第9話 夏祭り

 翌日。午前中は学園の課題や自主勉強をして、昼食を食べてから、エルグランドはオリバーと共に町に出かけた。パディンの町は牧歌的で、いつもは静かだが、今は夏祭りが数日後に控えているからか、なんだかざわついている。

 オリバーの案内で、先にオリバーの馴染みだという床屋へ向かった。床屋の老爺は、エルグランドを見て驚いた顔をした。



「おやまぁ。随分とキレイな子だね。オリバーの友達だろう?町の噂になってるよ。はじめまして。床屋をやってるダナンだよ。オリバーと仲良くしてやっておくれよ」


「エルグランド・ルーカスです」


「ダナンじいちゃん。いつも通りでよろしく」


「あいよ」


「あ、えっと。ダナンさん」


「ん?なんだい?エルグランド君」


「エルで構いません。オリバーの髪なんですけど、全体的に短くするとして、ここのサイドと後頭部の下半分だけ刈るってできますか?上の方は自然な感じで」


「ほほっ。面白いね。都会の流行かい?どれ。試してみるかの。まぁ、失敗したら丸刈りにすればいいだけだしの」


「えぇ……丸刈りは流石にちょっと……」


「エル君。君はオリバーの次でいいかね。この通り、1人で細々とやってる床屋でね」


「えぇ。勿論」


「ついでに隣で見ておいでよ。初めて挑戦する髪型だからね。君の意見が聞きたい」


「はい。そうさせてもらいます」


「よろしくね」



 気の良さそうなダナンが微笑み、いそいそと道具を準備し始めた。鳥の巣のようなぼさぼさのオリバーの黒髪を先にざっと短く切ってから、上の辺りだけを残すように、バリカンで刈っていく。エルグランドは時折ダナンから意見を求められながら、オリバーが変身していくところを眺め、髪を切り終わった後は、ダナンの腕前に拍手をした。



「すごい。イメージ通りだ」


「これは流行るかもせんの。確かに中々格好いい髪型だ。直毛でも癖毛でも似合いそうだ。いやぁ、いいものを教えてもらえたなぁ。オリバー、よく似合っとるよ。男ぶりが上がったね」


「……ごめん。あの、眼鏡がないと、いまいちよく見えなくて」


「あ、忘れとった。ほれ」


「うわぁ」



 黒縁の眼鏡をかけたオリバーが驚いたような顔で鏡を見た。サイドはスッキリと刈り上げ、上の方は短めに、癖毛が自然とお洒落に見えるような感じに仕上がっている。鳥の巣頭からすると、随分と印象が変わった。思っていた通り、オリバーによく似合う。エルグランドは満足して、床屋で売っている整髪剤を使って、ダナンと一緒に一番いい感じになる髪のセットの仕方を試行錯誤して、オリバーの髪質と一番相性がいい整髪剤を買った。

 ダナンに頼まれたのもあって、エルグランドも同じ髪型にしてもらった。エルグランドは直毛だから、ダナンと話し合いながら、上の方の毛の形を決めていき、ついでに整髪剤を使って、髪のセットの複数のパターンを実際にやって試してみた。

 オリバーが、髪を切り終えたエルグランドを見て、『かっこいいね』と、エルグランドが大好きな控えめな笑顔を見せてくれたので、エルグランドとしては大満足である。若干の差異はあるが、オリバーとお揃いの髪型というのも気分がいい。

 ダナンがいいものを教えてくれたからと、少し散髪代をおまけしてくれた上に、お茶でも飲んできなとお小遣いをくれたので、服屋の前に喫茶店に行くことになった。


 隣を歩くオリバーは相変わらずの猫背だが、髪がスッキリしたから、地味に整っている横顔がよく見えて、格段に格好よくなった。誰にも見せたくない気もするが、同時に誰かに見せびらかして自慢したい気もする。エルグランドはだらしなく頬をゆるめて、短くなった髪に落ち着かなそうなオリバーと一緒に、ダナンお勧めの喫茶店に入った。


