新たな一歩編

第13話 元令嬢、服を買う。

 スシBAR『MAGOKORO』での生活が始まった翌日。私が空けてしまった屋根の穴は、ユノちゃんが雇った大工さんが修理を進めていた。


 屋根を修理している間、お店は休業していて、私はどう過ごしたら良いものか悩んでいた。すると、ユノちゃんが私に声を掛けてきた。


「コルク、あんたの服、あの1着しか持ってないんでしょ? アタシの服もう1着貸してあげるから、それ着て自分の服何着か買って来なさいよ。ほらこれ、とりあえずお小遣い」


「えっ!? 良いの!? ユ、ユノちゃん、ありがとう……!」


「あんたのお陰で丸儲けしたんだから、これでも全然足りないくらいよ……。アタシはちょっと用事があってしばらく帰って来ないから、戸締まりよろしくね」


「あ、うん。いってらっしゃい」


 ユノちゃんは私に鍵を手渡すと、そそくさと何処かへ出掛けていった。ユノちゃんの優しさに浮かれつつ、私は言われた通り買い物に行くことにした。


「ミルティちゃんはどこにいるのかなぁ……?」


 海で寝泊まりすると言っていたミルティちゃん。人目につかない場所にいるだろうから、会うのは難しいかなぁ……?


「コルクさん! おはようございまーす!」 


「うわっはぁっ!?」


 予想に反して、ミルティちゃんは元気良く目の前の水路から飛び出してきた。私は突然のことにビックリしてひっくり返っていた……。


「ミ、ミルティちゃん、おはよう……。もしかして、ずっとこのお店の近くにいたの?」


「はい……! わたくし、1人で寂しかったので、早くコルクさんに会いたくて……! お店から出て来るのを今か今かと待ち構えていました……!」


 ミルティちゃんの純粋無垢な可愛さに意識が遠退きそうになる……。私は両頬を叩いてなんとか目を覚ました。洋服を買いに行く。今日の私はそれが目的なのだから……!


「私はこれから洋服を買いに行くんだけど、一緒に来る? ……と言っても、ミルティちゃんは人前には出られないんだよね……?」


「そ、そうですね……。では、わたくしはこっそり水路からコルクさんについていきますね! コルクさんとお出掛け気分です!」


 そう言い終えると、ミルティちゃんは水路の底へ潜っていった。本当に一緒に買物出来れば良いのになぁ……。無理なものはしょうがない。気を取り直して、私は服を買うために港町の中心部へと向かった。


「わぁ〜、私が暮らしてた里とは全然違うなぁ……。町並みも綺麗で、流れる水も気持ち良いし……」


 港町の景観に感動しながら、私はブティックがないか辺りを見回した。すると、パステルカラーの屋根が特徴的な可愛らしい外観のお店が目に付いた。服も私好みの物が置いてありそうだ。私は辺りに人がいないか確認して、水路の中にいるミルティちゃんに声を掛けた。


「じゃあ、私は服を見てくるから……! ちょっと時間掛かっちゃうかも……」


「あっ、わたくしのことは気にせず、どうぞゆっくり選んでください……!」


 ミルティちゃんに笑顔で見送られながら、私はブティックの店内へと歩みを進めた。清潔感のある綺麗な店内には、魅力的な洋服がたくさん陳列されていた。


 私は目移りしそうになりながらも、冷静に所持金を確認する。このお金はユノちゃんが渡してくれた物なんだから、ここは堅実に機能的な服を買おう! 浮かれるのは、自分でお金を稼げるようになってからだ。


「あらぁ、可愛らしいお客様。いらっしゃいまし! 今日はどのような物をお探しでしょうか?」


「あ、ど、どうも」


 気が付くと、眼鏡を掛けたおばちゃんが私の元に駆け寄ってきた。このお店の店員さんのようだ。ど、どうしよう……。私、こういうお店で1人で買い物するの初めてだから、こんな時どうすればいいのか分からない……。


「えっと、動きやすくて落ち着いたデザインの普段着を探しているんですけど……」


「まぁまぁ、それでしたら、こちらなんていかがでござぁましょう!」


 店員さんが持ってきたのは、フリフリの可愛らしい服だった。いやいやいや、全然落ち着いた服じゃないじゃん……! マズい。このままだと流されるまま、このおばちゃんが勧める服を買わされてしまう……。私は、ユノちゃんに申し訳が立つような、落ち着いた服を買わなきゃいけないんだから!


「えっと! これです! 私、全然こういうので良いです!」


 私は、咄嗟に近くに掛けてあった値引き品を手に取った。所持金を全部使い切る必要なんてないんだ。安く済ませてお釣りを返そう! 私は、決意を眼差しに込めて店員さんを見た。


「まぁまぁ、お客様、とんだご謙遜を! お客様にはもっと華やかで素敵なお洋服がお似合いになりますわよぉ!」


 ナチュラルに服を取り上げられてしまった……! なんだこのおばちゃん……。そうか! 安い服を買わせないようにしているのか!? そうはさせるか!


「“ヒッパレー”!!」


「な、なにィ!?」


 私は、おばちゃんの手の届かない位置から、魔力の糸で安値の服を数着掻っ攫った。これならもう奪うことは出来まい!


「お、おのれ……! この私が、お客様ごときに敗れるなんて……! なんたる屈辱……!」


 おばちゃんは血の涙を流しながら、私からお金を受け取っていた……。こ、怖い……。


「ありがとうございました……! 次は必ず、ワタクシが勝たせていただきますので……!」


 おばちゃんに鬼のような形相で見送られながら、私は買った服を詰めた袋を手に、店の外へと出た……。このお店には二度と入るまい……。私は強く心に誓った。


「コルクさん、ど、どうしました? とても疲れた顔をしていますけど……」


「なんでもない、なんでもない……。じゃあ、スシ屋に帰ろうか……」


 私はヘロヘロになりながら、スシ屋に向けて歩き始めた。なんだかんだ安くて機能的な服は手に入れたんだ。これで、ユノちゃんから貰ったお金を節約することが出来たぞ!


 ユノちゃんは、あの巨大ウニで儲かったらしいけど、屋根の修理でいくらか使っちゃったし、私が無駄遣いする訳にはいかないんだから! 


 そんなことを考えながら、スシ屋のある港方面に向けて歩みを進めていると、聞き慣れない騒音が海から聞こえてきた。なんの音だろう……?


「いやっほー! 気持ちいぃぃー!」


「え……!?」


 港で私が見た物は、海の上を凄まじい速度で走る小型の船だった。その上には、大はしゃぎで船を運転するユノちゃんが乗っていた……。


「あっ、コルクおかえり〜。思ったより早かったわね」


「ユ、ユノちゃん、その船、何?」


「あ、これ? さっき買った」


「えええええええ……!?」


 私が苦労して節約しながら服を買っている間、ユノちゃんは、豪快に船を一隻買っていたのだった……。私の苦労は一体……?

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