第10話 港町の攻防戦

 海から這い上がってきたらしい巨大なウニの化け物が、全身に纏っているトゲを港町のあちこちへ飛ばしている。トゲは港の石畳や橋、立ち並ぶ民家や店舗を破壊していて、攻撃力の高さを伺わせた。


「せやあああああっ!!」


 ウニの前で、ユノちゃんが人間離れした身のこなしで立ち回っていた。銛を高速回転させ、飛んできたトゲを弾き飛ばしている……。あの子は、本当にスシ屋なのだろうか……?


「しつこいトゲトゲね! いい加減帰れって!」


 ユノちゃんはウニの攻撃を弾いて町を守るのが精一杯で、モンスターが諦めて帰るまで耐えるしかないようだった。あの大きさでトゲに覆われているんだから、たしかに倒しようがない……!


「どこかにモンスターの弱点があれば……!」


 ウニは一定間隔でトゲを飛ばし続けている。それを防がなければいけないユノちゃんは、相当スタミナを消費しているようだった。あんな攻撃、私には防ぐ術はないのだから、建物の陰から見守るしかない……。


「ちょっと待ちなさいよ! 今あんたの弱点を探してんだから! あっ……」


 体力の限界に達したのか、ユノちゃんが銛を落としてしまった……! 無防備になったユノちゃんに、ウニはトゲを向け、今にも一斉射撃を仕掛けようとしていた。


「マズイ……!」


「ユノちゃん、危ない!! “ヒッパレー”!!」


「なにこれ!? うおわあああああっ!?」


 私は咄嗟にユノちゃん目掛けて“ヒッパレー”を放った。ユノちゃんの腰に巻き付け、一気に私の元へ引き寄せた……!


「コ、コルク……!? 今の変な糸は!?」


「あ、あれは一応、私の魔法……。狙った対象を引っ張ることが出来るの」


 変な糸と言われて地味にトラウマを抉られつつ、なんとかユノちゃんを無傷で救出出来て良かった……。


「ありがとう、コルク。お陰で助かったわ……。それにしても、あんた魔法使いだったのね」


「まぁ、この魔法が原因で追放されたんだけど……と、そんなことより、どうするの? あのモンスター、かなり厄介な奴みたいだけど……?」


「いつもだったら、アタシ1人でサクッと倒せる奴ばっかりなのに、今日のはだいぶ手強いわね……。港には人も行き交うし、貨物を積んだ船も停泊するのに……。あんなのに陣取られてたら生活に影響が出る……」


 それに、町もかなり破壊されている……。あのまま居座り続けられたら、港町で暮らす人たちは相当大変だろうな……。


「アレ、倒せないかな……?」


「それが出来てたら苦労しないっつーの……。他に応援を呼ぶにしても、あんなにトゲを撒き散らされたら絶対負傷者が出るし、見て分かる通り、触れることも出来ないんだから」


「私なら触れるよ……!」


「あの変な糸で、ってこと? あんた、あれで戦えるの?」


「巨大ガニを投げ飛ばして倒したり、あのウニよりも、もっと大きな魚を持ち上げたことはあるよ……。だから、あのウニも地面に思いっきり叩きつけてみれば、殻が割れるかも……」


「ふぅん。なるほど……。でも、あんたがアイツを持ち上げようとして無防備になってる間、アイツの攻撃を全部防ぐのは無理よ?」


 ユノちゃんはしばらく考え込んでいる。私も1人であんな化け物をどうにか出来るとは思っていない。でも、他の人を怪我をさせずに戦いに参加させるなんて無理だし……。


「わたくしが囮になります……!」


「ミルティちゃん! いつの間に!」


 私たちの近くを流れていた水路から、突如ミルティちゃんが顔を出した。水中から、しっかり私たちの話を聞いていたようだった。


「囮って……丸腰のあんたが1人で突っ込んでどうすんのよ……!」


「わたくし、泳ぐのは得意ですし、それに、わたくしには怪我を負っても再生出来る力があります……!」


「再生出来ると言っても、怪我は痛いんでしょ……!? そんな思いをミルティちゃんにさせられないよ……!」


「大丈夫、慣れてますから! それに、わたくしに出来ることがあるのに何もしないなんて、痛みよりそっちの方が我慢出来ません……!」


 ミルティちゃんは、普段の穏やかな雰囲気とは違って、決意に満ちた目をしていた。私と気持ちは同じなんだ……。


「分かった……。じゃあ、こうしましょう。まず、ミルティが囮になってウニの注意を引く。そして、その隙にコルクがウニに糸を巻き付ける。もし、狙いがコルクに変わったら、私が援護して攻撃を弾く。糸を巻き終わったら、アイツを上空へ放り投げて叩き潰す!」


 私とミルティちゃんは力強く頷いた。作戦成功のビジョンは浮かんでいる。みんなで力を合わせれば、きっと上手く行くはずだ!


「では、わたくしはウニの注意を惹きつけるため、出来るだけ接近します……!」


「うん、気を付けて……!」


「無理だと思ったらすぐ逃げんのよ……!」


 ミルティちゃんは、真剣な眼差しで頷くと、静かに水路の底へ潜っていった。ウニの狙いが町から逸れた時が私の出番だ。状況の変化を慎重に見極める。


「ウニさん、こっちです!」


 遠くからミルティちゃんの声が聞こえた。ウニの正面がどっちかは分からないけど、ゆっくりと回転しながら向きを変えている様子だ。そして、町とは反対方向へトゲを飛ばし始めた。ミルティちゃんを狙っているみたいだ……!


「よし、行くわよ……!」


 私とユノちゃんは一気にウニに接近する。ウニがこちらに気付いていないうちに、ユノちゃんはさっき落とした銛を拾った。私はそのままウニに狙いを定める。


「“ヒッパレー”!!」


 魔力の糸がウニの身体に巻き付いていく。ウニの巨体を物ともせず、“ヒッパレー”はどこまでも伸び続け、ウニをガッチリ締め付けていく!


「ギチギチギチ……」


 ウニからトゲが蠢く気味の悪い音が発せられ、私に気が付いたウニは、私に向かって大量のトゲを放ってきた……! さすがに怯みそうになるけど、私はユノちゃんを信じる!


「させない!」


 ユノちゃんは、ウニのトゲを全部弾き飛ばしてくれた……! 身体が恐怖で震えそうになる。でも、2人が頑張ってるんだ。私が怯む訳にはいかない!


 ユノちゃんが守ってくれている間に、ウニを放り投げる準備は整った!


「よし、このまま一気にかち割ってやる!」


「ギギギギギギ……!」


 ウニから今まで聞いたことのない音が発せられる。気にするな……! あとは投げるだけで勝負は決まるんだから!


「ギギィーッ!!」


「えぇっ……!?」


 私とユノちゃんは同時に声を上げた。ウニの上部が空中で浮遊し始めていた。空飛ぶトゲ帽子のようなその中では、赤い発光体が怪しく輝いている。


 そして、そこから発せられた赤い光線が、“ヒッパレー”を切断していた……。


「な、なんなのこのウニ!?」


「今までウニだと思っていたけど、ウニじゃないのかもしれないわね……。これ……」


 空を飛び始めたウニは、光線攻撃という新たな武器で私たちを狙っていた……。

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