港町編

第6話 大空フィッシング

 海賊たちから逃げ切った私とミルティちゃん。それからしばらく、小舟で大海原を突き進んでいた。……突き進んでいたのだけれど。


「あのぅ……ミルティちゃん?」


「はい、コルクさん、なんでしょうか?」


「今、ここがどこか、分かってる?」


「全然分かりません!」


 キッパリと返され、私は項垂れた。純粋な眼を輝かせているミルティちゃんは、何も不安を感じていない様子だった。それもそのはず、彼女は海で暮らす種族だ。食料や寝床も海で事足りるのだろう。


 ……だけど、私は違う。食料も飲み水も何も無い状態で、どこかも分からない海で、小さな舟の上で揺られている。せっかく生き延びたのに、再び絶望的な感情が襲ってきた。


「“ヒッパレー”は上にも伸びてたよなぁ……」


 私は巨大ガニとの戦いを振り返る。硬い甲羅を持つ化け物ガニを一撃で倒すほどの高さまで“ヒッパレー”は伸びていた。何もない大海原で魔力の糸を上空まで伸ばせばかなり目立つのではないだろうか。もしかしたら、偶然近くを通った船が気付いて助けてくれるかもしれない。


 海賊に気付かれる恐れもあるけど、海賊船の前に立ちはだかったあの白い怪物、あれはそう簡単に振り切れないはず。やるなら今しかない。


「“ヒッパレー”!!」


 私は青空に向かって右手を突き上げた。手のひらからは、光り輝く魔力の糸がぐんぐん飛び出していく。一体どこまで伸びるのか……。先端に玉の付いた糸は不安になるくらいの高さまで上っていった。


「コルクさん、それは一体何をしていらっしゃるのですか?」


「SOSの狼煙代わりにしようと思って……。それにしても凄いなぁ……。こんな細長い物が垂直に立ってる……。ちょっと気持ち悪い……」


 どうやってバランスを取っているのか謎だけど、思惑通りに異様な存在感を放っているので、まぁ良しとしよう……。


「誰か気付いてくれると良いけど……。海は気が遠くなるほど広くて大きいし、そう簡単には行かないよねぇ……」


「ウフフ……!」


「ミ、ミルティちゃん……? どうしたの、急に笑って……」


「あっ! す、すみません! なんだか、お空で釣りをしているように見えて可笑しくなってしまって、つい……」


「いやいや、謝らなくても大丈夫だよ……! なるほど〜……空で釣りか〜……」


 ミルティちゃんの可愛らしい発想に思わず癒やされる。こんな緊迫した状態でも、この子と一緒にいると和むなぁ……。


 “ヒッパレー”に望んだ物を“引き寄せる”力があるなら、船を引き寄せるなんてことも可能かもしれない。でも、そんな力があっても、そもそも近くを通ってないと気付いてもらえない。海の中の魚を無作為に釣るのとは大違いだ。


「あ〜……空でも飛べたら良いのになぁ〜……」


 今の私には、とにかく情報が足りていない。どこに何があるのか何も分からない。なんでも良いから、進むべき道標を見つけたかった。追い詰められた私は、空を飛びたいなんて荒唐無稽なことを考えてしまった。


「コ、コルクさぁん……」


「え、ミルティちゃん、今度はどうしたの……?」


 さっきはホクホクと笑っていたミルティちゃんの顔色が、不安に塗りつぶされたかのように青くなっていた。私は慌てて辺りを見回す。海賊の姿は見えない。海面も穏やかだ。特に危険が迫っているようには見えなかった。


「違います……! コルクさん、上です……!」


「上……?」


 私は言われた通り真上を見上げた。見えるのは、怪しく発光する謎のオブジェと化した“ヒッパレー”……と、その傍らに、何やら巨大な黒い影が見えていた。


「ギャアギャアッ!!」


「うわっ、なんだあれ!?」


 “ヒッパレー”の光の玉の前に、大きくて不気味な怪鳥が引き寄せられていた。距離が離れていて正確な大きさは分からないけど、間違いなく、私よりも大きな鳥だった。


「なんであんな不気味な鳥が突然……」


 怪鳥の迫力に呆気にとられていた時だった。怪鳥は引き寄せられるまま、あろうことか魚のように光る玉をくわえてしまった!


「マ、マズい! 早く“ヒッパレー”を解除しないと……」


 私がそう判断した頃には、時すでに遅しだった。私は怪鳥に“ヒッパレー”ごと持ち上げられ、空高く連れ去られてしまっていた。


「うわああああああっ!?」


「コルクさぁ〜ん!!」


 海上にいるミルティちゃんがどんどん小さくなっていく。今“ヒッパレー”を解除すれば、私は海に叩きつけられてしまう。もう無事に着水出来る高度は超えていた。


「ど、どうしてこんなことに〜!」


 私は自分の言ったことを振り返った。“空を飛びたい”。私は自分で思いっきりそう言っていた。そして、その願いは見事に叶ったのだ。……私が想像していた物とはかけ離れた形で。


「コルクさーん! 耐えてください〜! きっと、なんとかなりますからぁ〜!」


「ミ、ミルティちゃん……!」


 下からミルティちゃんの声が微かに聞こえてきた。私のことを励ましながら、必死に泳いで追いかけてくれていた。……そうだ。冷静になれ。この鳥は私に危害を加えようとはしていない。ただエサと認識している“ヒッパレー”を運んでいるだけだ。


「そうか。怪鳥は自分の巣へエサを運んでいるんだ……。じゃあ、このまま運ばれていれば、どこかの陸地へ辿り着くかも……!」


 私はミルティちゃんの言葉を受け、なんとかなると思うことにした。本当になんとかなるのかは、分からないけど……。

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