第4話 狙われたミルティ
「そうなんですか……。コルクさんはご家族から無人島に追放されて……」
「うん……。私、こんなところで終わりたくない……。なんとかこの島から出て、私は、新しい人生を歩みたい……!」
「わたくしに何が出来るか分かりませんが、コルクさんの力になりたいです……!」
「ありがとう、ミルティちゃん……! でも、これは私の問題だから……ミルティちゃんは気にしなくても良いからね……!」
通り雨が止んだ夜、私はミルティちゃんに今までの経緯を説明した。私の個人的な事情に巻き込みたくはなかったのだけど、無人島で一人でいる理由を話さない訳にはいかなかった。
「いえ……! コルクさんがおっきなカニさんを釣り上げてくださったお陰で、わたくしのお腹は満たされて動けるようになったのです……! このご恩をお返ししなければ、わたくしの気が済みません!」
「ミルティちゃん、ありがとう……」
本当に気にしなくても良いのに……と思いつつ、ミルティちゃんの好意を無下にすることも出来ず、私は素直にお礼を言うことにした。どこまでも真っ直ぐで純粋な子なんだなぁ……。
「……そういえば、ミルティちゃんはなんでこの辺りを泳いでいたの? お家が近くにあるとか……?」
「えっ!? あ、あの、そのぅ……そんな感じです……」
ミルティちゃんは、私の質問には毎回歯切れの悪い答えを返してくる。そこがなんだか引っ掛かるんだよなぁ……。でも、答えたくないことをわざわざ問いただす必要はない。ミルティちゃんはきっと悪い子じゃないし。根拠はないけど、私の勘がそう言ってる。
「とりあえず、今は真っ暗で何も見えないし、今日はもう寝るしかないかな……。寝ると言っても、こんなところで寝られるか分かんないけど……」
「わたくしも一緒に寝ます……! それなら、少しは気が紛れるかもしれません……!」
「良いの……? セイレーンって陸で寝て大丈夫なの……?」
「はい! わたくし、どこでも寝られるタイプですので!」
何もない砂浜で、初対面のセイレーンの女の子と2人で寝ることになった。その異様な状況に戸惑いつつも、隣に人がいる安心感と、心身ともに疲れていたのもあり、少しずつ私の意識は薄らいでいった。
◇
「うぅ〜ん……あれ……? いつの間にか寝ちゃってた……?」
寝心地の悪さを感じながら、目が覚めた私は、寝ぼけた頭のまま辺りを見回した。……すると、隣で寝ていたはずのミルティちゃんの姿がない。
「ミルティちゃん、どこに行ったのかな……。まさか、もうこの島からいなくなっちゃったとか……」
一瞬、強い不安と悲しみに襲われた。いや、そもそも私とミルティちゃんは何も関係ないんだから……。こんな何もない島で、数時間付き合ってくれていただけありがたい話だ。
「……ん? なんだあれ……?」
私が必死で寂しい気持ちを誤魔化そうとしていた時、海の向こうに巨大な布を広げた何かが近付いてきた。
「あれは船? ……人!? この島に人が来た!? 私、助かるの!?」
船はどんどん、この島に近付いてきている。だいぶ大きい船のようだ。私は、この島で何日も生活する覚悟はしていた。まさか、こんなに早く島から脱出するチャンスが巡って来るとは……。はやる気持ちを抑え切れず、私は船に向かって手を振った。
「おーい! 私はここだよー! 助けてくださーい!」
みるみる近付く船。次第にくっきりと見えてくる船のデザインを、私はまじまじと見つめた。黒い大きな帆に、何やらドクロマークが描かれている。お腹の奥からゾワゾワと、“嫌な
「……あ、あれは、どう見ても海賊……」
私も実際に見るのは初めてだけど、書物や噂話で聞いたことがある。山を拠点にして略奪行為などの悪事を働く山賊のように、海でも、傍若無人な生活を送る無法者が存在するらしい、と……。
そうでなくとも、ドクロマークなんて不吉な物を掲げている連中が、まともな人間の可能性は限りなく低いように思える……。
「おーい! コルクさーん!」
「えっ、ミ、ミルティちゃん!?」
