第11話 告白

 オリバーの誕生日がやってきた。朝からご馳走を作るオリガの手伝いをしている。エルグランドは昨夜からずっとドキドキ緊張して、殆ど眠れなかった。そんなエルグランドをオリバーが不思議そうに見ていたが、気づかなかったことにした。プレゼントのハンカチはなんとか完成した。正直納得がいく出来栄えではないが、時間が足りないので妥協した。来年の誕生日には、もっと完璧なものを渡すつもりだ。


 オリバーの誕生日の祝いは昼食から始まった。毎年、家族だけの誕生日パーティーは昼にするらしい。いつもよりも豪華な料理に、沢山のお菓子、それにシードルや蜂蜜酒が用意された。

 ヴァールがシードルが注がれたグラスを片手に穏やかに笑った。



「それでは、オリバーの誕生日に乾杯」


「「「乾杯」」」



 カチンカチンと全員と軽くグラスをぶつけ合って乾杯をして、パーティーが始まった。

 最初にプレゼントを渡すらしく、エルグランドはガチガチに緊張しながら、できるだけ丁寧に包装したハンカチをオリバーに手渡した。

 オリバーが、エルグランドが大好きな控えめな笑みを浮かべて、受け取ってくれた。



「エル。開けてみていい?」


「す、好きにしろ」


「うん。……わぁ。ハンカチだ。しかも猫!可愛いね。もしかして手作り?」


「……うん」


「ありがとう!エル。大事に使うよ」


「う、うん」



 オリバーの嬉しそうな笑顔が眩しい。エルグランドはなんとも照れ臭くなって、もじもじとシャツの裾を指で弄った。ヴァールからは淡い緑色のガラスペンを、オリガからは落ち着いた色合いの青いセーターを貰い、オリバーは嬉しそうにニコニコ笑っている。

 わいわい喋りながらご馳走を食べ、シードルを飲む。

 途中からヴァールがカードやチェスを出してきて、皆で遊ぶことになった。カードでの遊び方は、オリバーの家に来てから、ヴァールに教えてもらった。チェスも一応教えてもらったが、ヴァールに勝てたことはない。エルグランドはオリバーとタッグを組んで、ヴァールにチェスを挑んだ。やっぱりヴァールには勝てなかったが、なんだかすごく楽しかった。


 昼間から始まったパーティーは、そこそこ遅い時間まで続き、皆で後片付けをして、順番に風呂に入った。

 エルグランドは温かいお湯に浸かりながら、何度も頭の中で告白のシュミレーションを繰り返した。想像するだけで顔が熱くなるが、オリバーを誰にもとられたくない。夏祭りの時、オリバーのことが好きだという女がいた。オリバーはサクッとフッていたが、今後あのような女が現れないとも限らない。何より、エルグランド自身が、友達よりもっと先の関係になりたい。

 エルグランドは、ざばぁっとお湯から出て、気合を入れるように、パァンと自分の頬を両手で叩いた。


 風呂から出ると、エルグランドは台所に向かった。寝る前のホットミルクを作る。これぐらいの事は1人でも出来るようになった。今はオリバーが風呂に入っている。ヴァール達は先に風呂に入っていて、多分もう寝ているだろう。

