第17話 フィーバータイム

 ゴールドフィッシュという金色の魚を釣りに来た私たちは、その場の流れで、令嬢のジルちゃんと釣り勝負することになってしまったのだった。


「良い? コルク。ゴールドフィッシュは黄金の魚。金ピカな魚を釣りたいと念じるのよ?」


「うん……! 金ピカが釣りたい……金ピカが釣りたい……」


 私は“ヒッパレー”で魚を釣り上げるために、具体的なイメージを始める。今回はかなり特徴的な魚だ。姿を見たことなくても容易にイメージ出来そうだった。


「道具も使わずに釣り……? 庶民は一体何をやっているの……? 下々のやることは理解出来ませんね……」


「よし、やるぞー! “ヒッパレー”!」


「あっ!! あれはなんなのですかぁ〜!?」 


 “ヒッパレー”を目撃したジルちゃんは、盛大なリアクションで驚いていた。なんというか、期待を裏切らない子だなぁ……。


「くっくっくっ。令嬢の奴、完全にビビってやがるわ。さぁ! コルク! 釣り上げてさらにビビらせてやりなさい!」


「コルクさん! ビビらせてやりましょう!」


 ミルティちゃんまでそのノリ真似しなくても……。そんな2人の悪ノリは一旦置いておいて、私は金色の魚のイメージを練り上げていく。


「あっ! 今、水面にキラキラと輝く物が見えたような気がしますっ!」


「ん!? 来た! 引いてる引いてる!」


 “ヒッパレー”に手応えを感じ、私は魔力の糸を手繰り寄せる。大きさは60センチくらいかな? 今までの魚と比べるとやや小振りに感じる魚の影が見えた。でも、その存在感は一際派手。太陽の光を反射し、水面の魚は神々しく黄金に輝いていた。


「よし、そのまま、そのまま……」


 これは確実に釣り上げられる! と、私が確信した時だった。


「えっ!? あ、あれは……!?」


 魚の背中に、チェリーとベルの絵、それに数字の7、そんな感じの模様が浮かび上がっていた。なんだか分からないけど、そのまま釣り上げる!


「絵柄や数字が回転を始めた!」


 ゴールドフィッシュの背面にある複数の絵柄が、ぐるぐると高速回転し始めた。一体何が起きているのか……?


「コルク! 模様をよく見て! タイミングに気を付けるのよ!」


「えっ!? も、模様!? タイミング!?」


 ユノちゃんに助言されるが時すでに遅し。私は慌ててゴールドフィッシュを釣り上げてしまっていた。背中の模様は、3種類の別々のフルーツの絵柄で止まっていた。


「あぁっ!? ゴ、ゴールドフィッシュの色がどんどんくすんでいく!?」


 さっきまで綺麗に金色に光っていた魚は、あっという間に輝きを失い、真っ黒な魚に姿を変えてしまった。


「あぁ〜……。上手くいかなかったわね〜……」


「あ、あの、ユノちゃん? これは一体……?」


「ゴールドフィッシュは、背中にスロットが浮かび上がる魚。釣り上げるとスロットは止まる。そして、そのスロットの絵柄を3つ揃えなければ、鮮度が一気に落ちてしまう。絵柄によって輝きが変わって、スリーセブン、7で揃えないと価値はあんまりない魚なのよね〜」


「え……? な、なんでそれ先に教えてくれなかったの……?」


「え? い、言ってなかったっけ?」


 聞いてないよ! どうやらユノちゃんは一番大事なこと言い忘れていたようだった……。簡単に釣れると思ったら、そんなシビアな魚だったのか……。


「ふふふ……。良いことを聞きました。あの魚の絵柄を揃うように釣り上げれば良いのですね。庶民が失敗して揉めている間に、私が先に、全て黄金のまま釣り上げてしまいましょう」


 ジルちゃんが、不敵な笑みを浮かべながらゴールドフィッシュを狙っている。この魚は釣り上げることそのものより、スロットを揃えることの方が大事なんだ。大物を釣り上げることに長けている“ヒッパレー”のアドバンテージは、ほとんどないようなものだった。


「よーく、狙って……。ここです!」


「マ、マズイわ、コルク! あの令嬢に先を越され……」


 ジルちゃんは、光り輝く物を見事に釣り上げていた。銀色に輝く、缶詰の空き缶を……。


「うえぇ……! また釣れなかった! 庶民に恥ずかしい姿見られちゃいましたぁ! ぐすん!」


「お嬢様、お気を確かに。まだ始めたばかりですよ?」


 ジルちゃんは、子供のようにベソをかいているのを侍女になだめられている……。また釣れなかったってことは、いつもあんな感じなのだろうか……。


「ぷくくー! あいつ、思ったより釣り下手くそだわ! これはチャンス! 今のうちに釣り上げるわよ!」


「ごめん……。釣ったけど、また黒くなっちゃった……」


「えぇっ? もう! コルク、もっとよく絵柄を見なさいよ……!」


 そんなこと言われても……。これは釣りとは別の技術も問われるから、見た目以上にかなり難しいぞ……。


「うえぇん! もう嫌です! お家に帰りたい! お家に引きこもりたいです!」


「お嬢様、落ち着いて。釣れなかった時よりも、今の方が恥ずかしいお姿になっていますよ?」


 一方で、ジルちゃんは大泣きしながら駄々をこねている……。これはもう、すでに私たちが勝っているようなものなのでは……?


 そんな時、腕をぶんぶん振り回しながら暴れているジルちゃんの胸ポケットから、金貨が何枚か海に落ちてしまった。


「うわっ、もったいない。あの子、何やってんのよ……」


「あっ! みなさん、見てください! お魚さんが落ちた金貨を!」


「えっ……!?」


 ゴールドフィッシュは、水中に沈んだ金貨をパクンと食べてしまった。すると、ゴールドフィッシュは今までの輝きよりも、さらに強く激しく光り輝き始めた……!


「フィーバーターイム!」


「えっ、何が起きてるの!? フィーバータイム!? ていうか、喋ったわよ!? あの魚!」


 カオスな状況に取り乱しまくるユノちゃん。その状況を見た侍女が、鋭い目つきで竿を手に取り、糸を海へと投げ入れていた。


「お嬢様、これはチャンスかもしれませんよ!」


「ぐすっ……。えっ? チャンス……?」


 侍女はジルちゃんに竿を手渡した。ジルちゃんは戸惑いながらも、ゴールドフィッシュを狙って釣りを再開した。


「あっ! かかりました! 今度は本当にお魚が!」


「今です! お嬢様! 釣り上げてください!」


「は、はい! それっ!」


 ジルちゃんが釣り上げたゴールドフィッシュの背中の模様は、なんと7が揃っていた……! 完全な状態で釣り上げられたゴールドフィッシュは、今までにない凄まじい輝きを放っている。


「あぁーッ! 令嬢に先越されちゃったー!」


「や、やりました! 私、初めてお魚が釣れました……!」


「良かった……。良かったですね、お嬢様……!」


 釣れたの初めてだったんだ……。微笑ましく喜び合うジルちゃんを見て、なんだか温かい気持ちになってしまった。ユノちゃんは、ひたすら悔しそうだったけど……。

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