船の上から、元気な聞き覚えのある声が響いた。なんでミルティちゃんがあの船の上に!? 混乱する頭を整理する暇もなく、大きな船舶から小舟が一隻降ろされた。この島に上陸するために、数人の男たちがその小舟に乗り換えていた。そこにはミルティちゃんも乗っている。
後方に乗船している1人の男がオールで漕ぎ、小舟はあっという間にこの島に上陸した。バンダナを巻いた男3人と、大きな海賊帽を被ったいかにも海賊な男1人が、小舟から島に降り立った。ミルティちゃんもそれに続いて、尾ひれを使い器用に砂浜に着地した。
「よいしょっと!」
「あ、あの……。ミルティちゃん、これは一体……」
「コルクさん! もう大丈夫ですよ! この方たちに、あなたを島から出してくれるようにお願いしました!」
「お、お願い……?」
男たちは私を見ながらニヤニヤ笑っている……。どう見ても素直にお願いを聞いてくれるような人たちには見えないけども……。
「ようやくセイレーンの肉を手に入れられるんだ。約束の1つや2つ、叶えてやるさ」
「セイレーンの肉……?」
「なんだ嬢ちゃん? 知らなかったのか。このセイレーンの肉には、不老不死を叶える力があると昔から言い伝えられている。俺たちはずっとそれを追い求めていたのよ。そして今日、ついにセイレーンの方からやってきてくれたという訳だ」
ようやく、今までのミルティちゃんの不可解な言動に説明が付いた。ミルティちゃんは、セイレーンの肉を狙う海賊に追われていたんだ。ミルティちゃんは、それをずっと私に隠していた。
お腹をすかせていたのも、海賊からずっと逃げ回っていたからに違いない。それなのに、ミルティちゃんは私なんかのために……。
「みなさん、約束ですよ……! わたくしのお肉をあげる代わりに、コルクさんを島から出してあげてください……!」
「ミルティちゃん!? 何言ってるの! 駄目だよ、そんな約束したら! 食べられちゃうんだよ!?」
「わたくしは大丈夫です。ちょっと食べられたくらいじゃ死なないので……。それよりも、わたくしはコルクさんを助けたかった……!」
「ミルティちゃん……」
優しすぎるよ……。出会ったばかりの私のためにそこまでするなんて……。死なないと言っても痛みはあるはず。痛みに耐えて身体を提供するなんて……。
「あぁ、約束は守るぜ。それにしても、この娘もなかなか悪くないな。売り飛ばせばそれなりの額になりそうだ」
「売り飛ばす……? 何を言っているのですか……? わたくしは、コルクさんを無事にこの島から出してくださいとお願いしたのですよ!?」
「無事に出してやるさ。ただ、その後のことは知らねぇがな。ガハハハハハ!」
男たちは下品に笑いあっていた。思った通り、こいつらは約束を守る気なんか全くなかったんだ。ミルティちゃんは、凍りついた表情のまま、呆然と立ち尽くしていた。
ミルティちゃんの優しさを笑うこの男たちに、私はなんだか無性に腹が立った。
「笑うな……」
「あ?」
「ミルティちゃんを笑うな! “ヒッパレー”!」
「うおおおっ!? なんだこりゃあ!?」
“ヒッパレー”を唱え、ずっと先頭で大笑いしていた大きな帽子の男に、魔力の糸を巻き付けた。私はその場で回りながら、男を思いっきりフルスイングする!
「うおああああああああっ!?」
「船長ぉ!?」
遠心力を利用し、男をそのまま地面に目掛けてぶん投げた。船長と呼ばれた男は、弧を描きながら頭から砂浜に突き刺さった。間抜けな格好で砂浜に突き刺さった船長を、バンダナの男たちが救出に向かった。
「ミルティちゃん、逃げるよ!」
「えっ!? あっ、はいっ!」
私は男たちが乗っていた小舟に乗り込み、ミルティちゃんは海中からその小舟を思いっきり押して泳いだ。私を乗せた小舟はみるみる無人島から遠ざかっていた。
「あっ! コラ、テメェら待ちやがれ! チクショウ! よくも俺たちを騙しやがったなァ!」
「騙したのはそっちでしょ!」
男たちの悔しそうな声はどんどん遠くなり、聞こえなくなっていった。あーあ、やっちゃった。海賊を敵に回してしまった……。島から出られたのは良いものの、私は、これから先のことは考えたくなかった。
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