第10話 誕生日プレゼント
エルグランドは皿を拭きながら、オリバーの祖母オリガの言葉に首を傾げた。
「誕生日プレゼント?誕生日にプレゼントを渡すんですか?」
「そうよ。貴方も貰ったことあるでしょう?」
「…………ない」
「まぁ!……そういう習慣のないお家なのかしらね。うちではね、毎年誕生日にはプレゼントを贈るのよ。生まれてきてくれてありがとうって」
「『生まれてきてくれてありがとう』……」
「オリバーの誕生日まで一週間あるから、一緒に何か作ってみる?」
「うん」
「そうと決まれば、ちゃちゃっと後片付けを終わらせちゃいましょうね。その後は、おばあちゃんとお出かけよ。必要なものを買いに行かなきゃ。あっ。オリバーには当日まで内緒よ?」
「そういうもの?」
「その方が楽しいもの!」
オリガの明るい笑顔につられて、エルグランドも小さく笑った。夏季休暇も後半に入り、オリバーの実家での暮らしにも慣れてきた。オリバーの誕生日が一週間後というのは、ついさっき知ったばかりである。
誕生日にプレゼントを贈る習慣があるなんて、初めて聞いた。エルグランドは、両親からも誰からもプレゼントなんて貰ったことがない。プレゼントというものがあることは知っていたが、唯それだけだ。
オリバーは朝から祖父のヴァールと一緒に、近所にある農家をやっている親戚の手伝いに駆り出されていた。エルグランドもついていく気満々だったが、オリガが『食事の準備とか手伝ってほしいわ』と言ったので、今日は家に残ることにした。
オリガは多分、オリバーの誕生日プレゼントの話を、オリバーがいない所でしたかったのだろう。エルグランドはいつもオリバーと一緒にいるので、エルグランドが1人になるのは基本的に風呂とトイレと寝る時だけだ。
エルグランドはオリガと急いで朝食の後片付けを終わらせると、2人で町中にあるという店に向かって歩き始めた。
オリガがニコニコ笑いながら、隣を歩くエルグランドを見上げた。
「オリバーへのプレゼント、ハンカチなんてどうかしら。小さな刺繍なら、きっとそんなに時間もかからないし」
「……できるかな」
「ものは試しよ!誕生日プレゼントに既製品を買うのもいいけど、思いのこもった手作りのものも嬉しいものよ」
「うん。じゃあ、ハンカチの作り方を教えてください」
「いいわよぉ!今日は夕方までオリバー達は帰ってこないし、短期集中特訓をしましょう!大丈夫。頑張り屋のエルなら、きっと出来るようになるわ」
「……うん」
オリガに褒められて、なんとも気恥ずかしいが、同時に嬉しい。オリガは些細な事でエルグランドを褒めてくれる。誰かに褒められることなんて、オリバーと友達になるまで殆ど無かった。エルグランドがどれだけ努力をしていても、出来て当然だと言われていた。
エルグランドはオリガと一緒に手芸屋に入り、ハンカチ用の布と刺繍用の糸を買った。
他の買い物もついでに済ませると、家に帰って早速ハンカチ作り教室の始まりである。白い布を程よい大きさに切って、端の方を縫っていく。オリガは教え方がすごく上手で、午後のお茶の時間には、少し不格好だけど、一応ハンカチが出来上がった。ハンカチ本体ができたら、次は刺繍である。刺繍で小さな赤い猫を描くつもりだ。オリガに一番簡単な猫のデザインを考えてもらって、できるだけゆっくり丁寧に刺繍をしていく。夕食の支度ギリギリの時間に、やっと刺繍が出来た。微妙に歪んでいるような気がするが、やり方とコツはオリガにしっかり教えてもらった。今日作ったものは、練習用である。ハンカチの作り方や刺繍の仕方は、しっかり頭に叩き込んだ。後は夜にこっそり完成版を目指して練習すればいい。布も糸も少し多めに買ってある。コツコツ地道にやることは得意な方だ。
エルグランドはプレゼント制作セットを自分の部屋に隠すと、オリガと一緒に急いで夕食を作り始めた。
