第12話 二人のそれから

 楽しかった夏季休暇はあっという間に終わり、オリバーとエルグランドは王都の魔法学園へと戻った。

 季節はすぐに秋になり、勉強に精を出す日々を送っている。エルグランドの取り巻きだったいじめっ子連中は、完全にエルグランドに近寄らなくなり、オリバーもいじめられることが無くなった。毎日、エルグランドと一緒に食事をして、夜はいつもエルグランドの部屋で一緒に勉強をしている。

 夏季休暇中に、エルグランドと恋人になったが、たまに手を繋いだり、おやすみのキスをするくらいで、友達だった頃とあまり変わらない日常を過ごしている。


 秋の終わりが近づき、少しずつ冬の足音が聞こえるようになってきた。

 オリバーはエルグランドの部屋で、一緒に勉強をしていた。エルグランドは本当に教え方が上手で、オリバーは成績が中の上から上の中くらいにまで上がった。オリバーに教えているから、自分の勉強時間が減った筈なのに、エルグランドは主席をキープし続けている。『オリバーに教えた方がより理解できる』と、エルグランドが楽しそうに笑っていた。


 今日の課題と自主勉強を終えると、エルグランドがそわそわし始めた。オリバーはエルグランドのほっそりとした手を握った。エルグランドがほんのり頬を赤く染めて、嬉しそうに微笑んだ。

 2人で手を繋いで、エルグランドのベッドに並んで座る。指を絡めれば、エルグランドの耳まで淡く赤く染まった。他の人の手前、昼間は友達同士だが、寝る前の少しの時間は、恋人同士の時間である。


 男同士の恋愛は全くない訳ではないが、極少数派で、学園の生徒達にオリバー達が付き合っていることを知られると、悪目立ちするのは確実である。

 オリバーの祖父母は知っているし、何故か喜んでいたが、基本的に周囲には恋人だということを隠すと2人で決めた。


 オリバーの肩に、遠慮がちにエルグランドが頭を預けてきた。オリバーはエルグランドのさらさらの髪に頬を擦りつけた。お互いの体温を感じ合う距離にもすっかり慣れ、この穏やかな時間をオリバーは気に入っている。



「エル。冬季休暇もうちに来ない?おじいちゃん達も喜ぶし」


「行く。土産は何がいいだろう」


「んー。別に気を使わなくていいんだけど。……あ、今度の休みに、街に買い物に行こう。行けるのは学生街だけだけど、確か手芸屋もあった筈だから、おばあちゃんには、其処で何か買おうか」


「うん。おじいちゃんには?」


「うーん。友達と一緒に遊べそうな目新しい玩具でも買う?おじいちゃん、チェスとかカードゲームとか好きだし」


「じゃあ、一緒に探しに行こう」


「うん」


「……ふふっ。楽しみだ」


「そうだね」



 エルグランドの上機嫌な笑みに、オリバーも小さくて笑みを浮かべた。夏季休暇にオリバーの実家に帰ってから、エルグランドの表情が増えた。2人っきりの時限定だけど。エルグランドは笑うと、すごく可愛い。オリバーはエルグランドの笑顔が大好きだ。



「エル。こっち向いて」


「……ん」



 オリバーは顔を上げたエルグランドの唇に、触れるだけのキスをした。ふにっと柔らかいエルグランドの唇は、なんだか癖になる。できるだけ優しくエルグランドの形のいい唇を吸うと、エルグランドもオリバーの唇を優しく吸ってくれた。指を絡め合いながら、何度もキスをする。


 明日も朝から授業がある。オリバーはエルグランドといっぱいキスをしてから、エルグランドの頬におやすみのキスをして、エルグランドの部屋を出た。




 ーーーーーー

 季節は穏やかに過ぎ去り、オリバーとエルグランドは最終学年に進級して、無事に卒業試験と魔法使いの資格試験に合格した。

 学園生活も残り僅かとなり、周囲の生徒達は、就職活動で忙しくしている。


 そんなある日の夜。

 オリバーは、いつも通りエルグランドの部屋を訪ねた。

 エルグランドは王城で働くよう実家の両親から言われている。エルグランドはその事で、このところ塞ぎ込みがちになっていた。


 オリバーは、出迎えてくれた、どこか元気のないエルグランドに優しくキスをしてから、一緒に並んでベッドに腰掛けた。

 オリバーは、エルグランドのほっそりとした手をやんわりと握り、ここ最近考えていたことを話し始めた。



「ねぇ。エル」


「なに」


「エルは古代魔法とか、魔法の歴史が好きじゃない」


「え?あ、うん」



 オリバーの言葉に、エルグランドがキョトンとした顔をした。

 オリバーはゆるく笑って、話を続けた。



「2人で魔法の研究の旅に出ない?僕が君を連れ出すよ。一緒に旅をして、色んな遺跡とか回って、世紀の大発見とかしちゃおうよ」


「…………」



 エルグランドがポカンと間抜けに口を開け、暫く固まった後、泣きそうに顔を歪めた。



「そんなのできっこない。第一、王城で働くのがオリバーの夢だっただろ」


「うーん。そうだったんだけど、エルが生き生きしてる環境の方が、僕は幸せかな。それに2人で旅をするのも楽しそうだし」


「で、でも……おじいちゃん達はどうするんだよ。いいって言う訳ない」


「あ、おじいちゃん達の了承はもう取ってるよ。『お前達の好きに生きなさい』だって。あ、でも条件が一つだけあって」


「条件?」


「『絶対に2人で幸せに笑って過ごすこと』。エル。僕はエルと一緒なら、どこでだって笑って生きていけるよ」



 オリバーの言葉に、エルグランドの翠玉のような美しい瞳がみるみる潤み、ポロポロと涙を零し始めた。エルグランドの涙は、本当にキレイだ。



「……本当に、本当にいいのか」


「うん。エル。大好きだよ。一生僕の隣で笑っていてよ」


「……オリバー」



 エルグランドが勢いよくオリバーに抱きついてきた。オリバーはエルグランドの勢いに押されて、ベッドに背中から倒れた。

 エルグランドが涙声で、小さく囁いた。



「一生離れてやらないからな」


「離れないでよ。離れたら追いかけるからね」


「……うん。オリバー」


「ん?」


「愛してる。心から」


「僕もだよ。僕のエル」



 オリバーはエルグランドの身体をぎゅっも抱きしめた。


 魔法学園を卒業した2人は、古代魔法兼魔法の歴史の研究の為に、王都を出奔して、旅に出た。

 旅では何があるか分からない。まずは2人でオリバーの祖父母に会いに行って、笑顔の2人に見送られて、最初の目的地である遺跡を目指して旅を始めた。


 ゆっくりと汽車に揺られながら、エルグランドが楽しそうな笑みを浮かべて、最初の目的地である遺跡で見つかるかもしれない古代魔法の痕跡の話をしている。

 オリバーも一緒に話しながら、ゆるく笑みを浮かべた。


 きっとこれから大変なこともいっぱいある。でも、エルグランドと2人なら、きっと大丈夫だ。たとえ喧嘩をすることがあっても、必ず仲直りできるだろう。2人で永遠の別れがくるまで、寄り添って笑って生きていける。


 オリバーとエルグランドの旅の門出を祝うかのように、汽車の窓の外に広がる空は、晴れ晴れと澄み渡っていた。




(おしまい)


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友達なんかじゃない 丸井まー @mar2424moemoe

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