第9話 進撃の針山

「さっきは魚部分にしか目が行かなかったけど、まさかセイレーンがこんなところにいるなんてねぇ〜……」


 私はなんとかユノちゃんを落ち着かせ、ミルティちゃんを解放した。ユノちゃんにまじまじと見つめられ、ミルティちゃんはかなり怯えている……。食べられそうになってたんだから、そりゃ怖いだろう……。


「それにしても、ミルティちゃんはよくここまで来れたね。尾ひれで歩いてきたの?」


「あ、いえ。この町は水路が張り巡らされていたので、そこを通って近くまで来ました。このお店の前にも水路が通っていたので」 


 なるほど。ここはミルティちゃんにとって移動がしやすい町のようだ。セイレーンが町中を歩いてたら、絶対に目立つもんなぁ……。


「でも、ミルティちゃんは私に釣られて、その場の流れでここまで来ちゃったんだよね……。ごめんね、変なことに巻き込んで……。もう無理して私に付き合わなくても良いんだよ……?」


「あ、そ、そうですね……。これ以上はコルクさんのご迷惑になりますし……」


 め、迷惑? そんなこと全然思ってないのに……。むしろ、私はミルティちゃんともっと仲良くなりたくて……。


「ちょっとあんたら! お互い気を遣いすぎじゃない!? 友達なんでしょ? もっと気楽に付き合いなさいよ! ほら、ちゃんと本音で話せ!」


「「は、はいっ!!」」


 ユノちゃんに一喝され、私とミルティちゃんは思わずハモってしまった。それがなんだか面白くて、私たちは顔を見合わせて笑い合った。


「えっと……! コルクさんは初めての人間さんのお友達です……。わたくし、コルクさんともっと一緒にいたいです……!」


「ミルティちゃん……。私、ミルティちゃんと出会えて良かった……! これからもよろしくね!」


「まったく、世話が焼ける奴らね〜。アタシのナイスアシストに感謝しなさいよ〜?」


 満足そうに頷くユノちゃん。ちょっと暑苦しいけど……。お陰でミルティちゃんに友達と言ってもらえたから良しとするか……。


「コルクは行くアテあるの? お金無いとか言ってたからどうせ無いんでしょ?」


「う、うん……。家を追放されて、荷物も何も持たされず無人島に放置されてたから……」


「なにそれ!? あんたの家族どんな鬼畜よ!? もう、しょうがないわね〜……。この店の2階が居住スペースになってるから、そこの空いてる部屋貸してあげる。もちろん、家賃を取るなんて言わないわ。店の手伝いはしてもらいたいけど!」


「ほ、ほんとに!? ユノちゃん、ありがとう……!」


「そんな可哀想なエピソード聞かされたらほっとけないっての。いつかは従業員を雇うつもりだったし、ちょうど良いわ。ミルティだっけ? あんたはどうすんの?」


「わたくしは海全体が家みたいなものなので……。港町の近辺で居心地の良さそうな場所を探して、そこで寝泊まりしたいと思います!」


「なるほどね! んじゃ、それで決まりね!」


 ユノちゃんのお陰であっさり住む場所が決まってしまった……。でも、なんだか悪いなぁ……。また気を遣うなと怒られそうだけど、あまりにも良くしてもらってるし、ユノちゃんの役に立てるようなことがもっとあれば良いんだけどなぁ……。


『カンカンカンカン!』


「な、なんの音!?」


 突如、金属を激しく叩くようなけたたましい音が鳴り響いた。物々しい雰囲気にミルティちゃんも不安そうな表情を浮かべている。


「あれは、モンスターの襲撃を知らせる鐘……!」


「モンスター……!?」


「この港町の海から、たま〜に凶暴なモンスターが出没するのよ……。今のはそれを知らせる警鐘ってワケ」


「ユノー! モンスターが出た! いつものように頼む!」


「今行く!」


 すると、店の入口から男の人が顔を覗かせながら、ユノちゃんに何やら呼び掛けていた。ユノちゃんはエプロンを脱ぎ捨てると、店の片隅に立て掛けられていたもりを手に取った。そして、そのまま店の外へ出て行こうとする。え……? どういうこと?


「んじゃ、アタシはちょっとモンスターをやっつけて来るから、あんたたちは店の中で大人しくしてなさいよ!」


「えっ!? やっつけるって……相手はモンスターなんでしょ? ユノちゃん、大丈夫なの!?」


「大丈夫、アタシは戦うスシ屋! スシの食材も、素潜りで自分で捕ってるから」


「えええええっ!?」


「じゃ、ちょっくら行って来るわ!」


 ユノちゃんはニカッと笑いながら、店を出て行った。あまりの急展開に、私とミルティちゃんは店の中でしばらく固まっていた……。


「ど、どうしましょう……。とっても心配なのですが……。でも、邪魔する訳にも行きませんし……」


「あんまり近付かずに、遠くから少し様子を見てみようか……?」


「そ、そうですね……」


 私とミルティちゃんは辺りを警戒しながら、そっと店の外に出た。町の人たちは皆、神妙な面持ちで港の方へ視線を向けていた。


「コルクさん、わたくしは水路の方から様子を見に行きます……!」


「うん……! ミルティちゃん、気を付けてね……!」


 ミルティちゃんは、店の前を通る水路の中へ飛び込んだ。私の方は、慎重に港の方へ歩みを進める。


「な、なんだあれ……」


 港へ向かって歩いて行くと、町中の建物の壁や屋根に、黒くて大きな鋭いトゲが突き刺さっているのが見えた。これがモンスターの攻撃の跡なんだろうか?


「おりゃあああああっ!!」


「ユノちゃんの声だ……!」


 私は建物の陰に隠れながら、少しずつ声の方へ向かった。石を砕くような音と、金属を弾くような音が近づいてくる。


「な、なんだありゃ……!」


 港では、10メートルほどの高さの黒い塊が、無数の鋭いトゲを蠢かしていた。あれは、ウニのモンスター……!?

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