オリバーはヘロヘロに疲れて帰ってきた。結構な重労働が多かったそうだ。夕食を食べ、風呂に入ると、オリバーの意識は殆ど夢の中に行っていた。エルグランドは半分寝ているオリバーの手を引いて、オリバーの部屋のベッドにオリバーを寝かせた。
ほんの少しだけオリバーの穏やかな寝顔を眺めてから、エルグランドは自室に行き、ハンカチ作りを始めた。
ハンカチなんて、使用人が用意するか、買うものだと思っていた。オリバーはエルグランドが作ったハンカチを喜んでくれるだろうか。ハンカチよりも、もっと高価な既製品の方がいいんじゃないだろうか。エルグランドの中で、ポツポツと不安が顔を出してくるが、エルグランドはオリガの言葉を信じることにした。オリバーはきっと喜んでくれる筈だ。そのためには、できるだけ完成度が高いものを作らなければ。
エルグランドは朝方近くまで、黙々と針を動かし続けた。
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今日もオリバーは不在である。昨日と同じで、親戚の家の手伝いに行っている。オリガに刺繍のやり方を教えてもらえる絶好の機会だが、オリバーがいなくて正直寂しい。エルグランドはオリバーがいない寂しさを忘れる為に、オリバーの為のプレゼント作りに没頭した。
真剣な顔でチクチクと針を使うエルグランドを眺めて、オリガがのほほんと笑った。
「エルはオリバーが好きなのねぇ」
「はぇっ!?あいたぁ!」
「あらあら。大丈夫?」
「だ、大丈夫。針でちょっと刺しただけだから」
エルグランドは針を刺してしまった親指を口に含んだ。じんわりと血の味がする。魔法使いの資格が取れていたら、こんな些細な怪我なんて魔法で一瞬で治せるのだが、残念ながら魔法使いの資格試験はまだ来年の話だ。エルグランドはオリガに薬を塗ってもらい、少し休憩ということでお茶を飲むことになった。
オリガが作ってくれた干した杏が入ったケーキを食べていると、オリガがなんだか嬉しそうに笑って、口を開いた。
「ねぇ。エル。オリバーは鈍ちんだから、分かりやすくグイグイいかないと落とせないわよ?」
「ぶっ!なっ、お、俺はそんなんじゃ……」
「あらぁ。隠さなくていいわよ。オリバーのこと、好きなんでしょ?」
「……う、うん……俺、気持ち悪い?男なのに男を好きになって……」
「人を好きになることのどこが気持ち悪いのよ。確かに同性愛は差別されがちだけど、人を愛することって、本当に素晴らしいことよ」
「…………そうかな」
「そうよ。……オリバーは寂しがり屋だけど、私達はいつまでもオリバーの側にいられないもの。エルがオリバーの側にいてくれたら、本当にすごく安心だわ」
「おばあちゃん……」
「エル。貴方は貴方の心のままに生きなさい。皆ね、幸せになるために生まれてきたのよ。誰かに押しつけられたものなんて、重荷にしかならないじゃない。貴方の人生は貴方だけのものよ。恋だってしなきゃね!」
オリガが悪戯っぽく笑って、パチンとウインクをした。エルグランドは小さく笑って、ケーキを一口食べた。干した杏の風味がとても美味しい。エルグランドはオリバーに恋をしてもいい。なんだか、オリガに背中を押された気分だ。
エルグランドの誕生日に、改めて告白してみるのはどうだろう。オリバーはエルグランドがオリバーの事を好きなのを既に知っているが、多分忘れている。そうじゃなかったら、あんなに触れ合いが多い訳がない。間違いなくエルグランドは意識されていない。色恋とは無縁だったエルグランドでも分かる程、全く意識されていない。
多少ぎこちなくなってもいいから、オリバーに告白してみよう。
エルグランドはそう決めると、オリガに頼んで、刺繍の特訓を再開した。
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