!


「“ヒッパレー”!!」


 “ヒッパレー”を再び海へ投げ入れる。ゴールドフィッシュは魔力の糸へ引き寄せられる。タイミングをよく見る……その必要はもうない。 私は、魚の背中を見ないで即座に釣り上げた!


「あっ! え、絵柄が、スリーセブンが揃ってます!」


「ま、まさか!? 庶民に揃えられるなんて……!」


「い、一体何がどうなったの……?」


「“ヒッパレー”で、私の中に眠る“運気”を引き出したんだよ……! ちょっと怖かったけど、上手く行って良かった……!」


 私は黄金に輝きながら、ひたすら釣り続けた。釣ったゴールドフィッシュはみんなスリーセブン! 爽快感が半端ない!


「凄い凄い! 金ピカのゴールドフィッシュがこんなにいっぱい! コルク、あんた最高よー!」


「コルクさんは、いつも新しいことを思い付いて本当に凄いです! カッコいいですっ!」


 友達が私を褒めてくれる。ゴールドフィッシュはバンバン釣れる。なんて……なんて楽しいんだろう……!


「笑ってる……。あの子、あんなに楽しそうに……」


「お嬢様……! こうなったらありったけの金貨をばら撒いて……!」


「いえ、もう良いのです……。あんなに楽しそうなあの子の邪魔を、したくはありませんから……」


「お、お嬢様……!」


 それから十数分後。ゴールドフィッシュは“ヒッパレー”にかからなくなり、フィーバーしていた海は静けさを取り戻していた。そして、私の身体の黄金の輝きも、すっかり元通りに収まっていたのだった。


「ふぅ……。釣った釣った……。こんなに釣ったのは初めてかも……」


「やったわねコルク! これで我が家の家計は救われたわ!」


「喜ぶポイントそこなんだ……」


 ゴールドフィッシュでいっぱいになったクーラーボックスを見て、私たちが釣りの余韻に浸っている中、ジルちゃんの馬車がボートの側まで寄せられていた。ジルちゃんは、清々しい表情で私に微笑みかけていた。


「完敗ですね……。庶民の力、存分に見せ付けられてしまいました……。でも、あなたの言っていた通り、勝負はとても楽しかったですよ……!」


「ジルちゃん……!」


「ふん……。ま、まぁ、あんたたちもなかなか凄かったわよ……? 一瞬負けたかと思ったわ……! 一瞬だけどね……!」


「ユノちゃんは素直じゃないな〜……。ジルちゃんを少しは見習いなよ?」


「うるさいわね……! あんた、どっちの味方なのよ……!?」


「うふふふふ……!」


 ミルティちゃんの笑い声で場が和み、釣り勝負に終幕が訪れようとしていた時、ジルちゃんは懐から何か取り出して、私に手渡してきた。


「これは……釣り大会のポスター……?」


 手渡されたのは、釣り大会の案内が書かれたポスターだった。この海域の近辺で行われる催しのようだ。


「私は、その大会に出場するためにここで特訓していたのです。興味本位で始めた釣りだったので、向いてないんじゃないかと諦めかけていましたが……。あなたのお陰で出場する決心が付きました……!」


「そうなんだ……。ジルちゃんのこと、応援するよ!」


「あ、あの……。もしよろしければ、あなたも参加してくれると嬉しいのですけど……。あなたは、私のライバルなんですから……!」


「ラ、ライバル……!」


 友達とはまた違う、心惹かれる響き。初めてのライバル。私は、思わずニヤニヤが止まらなくなってしまった。


「うん……! 絶対出場するよ! 楽しみだね!」


「はい……! 次は大会で会いましょう、コルク……!」


 ジルちゃんは笑顔で手を振りながら、海を走る馬車で去っていった。釣り大会か……。そこでは、どんな魚が私たちを待っているんだろう……。ワクワクが止まらなかった。


 その帰り道。


「わーっ!? ボ、ボートに穴が空いたー!?」


「ユノさん、ゴールドフィッシュさんを入れたクーラーボックスがひっくり返って海に落ちましたー!」


「えぇっ!? な、なんなのよ、この不運は!?」


 運気を無理やり引き出した反動なのか、私たちは様々な不運に見舞われながら帰路についたのだった……。

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