第5話

「……すみません渚様。落ち着きました」


「大丈夫ですよ。その気持ち、痛いほど分かりますから」


 ゆっくりと渚様の胸から離れる。手に違和感を感じ、見てみるとそこから少量の血が流れていた。傷口は塞がっているが、血は残っているのでペロッと舐めとくか。


「レロッ……それで長月さん。質問なのですが」


「あぁ」


「アイツらのことを聞いた上で、俺はどう動けばいいでしょうか」


「渚」


「はい。裕樹さん、これを」


 渚様が、谷間から取り出したのはボイスレコー────待って。俺さっきまで渚様の胸に顔を押し付けられていたから分かるけど、機械の感触全くしなかったぞ。一体どこから取り出したんだ……?


「どうかしましたか?」


「い、いえ」


 衝撃で一瞬手が止まったが、声をかけられてボイスレコーダーを受け取り、スイッチを押す。そこからは、今朝会話をしたひづみの声と、聞いただけで吐き気を催すような男の声が────って。


「……は?人質?」


 ピシリ、とまたもや俺の心の中で何かが割れる音がする。フフフ……そーかそーか。そこまでしてあのクソ狼は俺の事怒らせたいか………。


「潰しましょう。今すぐ」


「まぁ待て少年。せっかちな男は嫌われるぞ」


「今は嫌われてもいいので、早く潰したいです」


「まぁ待て待て。私の話を聞け。渚」


「はい。落ち着いて下さい」


 またもや渚様に抱きしめられる俺。あ~ヒロインには抵抗できないの~。


「さて裕樹。ここからが本題だが、我々は少数の精鋭で組んだ部隊で、ひづみの妹君の救出と研究施設の破壊を同時に行おうと思っている」


「え、そうなんですか?」


 抵抗できないまま、いつの間にか渚様に膝枕をされ、頭をなでなでされている俺は驚きの声を上げる。


「あぁ。渚は優秀だからな」


「はい。優秀なんです。裕樹さん、褒めて下さい」


「凄いですね渚様。さすがです」


 まぁぶっちゃけどれだけ凄いか俺には理解できないが、長月さんがふざけることなく褒めていたからそれは凄いんだろう。


「恐らくひづみは、少年と接触したことでこの事をクソ狼に連絡するだろう。そのタイミングを狙って、ひづみをちょっと驚かせた後、無線機を壊せ」


「やり方は?」


「少年に任せる」


「クソ狼煽ったらだめ?」


「存分に煽ってやれ」


 よっしゃ。言質取ったからたっぷりと脅してやるか。


「その後は、ひづみに何とかして『助けて』と言わせろ」


「その心は?」


「そりゃ少年。悲劇のヒロインが泣きながら王子様に縋って『助けて』と言われるシーン、エモエモのエモだろ?」


「長月さん。それには激しく同意しますが、少し不謹慎では?」


 そして、長月さんからひづみ監視のため双眼鏡と、今日の授業免除の言伝を貰い、学園長室からでる。廊下に出て、そのまま窓を開けて校舎6階から飛び降りて監視スポットを探す。


 さて、どの辺がいいかなぁと敷地内を歩いていると、丁度よく木が密集しているポイントを発見。ジャンプと壁キックを応用して、木の枝に飛び乗った俺は監視を続けるのだった。


 チャンスが訪れたのは昼休み。休み時間中もずっと教室にいたひづみが、周囲をこそこそと見ながら教室の外へと出る姿を発見。しかも、曲がった方向からして食堂に向かった訳でもないのでそういうことだろう。


 スマホを開き、学園のマップを確認する。渚様が録音していたポイントと、ひづみが移動した方向から目安を付けて、どこの出入り口から出てくるのかを予測。後者の形を見ながら木から木へとぴょんぴょん移動しながらひづみを尾行し続けること約10分。


 人気のない森の中で止まったひづみは、ポケットから何やら取り出す。それを双眼鏡で見て確認。バッチリとフェンリル社の証である狼のロゴマークがしっかりと刻印してあった。


 ひづみの口が動いているのを確認し、近づきながらスマホを取り出してひづみの連絡先をポチリ。


 10秒ほどして、繋がる音が聞こえた。


「も、もしもし」


「ひづみ、今暇?」


「あ、あぁ」


 まぁ驚いてるよな。恐らく電話に出たのもフェンリルの支持だろうな。少しでも情報集めろーみたいな。


「もし良かったら、ひづみを飯にでも誘おうと思って。大丈夫?」


「えっと────いや、大丈夫だ」


「そうか。ひづみ、今どこいる?」


「私?私は今……な、中庭」


「OKひづみ」


 はい。ひづみの上空まで移動完了。


「そこ、動くなよ」


「え────きゃ!?」


 上空から飛びかかり、押し倒す前に、上から接近する俺に気づく。目が合ったがここの間合いなら関係ない。すぐ隣に着地し、足払いをしてこけさせる。


 もちろん、怪我をさせる訳にはいかないので、一度支えてから押し倒してそのままひづみの右腕を掴みマウントポジションを取る。


 右耳に嵌めてある無線機を優しく取り外してから俺の耳に当てる。その過程で、慌てたのか取り返しに来た腕を優しく掴み、俺の右手でひづみの両手を掴んで拘束。


「な、何をするゆう────」


『おい!084番!応答しろ?』


「──────あ”っ?」


 今、このクズなんて言った……?


 084番……?本当に、どこまても人を人と思ってない奴らだな……。


「おいゴミクズ」


『その声……まさか!小鳥遊ゆう────』


「汚ぇ性格と声で俺の名前を呼ぶな」


 声を聞いただけでも殺意が溢れ出る。コイツらは、俺の手で潰してやらないとどうにも収まらない。


「いいか。よく聞けゴミ共……逃げんなよ。今からそこに行って、地獄に行っても追い回し続けて、殺して、殺して、殺し尽くしてやる」


 その言葉を最後に、無線機を握力で握り潰す。バチッ!と一瞬電撃が弾けとんだが、それに構わず、腕を振ってから部品を投げ飛ばす。


「ゆ、裕樹……」


 何も言わないで、ひづみへと視線を向ける。









「な、何をしてるんだ……何を……何を……」


 私の頭は、困惑と、絶望で一杯だった。


 だって……だって……情報を提供しないと……今も施設にいる伊織は、フェンリルの手によって激しい人体実験の後、殺される。


 今は私が積極的に実験の餌食になっているからまだ何とか大丈夫だけど、このままだと異変を察知したフェンリルが証拠隠滅の為に伊織を殺してしまう。


「裕樹……っ!お前は!私の────」


「俺が今聞きたいのは、恨み節じゃないよ」


 セリフを言う前に、裕樹の指で優しく唇を塞がれる。


「確かに、ひづみからすれば妹の命がかかっている大事な瞬間だ。恨み節の一つや二つ、俺に対してぶちまけたいだろうが────ここは、瑠璃学園だ」


 クイッと腕を引っ張られ、上半身を起こす。


「仲間の家族がピンチなんだ。『助けて』っていう言葉が、何よりも聞きたい」


「────ぁ」


 それを聞いた瞬間、裕樹に言いたいたくさんの事が、ポロポロと零れ落ち、瞳から涙が溢れ出てくる。


「…た、たす……け……」


「うん」


「……っ、お願、い……わた、しの……大事な……」


「うん」


「──────妹を、助けて……裕樹ぃ!」


「その言葉を待っていた」




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うーん。これはちょっとイケメンすぎる。

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