 服屋では、夏祭り用だという衣装が沢山並んでいた。夏祭りの時だけに着るこの町の伝統衣装らしい。繊細な刺繍がされた首周りが広めの半袖の裾が長めの白いシャツに、裾周りに刺繍がされている白い7分丈のズボン、それを着た上で、腰に好きな色布を巻くらしい。刺繍も系統は同じだが、色や模様が微妙に違う。成人を祝う祭りでもあるので、今年成人した者だけは、特定の模様のものを着るらしい。オリバーが控えめな緑色の刺繍のものを選んだので、エルグランドは黒い刺繍のものを選んだ。腰に巻く色布は何色でもいいらしい。オリバーが地味なカーキ色を選ぼうとしたので、エルグランドはそれを止め、鮮やかな赤い色布を勧めた。ちょっとした独占欲のようなものである。エルグランドの髪色に近い色をオリバーが身に纏ってくれるなんて、すごく浪漫ではないか。オリバーは『僕には派手じゃない?』と不安そうにしていたが、それでも『絶対に似合う』と押し切った。エルグランドも、黒以外にもオリバーとお揃いの色が欲しかったのだが、オリバーの瞳のようなヘーゼルナッツみたいな色合いの茶色い色布は無かった。むぅっと唇を尖らせていると、オリバーがおずおずと、鮮やかな色合いの赤い色布を手渡してきた。



「腰布は髪色と合わせたりもするんだ。気にいる色が無いなら、これはどうかな。エルの髪色によく似てるし。あ、でも。僕とお揃いになっちゃうか。ごめん。別のを……」


「それにする」


「え?そう?」


「それにする」



 オリバーとお揃いという言葉を聞いた瞬間、エルグランドは鮮やかな赤い色布を買うと決めた。一応、試着をしてみたが、オリバーが本当に普段よりも格段に素敵で、エルグランドのテンションの上がり方は天井知らずな感じだった。いつもの地味な格好でも全然いいが、伝統的な白い衣装も、いつもとは雰囲気が違ってすごく素敵である。鮮やかな赤い腰布もよく似合っている。エルグランドも一応試着をしてみたら、オリバーに『似合ってるよ』と褒められた。エルグランドは上機嫌で、衣装に合わせた専用の靴も買い、オリバーの祖父母への土産のお菓子を買ってから、軽い足取りでオリバーの実家へと帰った。






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 オリバーは夏祭りの服を着て、エルグランドに髪のセットをしてもらってから、祖父母も一緒に家を出た。夏祭りは町の中央広場を中心にして行われる。様々な露天や屋台が並び、小さな楽団や劇団も招いて、とても賑やかで楽しい、一年に一度の町のお祭りである。

 祖父母は仲良しの老夫婦と遭遇すると、すぐに彼らと一緒にシードルを飲みに行った。きっと同年代の人達と一緒に、楽団の演奏を聴きながら、お喋りを楽しむのだろう。


 オリバーは珍しそうにキョロキョロと周りを見回しているエルグランドと並んで歩き、まずは露天や屋台の案内等が載ったチラシを貰いに行った。予想はしていたが、エルグランドがすごく目立っている。エルグランド本人は全く気にしていない様だが、特に女の子達の視線がものすごくエルグランドに集中している。サッパリとしたお洒落な髪型をした人形の様に美しいエルグランドだから仕方がない。今にも突撃をかましてきそうな勢いの町の女の子達から、エルグランドをどう庇うか考えていると、エルグランドがオリバーにくっついて、オリバーが持っているチラシを覗きこんだ。一緒のシャンプーや石鹸を使っているのに、エルグランドは何故かなんだかちょっといい匂いがする。不思議である。



「オリバー。林檎焼きが食べたい。あと肉」


「いいね。美味しいよ。お肉なら……ここの串焼きが僕は一番好きかな。タレがすごく美味しいんだ」


「先に肉に行こう」


「うん。ちょっと食べてから、露天を見に行く?ブラッシング用のブラシが欲しいんだ」


「うん。あ、昼過ぎから劇があるんだな」


「みたいだね。今年の演目は『騎士様と魔法の宝物』だって。絵本が原作のやつじゃないかな」


「ふーん。知らない」


「あ、そうなんだ。観てみようよ。僕、子供の頃、大好きだったんだ。この絵本。まだ家にあるよ」


「帰ったら読む」


「うん。劇で観るのは僕も初めてだなぁ。劇が始まる前にシードルを貰いに行く?」


「うん」



 とりあえず簡単な行動計画ができたので、2人で串焼きの屋台を目指して歩き始めた。エルグランドに聞かれるままに、町の話をしていく。町中に2人で来るのは初めてではないが、普段は静かな町だから、今日の賑わいが物珍しいみたいだ。祭りというもの自体、エルグランドは初めて来たらしい。尚更、エルグランドに楽しんでもらいたい。オリバーは串焼き屋で買った牛肉の串焼きに早速齧りついているエルグランドを眺めながら、小さく笑った。


