第5話 旅立ち
成り行きで海賊をぶちのめして島から脱出した私たち。海賊の小舟を、ミルティちゃんが動力となり必死に海上を走らせていた。
「ビ、ビックリしました……! 海賊さんたちってあそこまで悪い人たちだったのですね……! セイレーンには約束を破る人なんていませんでしたのに……」
「ああいう人たちは信用ならないよ……。まぁ、私は家族からも裏切られたんだけどね……」
「人間さんって大変なのですね……」
純粋なセイレーンに人間の世知辛さを教えてしまった……。とにかく、今は出来るだけ遠くへ逃げるしかない。あの海賊たちとは二度と出会いたくはないし。
「待てーッ! 待ちやがれテメェらーッ!」
「えっ……!?」
後方から男たちの罵声が聞こえてきた。急いで振り返ると、海賊船が私たちを追跡している。でも、まだ距離はある。なんとかこのまま引き離せれば……。
「よくもこの俺さまをぶん投げやがったな! もう許さねぇぞ! セイレーンの方は不死身なんだ! 多少傷付けても構わねぇ!」
なんだか物騒な話し声が聞こえてきた……。でも、こんなに離れているのに何をしようというのだろうか。
「撃てェーッ!!」
「え……? うわあああああっ!?」
爆発音とともに、船から煙が数回上がったかと思うと、私たちのすぐ近くの海面が水飛沫を上げた。小舟は大きく揺れ、私は振り落とされないように必死に舟にしがみついた……!
「い、今のは大砲……!? そうか、海賊船にはそんな武器が積んであるのか……!」
「ど、どどどど、どうしましょう!? やっぱり降参して謝ってきましょうか!?」
「あいつらは、元から私たちを無事に帰す気なんてないよ……! ここで降参しても大砲にやられるのと同じだよ……!」
「えっと、えっと! じゃあどうすれば……!?」
私が使える武器は“ヒッパレー”しかない。でも、どうやって状況を打破する!? 冷静に考えろ……。私は今まで何を考えながら“ヒッパレー”を使ってた? よーく思い出せ。
“ヒッパレー”で釣りをした時、私は最初“1人で死ぬのは嫌だ”と思った。そうしたら、会話が出来る女の子の“ミルティちゃんが釣れた”。これは、もしかしたら“私が釣りたい物を引き寄せている”のかもしれない……!
“ナニか釣れろ”で“カニが釣れた”。これはだいぶ苦しいけど、具体的なイメージがない時は、それに近い物が釣れるのでは……? この推測が合ってるかどうか分からないけど、やるしかない!
「“ヒッパレー”!!」
私は“ヒッパレー”を海へ放った。そしてイメージする。出来るだけ大きな物を、海賊たちを妨害出来るような、そんな大物を釣りたい……! お願い! 私は、こんなところで死にたくない! ミルティちゃんを助けたい!
「あいつ……! この状況で釣りだと!? ナメやがって……! 砲撃準備だ! 次こそ沈めろ!」
「コルクさん……!」
「うぅ……! あなたはクソダサ魔法なんかじゃないでしょ! その真の力を、私に見せて!」
身体がぐんっと引っ張られた。海へ引きずり込まれる前に、私は釣り上げたいと“ヒッパレー”に心の中で伝える。それに応えるように、私に掛かる負荷は軽減した。……そのまま、力いっぱい釣り上げて!
「せ、船長……! あれ……!」
「ん……? なんだありゃあ……?」
黒い影が海面に浮かび上がり始める。その大きさが半端ない。怪物の登場を盛り上げるかのように、波が大きく揺れ始める。
「グオオオオオオオン!!」
「うおわあああああッ!? なんだこの化け物はあああああッ!?」
雄叫びを轟かせながら、水飛沫が天高く吹き上がった。クジラのように、いや、クジラよりもさらに大きな魚。でも、クジラじゃない。あんな魚、見たことも聞いたこともない。白く輝くその美しさに、私は、思わず見惚れていた。
「綺麗……」
“ヒッパレー”は、その魚の力に敵わず引き千切られていた。謎の白い怪物は、海賊船を完全に遮り、私たちに活路を開いた。
「ハッ!? コルクさん、全速力で逃げます! しっかり掴まっていてください!」
凄まじい光景に、呆然としていたミルティちゃんが我に返り、再び小舟を後ろから押して泳ぎ始めた。海賊船と巨大魚はみるみる遠ざかり、そして今度こそ、私たちは海賊船から逃げ切ることに成功した。
「凄かった……。なんだろう、この感覚……。なんか、感動した……」
今まで感じたことのない高揚感に包まれ、私はしばらくその余韻に浸っていた。見たことのない大きな魚を釣った。その光景は、私の目に焼きついて離れない。もう一度、あの気持ちを味わいたい。胸の高鳴りが収まらない。
「あ、あの、コルクさん? 大丈夫ですか?」
「えっ? あ、だいじょぶだいじょぶ! ちょっと、頭が混乱してて……」
里から追放されて、私は全てを失ったはずだった。……でも、“ヒッパレー”は、新しい友達と出会わせてくれた。今まで感じたことのなかった感動を与えてくれた。
これはきっと、私の旅立ち。この先に、私の本当にやりたかったことが待っている。なんとなく、そんな気がした。
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