第14話 スシ屋、破産する。

 ブティックから帰った私を待っていたのは、港で爆走するユノちゃんの船だった。屋根付きの船で、屋根の下は個室のように広々空間。中にはなんとソファも設置されていた。操縦席の周囲には、流線形の窓枠にガラスがはめ込まれている。オールも帆も無いのに進んでるし……。なんだろう、あの船……。


「あっ! ねぇねぇ〜、聞きたいの〜? 船のこと〜?」


 ユノちゃんは、此れ見よがしに話したそうにしている。実際気になってしょうがなかったので、私は渋々頷いた……。


「この船は、魔導エンジンを動力にしている魔導モーターボート! 左手のレバーを引くと勝手に走るの! そして、このハンドルで運転する! 凄いでしょ!?」


「魔導エンジン? 魔法を使ってるの?」


「そうよ。魔力で動かしている物は、このボート以外にもいろいろあるけどね。コルクの里にはあんまりこういうの無かったのかも」


「私の里は、魔法を高尚な物として崇めていたから、道具のエネルギーにするなんて発想なかったなぁ……」


 外の世界では、魔法をいろんなことに有効活用しているんだなぁ。私の里にも、こんな柔軟さがあれば良かったのに……。


「それにしても凄いね……。ユノちゃん、そのボート今日買ったんでしょ? とてもそうは思えないような運転技術に見えたけど」


「えっ!? ま、まぁ、そうね。こんなもん、勘でなんとかなるものよ! えっと、アタシはしばらくこれの練習してるから、上達したらあんたたちも乗せてあげるわ!」


「わぁ! 楽しみにしています! 海の上をあそこまで自由自在に動く乗り物なんて、わたくし初めてですから!」


「まぁ、ミルティは自分で泳げるけどね……」


 それからユノちゃんは、日が沈むまでボートを運転していた。……なんだか、前にもボートを運転したことあるような反応に見えたけど、気のせいかな?


 その翌日。


「さて、今日はいっちょ銛で魚捕ってみようかしらね! そのつもりであの船買ったんだから!」


 ユノちゃんは大胆なビキニに着替え、海に飛び込む気満々といった様子だった。船で沖に出て銛で魚を捕るのかぁ……。ワイルドだなぁ……。


「お店の方は良いの? 屋根の修理は終わったみたいだけど……」


「あぁ〜。良いの良いの。どうせお客なんてあんまり来ないんだから。今はそれより、ボートよ、ボート!」


「えぇ〜……?」


 ユノちゃんは休業中の札をお店の外に下げ、足早に港へと駆けていった。豪快というか適当というか……。そこがユノちゃんの良い所? なのかもしれないけど……。


 ユノちゃんは1人で出掛けちゃったし、私はミルティちゃんに会いに行くことにしよう。たぶん、お店のすぐ近くにいるだろうし。


「あっ! コルクさん! おはようございますっ!」


 店から一歩外に踏み出した瞬間、ミルティちゃんが、目を輝かせながら水路から顔を出した。思った通りすぐ近くにいた……。今日は店の前で、ミルティちゃんとお話しながら過ごそうかな。


 私はしばらく、ミルティちゃんとまったりとした時間を過ごした。他愛のない話でも、ミルティちゃんの純粋な反応でとても癒やされて心地よい気分だった。あぁ、こうやっていつまでも話していたいなぁ……。


「ハァ……ハァ……!」


「え……?」


 そんな時、荒い呼吸が聞こえてきた。恐る恐る声の方へ視線を送ると、そこには黒く長い髪で顔を隠した謎の人物が立っていた。


「コ、コルクさん……。な、なんでしょう、あの方は……!?」


「わ、分からない……。ミルティちゃん、用心して……!」


 私は一歩前へ出て、ミルティちゃんのことを庇う。いざとなったら“ヒッパレー”であいつを倒す……! 私は、いつでも戦えるように身構えた。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……。アタシよ、アタシ」


「ユ、ユノさん!? どうしたのですか、その頭のヒラヒラした物は……!?」


「あ、それ昆布か……。ユノちゃん、一体何があったの……?」


 ユノちゃんは、頭から昆布を被った姿で現れた。やけに疲れている様子で、フラフラとおぼつかない足取りだった。


「ボートで沖に出て、そこで大きな魚を見つけたんだけどさ〜……。波は激しいし、獲物に銛は刺さらないしで上手くいかなかったのよ……。港近辺だったらアタシでも漁が出来るってのに……」


 ユノちゃんは心底残念そうに肩を落とした。確かに無茶だとは思っていたけど、やっぱり無理だったんだ……。


「あぁーっ! どうしよう! せっかくあんな船買ったのに! これじゃ無駄になるーっ!」


「でも、楽しそうだったじゃん……。走らせて楽しむ分には良いんじゃないの……?」


「あのボートに、巨大ウニの分も合わせて、今まで稼いだお金全部使っちゃって、もうアタシにはお金が無いのよ! ボートでさらなる収入を得る計画が破綻した今、アタシとコルクはこのまま野垂れ死ぬしかないわ……!」


「私まで巻き添えにされたー!?」


 とはいえ、お金が無いのは本当にマズい……。スシBARは全然儲かってなさそうだったし、居候の私を養う余裕もないだろうし……。私は働いたことがなくて、どうしたら良いのか分からないし……。私の新しい人生、もう詰んだ……?


「あの、ちょっとよろしいでしょうか……?」


 絶望の最中。ミルティちゃんが手を上げて、何か言いたげに私たちを見た。こんな最悪な気分の時は、ミルティちゃんの声を聞くだけでも安心するなぁ〜……。と、私が現実逃避を始めている時。


「コルクさんの魔法で釣りは出来ないのでしょうか……? 無人島でも釣りをしていましたよね……?」


「あっ……」


 そうだ。素潜りでの漁は無理でも、ボートの上から釣りをするなら、なんとかなるかもしれない……!


「その手があったか! さすがミルティ、魚の子! よっしゃ! そうと決まれば、行くわよ! コルク!」


「えっ!? い、今から!?」


 私は不安を抱きつつも、私とユノちゃんの生活のために、魔導モーターボートで沖に出ることになったのだった。

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