 時折、勇気ある町の女の子がエルグランドに声をかけてくるが、エルグランドは無表情でバッサリと断っている。女の子達が気の毒になるが、エルグランドは町の女の子達と仲良くなる気がないようだから仕方がない。そもそも、賑やかな場所よりも、森のような静かな場所の方が好きみたいだし。今日はお祭りだから特別なのである。

 中央広場の隅っこにあるベンチに座り、シナモンがいい感じの林檎焼きを食べていると、目の前に華やかな女の子用の夏祭りの衣装を着た女の子がやって来た。またエルグランド目当てかな、と思って、その子を見上げたら、オリバーが正直苦手な幼馴染のアリーシャだった。

 アリーシャがオリバーをジロジロと見てから、いつもの馬鹿にしたような顔で口を開いた。



「何?その頭。お洒落のつもり?オリバー」


「えっと……久しぶり。アリーシャ」


「えぇ。久しぶり。帰ってきたのに顔も見せないなんて、なんて薄情な幼馴染なんでしょうね。どうせ貴方の事だから、花飾りを着ける相手なんていないんでしょう?仕方がないから私が着けてあげるわ。感謝しなさいよ」


「いや……その……」


「私、都会に行きたいのよ。貴方と結婚してあげるわ。貴方はそのまま王都で働くんでしょう?貴方なんか誰にも相手にされないんだから、私がもらってあげるわ」


「……アリーシャ。その、ごめん。それはいいや」



 オリバーがおずおずと断ると、アリーシャが怒ったように眉を釣り上げた。同時に、すぐ隣に座るエルグランドから静かな怒気を感じる。



「どんくさオリバーの癖に断るつもり?」


「うん。ごめんね」


「……しんっじられない!!アンタなんか一生1人でいればいいんだわ!!」



 アリーシャが怒って真っ赤になり、手に持っていた淡いピンク色の花飾りを2つまとめてオリバーに投げつけ、そのまま背を向けて、ずんずんと歩いて去って行った。

 アリーシャが去るなり、隣のエルグランドが低い声でオリバーの名前を呼んだ。



「オリバー」


「あ、はい」


「なんだあの無礼な女は」


「えっと……幼馴染のアリーシャ」


「幼馴染とやらでも言っていいことと悪いことがあるだろう」


「あー、うん。あの、実は僕、彼女が昔から苦手で……」


「だろうな。あんな女の言うことは無視しろ。忘れてしまえ。記憶に残す価値もない」


「あ、うん」



 よほど腹が立っているのか、前はいつも見ていた完璧な無表情で林檎焼きを食べているエルグランドの機嫌をどう回復させようかとオリバーが考えていると、つつっと別の幼馴染のリキッドが近寄ってきた。



「よっ。オリバー。久しぶり」


「久しぶり。リキッド」


「隣の美人さんが噂の友達?確かにすげぇ美形だな。俺はリキッド。オリバーの幼馴染。よろしく」


「……エルグランド・ルーカスだ」


「さっきすげぇ顔したアリーシャとすれ違ってさ。もしかしなくてもオリバー、あいつフッただろ」


「フッたっていうか、断った?」


「あー。まぁ、あいつの事だからいつもの調子だったんだろ。素直じゃねぇからなぁ。あいつね、ずっとお前のことが好きだったんだよ。王都の学園に行った時なんか凹んで大変だったんだぜ?俺が」


「え?そうなの?」


「そうなの。まぁ、俺はお前があいつのこと苦手なのも知ってるし。あいつがいつになっても素直にならなかったのが悪い。ってことで、あいつのことは気にすんなよ。エルグランドだっけ。オリバーと仲良くしてやってよ。こいつ、割と引っ込み思案だからさ。オリバーもエルグランドも祭りを楽しんでな。俺はちょっと荒れ狂ってるアリーシャを宥めてくるわ」


