第16話 釣り令嬢、現る!

 スシBAR『MAGOKORO』で過ごす日々にも慣れてきた頃、外出していたユノちゃんが、何やら慌てた様子で店に駆け込んできた。


「コルク! 次狙う魚が決まったわ! “ゴールドフィッシュ”よ!」


「ごーるどふぃっしゅ?」


「文字通り、金色の魚らしいんだけど、なんと! その魚は高額で取引されていて、上手く釣れれば、我が店の財政難も一気に解決するわ!」


 金色の魚……。なんとも釣りたい欲求を刺激する魚だ。高額で売れるという部分は一旦置いといて、間近で輝く姿を見てみたいなぁ……。


「ゴールドフィッシュ、釣ってみたい!」


「よーし! 決まりっ! そんじゃ、いつも通りミルティも誘って、いっちょ釣りに行きますか!」


 私とユノちゃんは釣り支度を済ませ、店の扉を開けた。すると、いつものようにミルティちゃんが、店の前の水路で待ち構えていた。スムーズに合流したミルティちゃんも加わり、私たちは、3人で魔導モーターボートに乗り、ゴールドフィッシュの生息する海域へと向かった。


「さーて、ゴールドフィッシュちゃんはどこかな〜?」


 ユノちゃんは魚群探知機を確認するが、当然、探知機には魚の色まで映らない。今回も見つけるのはなかなか骨が折れそうだった。


「やはりここは、わたくしが肉眼で確認するのがよろしいのではないでしょうか?」


「やっぱそうなるわね〜。今回もお願いしても良い?」


「はいっ! バッチリ見つけてみせます!」


 ミルティちゃんは、元気良く海の中へ潜っていった。海の中で自由に動き回れるミルティちゃんは、こういう時に本当に頼もしい。普段はぽわぽわオーラで癒やしてくれるし、陸と海で死角なしだ……。


「ぷはっ! 見つけました! 見つけましたけど……」


「どうしたの、ミルティちゃん? なんだかちょっと元気ないけど」


「いえ! もう元気は有り余って困るほどなのですが! 実は、他に気になる物を見つけまして……」


「気になる物……?」


 なんだろう……。気になる物がとても気になる……。でもミルティちゃんは、どう説明すれば良いのか困っている様子だった。


「ま! 行けば分かるっしょ! そんじゃミルティ、道案内よろしく!」


 私たちを乗せたボートは、目的に向かってひた走る。そして、ミルティちゃんが困惑していた理由が判明する。


「な、なにあれ……? 海の上に馬車?」


 海の上に馬車が浮いていた。言葉にしても訳が分からないけど、見たまんまそうなのだから、それ以外どう説明すれば良いのか分からなかった……。馬車のタイヤ部分は水車のような構造になっていて、さらに馬車と言いつつ、引いているのは馬の首の代わりにドラゴンの頭が付いたような生き物だった。


「ダメだー! また釣れませんー!」


「お嬢様、諦めてはいけません。次こそ必ず釣れるはずです」


 馬車の上には、私たちと同い年くらいの女の子と、侍女らしき女性が乗っていた。女の子は高価そうな衣服を身に纏っている。見るからに令嬢という風貌だった。女の子は釣り竿を手に、何度もリールを巻いては投げてを繰り返していた。


「ん? ちょっと、そこの庶民! 何を口を開けながら私のことを見ているのですか!?」


「いや、珍しい光景だったもんで、つい……。アタシたちも釣りしに来ただけだから、どうぞお構いなく。続けて続けて」


「ふん! そうはいきません! ここは私のテリトリー! 庶民が立ち入れる場所じゃないのです!」


「はぁ? この辺りの海域にそんな決まりはないわ。みんな自由に漁をして良いことになってるはずよ」


「そんなの知りません! 私が釣りしてるから他の奴らに邪魔されたくない! ただそれだけです!」


「な、何こいつ……?」


 明らかにユノちゃんがイライラしている……。ケンカが始まる前に、私はなんとか穏便に事を済ませる方法を探った……。


「ごめんね……。邪魔するつもりはなくて、えっと……君は……」


「君なんて気安く呼ばないでください! 私には、ジル・ブルー・フォーレンという高貴な名前があるのですから!」


「ジルちゃんっていうんだね。可愛い名前だね! 私はコルク。よろしくね!」


「か、可愛い……? そ、そんなの別に嬉しくなんてありません……。うぅ〜っ!」


 ジルちゃんは、急に顔を真っ赤にしてしおらしくなってしまった……。あれ? この子、もしかしてそんなに悪い子じゃない……? もう少し仲良くなれば、心を開いてくれるかも。


「ジルちゃん、せっかくだから勝負しようよ!」


「しょ、勝負ですって?」


「私たちはゴールドフィッシュという金色の魚を狙ってここに来たんだけど、その魚をどっちが多く釣れるかの勝負! きっと楽しいよ?」


「ふ、ふぅん……。この私に勝負を挑むなんて愚かな庶民ですね! 分かりました! 大差で勝って、格の違いを見せつけてやりますよ!」


「うんうん! その粋だよ! お互い頑張ろうね!」


「う、うん……。頑張ります……」


 ケンカが始まりそうな空気を、勝負というイベントに意識を移して、私はなんとか修羅場を回避することに成功した……。


「コルク、あんたやるじゃない……! よし、ここは勝負にも勝って、あの女を泣かせてやるわ! そして、二度と偉そうなこと言えないように誓約書を書かせて……。それからそれから……」


「いや、せっかく穏便に済みそうなのにやめてよ……」


 もしかしたら、厄介なのはジルちゃんじゃなくて、身内の方かもしれない……。そんな不安を抱えつつ、釣り勝負が始まったのだった。

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