第8話 身体で払え!
「ほら! もっと腰を入れて!」
「あうぅ……。は、はいぃ……」
私は大量の泡にまみれていた。そして、言われるがまま、力強く激しく擦り続けた。こんなに汚い物、私、今まで見たことないよ……。
「ほらほら、そんなんじゃ一生かかっても屋根を弁償出来ないわよ!」
「うぅ! すみません、すみません!」
私はぬるぬるの物を擦り続けた。何度も何度も、初めてのことで上手く出来ないけど、一生懸命擦り続けた。は、早く終わって……!
「お! ようやく分かってきたわね! “お皿洗い”のコツが!」
そう、私は今、スシBARの店主の女の子に食器を洗わされている。頑固な汚れを洗剤とスポンジを使い、ゴシゴシとひたすら洗い続ける。まだ汚れた食器は残っているのだから……。
「すみません……。私、お皿洗いって初めてで……。単純なようで奥が深いんですね……」
「えっ!? あんた、お皿洗ったことないの!? どんな生活してたのよ!?」
「私の家には使用人がいまして……。家事はみんなその人たちがやってくれてました……」
「ふーん……。令嬢ってやつね……。その割には、なんだか小汚い格好してるけど……」
「はい……。今まで無人島で野宿したり、巨大ガニや海賊に襲われたり、怪鳥に連れ去られたりしてたので……」
「どんな生活してるのよ!?」
今までの状況を振り返ると、自分で言っててもカオスすぎて訳が分からなかった……。店主さんは可哀想なものを見るかのような目で、私のことを見つめていた。
「よく分からないけど、あんた、大変な目に遭ってたのね……。それ洗ったら1回休憩にしなさいよ。お茶とまかないくらいなら出すから」
「あ、ありがとうございます!」
い、良い人だ……! ミルティちゃんも良い子だったけど、この店主さんも優しい人なのがよく分かる。屋根の弁償をお皿洗いで許してくれてるし。私とそれほど歳が離れてないのに、尊敬しちゃうなぁ。
「あ……。そうだ、忘れてた……。ミルティちゃんのことを……」
命の危機に瀕し、さらにお店をぶっ壊してしまって動揺していた私は、ミルティちゃんのことがすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。あの子は今どうしているだろうか……。おそらく、私が怪鳥から落とされるのを海から見てたはず。きっと心配してるだろうなぁ……。
「はい。お茶とアタシが握ったスシ」
「こ、これが、スシ……!?」
お皿洗いを中断し、一息つくと、店主さんが、陶器のコップに入った緑色のお茶と、筒状のサーモンがライスを包んでいる、なんとも奇妙な料理を持ってきてくれた……。どんな味がするんだろう……。
初めて見る料理に腰が引けてしまうけど、店主さんがせっかく出してくれたんだ。変なリアクションをしないように食べないと……。まるでロールケーキみたいだ……。
「い、いただきまーす……。ん!? お、美味しい!!」
魚の上品な旨味と、ライスの甘みが織り成すハーモニー……。ひと口に凝縮された満足感。こんなに感動を覚えた料理が今まであっただろうか……。
「あんた、良い舌してるわね……! 素晴らしきかなスシ! くるくる巻けばなんでもご馳走! 手軽に簡単に作れるし最高よ! 異世界から流れ着いた料理なんだけど、まだまだスシの良さを分かってない奴が多いのよ!」
「やっぱり珍しい料理なんですね……。店主さんは、スシが好きだからこのお店を始めたんですか?」
「店主さんってなんだか堅っ苦しいわね……。アタシはユノよ。ユノって呼んでよ。歳もそんな変わんないんだし」
「は、はい、ユノさん」
「ちょっと……。そこは“ちゃん”でしょう……」
「えぇ……? え、え〜っと、ユノ……ちゃん……」
「よしっ!」
いきなり距離を縮めさせられた……。私が呼びづらそうにしてるのをお構いなしに、ユノ“ちゃん”は私の質問に答え始めた。
「アタシ、いろいろあって昔の記憶がないのよ」
「き、記憶喪失ってやつですか?」
「そうそう。それで、どうやって生きていこうか途方に暮れていた時、異世界から流れてきたスシの握り方が記された書物と出会ったってワケ」
「そうか、ユノさ……ユノちゃんも大変だったんだね……」
「まぁ〜、あんたほど波乱万丈じゃないかもねぇ……」
記憶喪失か……。大変だなぁ……。自分が誰かも分からないなんて。でも、そんなことを感じさせないくらい、ユノちゃんは前向きで、その姿勢は見習いたいと思った。そんなことを考えていると、お店の外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「コルクさーん! どこですかー!? 無事なんですかー!? 生きていたら返事をしてくださーい!」
「ん……この声は……ミルティちゃん! 私を探しに来てくれたんだ!」
「コルクってあんたの名前? 外の声はあんたの友達?」
「はい! ミルティちゃんは私の友達のセイ……」
セイレーンと言い掛けて言葉が詰まった。ミルティちゃんのお肉は不老不死の力を秘めているらしく狙われている。迂闊に話さない方が良いのかも。でも、ユノちゃんはどう見ても悪い人には見えないし……。
「ん? なんだか歯切れが悪いわねぇ……。まぁ、友達なら、その子も一緒に中に入れてあげるわ!」
「あっ……!」
そう言うと、ユノちゃんはミルティちゃんを迎え入れるべく、ドアを開けて外に出て行った。だ、大丈夫かなぁ……。大丈夫だとは思うけど……。
「きゃあああああああっ!?」
「えっ……!?」
私の予想に反し、ミルティちゃんの絶叫が響き渡った。何が起きたのか状況がさっぱり飲み込めない……。ま、まさか、ユノちゃんは不老不死の力を狙ってたの!?
「イヤッホー! 珍しい魚が捕れたわー! これで新しいスシが作れるー!」
「うええええええん! コ、コルクさーん! 助けてくださーい! わたくし、食べられてしまいますー!」
「えええええええっ!?」
店内にユノちゃんが戻ってきた。ミルティちゃんは号泣しながらユノちゃんに持ち上げられている……。スシの魅力に取り憑かれているユノちゃんには、ミルティちゃんが食材にしか見えていないようだった……。
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