「えっと、ごめんね?リキッド」


「いいってことよ。じゃあな」



 リキッドが爽やかに笑って、アリーシャが歩いていった方へと小走りで向かって行った。リキッドもオリバーの幼馴染で、1つ年上だからか、いつも頼れるお兄ちゃん的な存在である。きっとアリーシャを上手く宥めてくれるだろう。アリーシャがオリバーのことを好きだったとは、まるで知らなかった。知っていても断っていた気がする。アリーシャとは、性格が合うとは思えないからだ。小さな頃から、こんな感じでいつも高飛車に突っかかれていた。好きならば、もうちょっとあの態度をどうにかして欲しかった気がする。

 オリバーがちょっと苦い気持ちで林檎焼きに齧りついていると、ちょんちょんと隣から二の腕を軽く突かれた。エルグランドの方へ顔を向ければ、エルグランドが別の屋台で買った苺飴をオリバーの口元に持ってきた。



「これでも食べて、あれのことは完全に忘れろ」


「うん。ありがと。エル」


「別に。食べ終わったら露天を見に行こう」


「うん。エル用のブラシを探さないと」



 オリバーが小さく笑って、エルグランドの手から苺飴を食べると、エルグランドがキョトンとした後、エルグランドの顔がぶわっと赤くなった。

 色々買ったものを全てキレイに食べ終えると、ゴミを所定のゴミ箱に捨て、2人で露天を覗きに行った。露天には普段町では見かけないような様々な物が並んでおり、眺めているだけでも楽しい。

 エルグランドはシンプルなデザインの腕輪を買い、無言でオリバーの手首に着けた。オリバーは少し慌てたが、エルグランドがとても満足そうに笑うので、ありがたく貰うことにした。

 猫のエルグランド用のブラシも見つかった。とても柔らかい毛質でできたブラシで、持ち手も猫のデザインの可愛らしいものだった。エルグランドも気に入ったようなので、少し高かったけど、迷わずそれを買った。


 昼食がてら、また少し屋台のものを買って食べてから、振る舞いのシードルを貰い、2人で並んで座って観劇を楽しんだ。やはり、オリバーが好きだった絵本を演劇化したもので、オリバーはすごく楽しかった。エルグランドも楽しかったようで、帰ったら絶対に絵本を読むと、楽しそうに笑っていた。


 オリバーはエルグランドと一緒に、シードルを飲んだり、買い食いしたりしながら、夏祭りを楽しんだ。最後は夏祭りのある意味メインである、沢山の灯籠に照らされながら踊る若い男女達を眺めて、暗くなった道を2人でのんびり歩いて帰った。祖父母は、夏祭りの時はいつも親友夫婦の家に泊まる。皆、シードルが大好きだから、きっと遅い時間まで飲んで騒ぐのだろう。

 エルグランドと2人で暗い家の中に入り、順番に風呂に入ってから、オリバーは台所から、あるものを持ってきた。前にこっそり買っておいた蜂蜜酒である。酒にあんまり慣れていないオリバー達でも、きっと美味しく飲める筈だ。

 オリバーの部屋で、今夜は2人だけの酒盛りである。エルグランドに提案すると、シードルの酒精で既に顔が赤く染まっているエルグランドが、とても嬉しそうに笑った。オリバーも笑って、2人でグラスを軽くぶつけて乾杯し、2人だけの酒盛りを楽しんだ。


 蜂蜜酒を1瓶飲み終える頃には、エルグランドがうつらうつらし始めた。オリバーも眠くなってきたので、エルグランドに声をかけて、一緒にオリバーのベッドに潜り込んだ。眠すぎて、細かいことが気にならない。変身魔法を使った時だけだが、いつも一緒に昼寝をしているし、別にエルグランドと一緒に寝ても構わないだろう。

 オリバーは、すぐに聞こえてきたエルグランドの穏やかな寝息を耳にしながら、エルグランドの体温を感じつつ、眠りに落ちた。


 翌朝。何故か起き抜けから真っ赤な顔をして涙目で狼狽しまくっているエルグランドを宥めるのに一苦労したのは、ちょっとした笑い話である。


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