 エルグランドは小鍋にミルクを注ぎ、火にかけた。ホットミルクが出来上がる頃に、オリバーが風呂から出てきた。台所に顔を出したオリバーが小さく笑った。



「ありがとう。エル」


「うん」



 エルグランドはホットミルクを注いだマグカップをオリバーに渡し、自分の分のマグカップを持って、2階のオリバーの部屋へ向かった。


 オリバーの部屋で寝る前のお喋りをする。髪を短く切ったから、前よりもオリバーの表情が分かりやすい。

 オリバーがベッドに腰掛け、エルグランドが大好きな控えめな笑みを浮かべた。



「今日はありがとう。すごく嬉しかったよ。エルがいてくれたから、パーティーもすごく盛り上がったし。ハンカチも使わせてもらうね」


「あ、あぁ。……オリバー。その……」


「ん?」


「俺は、俺は……オリバーが好きだ」


「僕もエルが好きだよ」


「そうじゃなくて……恋人になって欲しい方の好きだ……」



 エルグランドはホットミルクが入ったマグカップに視線を落とした。ついに言ってしまった。オリバーは夏祭りの時の女のように、エルグランドをフルのだろうか。

 背中にじんわりと嫌な汗が流れる。オリバーの反応が見たいが、怖くて見れない。


 オリバーが立ち上がって、コトッとマグカップを机の上に置く気配がした。

 俯いて椅子に座っているエルグランドの正面に、すとんとしゃがんで、オリバーがエルグランドの顔を見上げてきた。



「エルは僕と恋人になりたいの?」


「……うん」


「うーん……まぁいいか。僕もエルのことが大好きだし。だから、エル。そんなに泣きそうな顔しないで」



 オリバーの一言で、堪えていた涙が溢れてきた。オリバーがエルグランドが両手で持っているマグカップを取り上げ、机の上に置いた。

 椅子に座ったまま、オリバーに抱きしめられた。ドキッと心臓が跳ねる。



「僕がエルに釣り合うか微妙だけど、僕はエルが好きだよ。今年の夏は、僕の今までの人生で一番楽しかった。それはエルがいてくれたからだよ」


「……うん」


「エルが飽きるまで、一緒にいようか」


「絶対飽きない。死んでも飽きない」


「あははっ。……エル」


「なに」


「……僕なんかを好きになってくれて、ありがとう」


「『僕なんか』なんて言うな。オリバーはいい所がいっぱいある。オリバーは本当にすごく優しい」


「そうかな」


「そうだ。……オリバーが優しいのは美徳だが、できたら俺と家族限定にしてくれると嬉しい。オリバーに惚れる奴が現れたら困る」


「いないと思うけどなぁ」


「……夏祭りの時の女とか、それ以外にも他にいるかもしれないだろ」


「いやぁ、どうだろう。でも、エルが不安になるなら、他の人には、過度に優しくしないようにするよ」


「うん」


「エル。涙止まった?」


「……もうちょっと」



 今度は嬉しくて涙が溢れてきた。嬉しくても涙って出るんだなぁと、頭の隅っこで思いながら、エルグランドは抱きしめてくれているオリバーの細い身体に腕を回して、抱きしめ返した。

 嬉しくてすんすん泣いているエルグランドの頭を、オリバーが優しく撫でてくれる。



「エル。今夜は一緒に寝る?」


「えっ」


「嫌なら別に……」


「嫌じゃない!」


「あ、うん。あ、その、変なことする訳じゃないからね」


「あ、うん。……してもいいけど」


「やり方が分かんないし、恋人になったばかりだから、まぁ追々で。僕達のペースでいこうよ」


「うん」


「涙は……うん。止まったね。寝よっか。エル、最近ずっとまともに寝てなかったでしょ。目の下に隈ができてる」


「こっ、これは」


「僕へのプレゼント、一生懸命頑張って作ってくれて、本当にありがとう。すごく嬉しかった」


「……来年はもう少しマシなのを贈る」


「あはっ。楽しみにしとくね」


「うん」



 エルグランドはオリバーに手を引かれ、オリバーと一緒にベッドに潜り込んだ。心臓がバクバクと激しく動いて、顔が熱くて堪らない。

 ガチガチに緊張しているエルグランドに、眼鏡を外したオリバーが、エルグランドの鼻先に触れるだけの優しいキスをした。

 すぐ間近にあるオリバーの顔を直視できず、エルグランドはぎゅっと目をつぶった。

 エルグランドの唇に、柔らかいものが優しく触れ、すぐに離れていった。それがオリバーの唇だと気づいた瞬間、エルグランドは幸せ過ぎて、殆ど気絶するように眠りに落ちた。

 エルグランドとオリバーが友達より先の関係になった夜は、静かに過ぎていった。


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