第8話 木苺狩り

 エルグランドが、オリバーの故郷であるパディンの町に滞在して、もう少しで2週間だ。毎朝、飼っている鶏から卵を分けてもらうのにも慣れたようである。

 オリバーは、いつものようにエルグランドに起こしてもらった後、適当に身支度をしてから、卵を取りに行き、朝食を作る祖母オリガの手伝いをしていた。

 じゃがいものパンケーキの作り方をエルグランドに教えながら、オリガがオリバーに声をかけてきた。



「ねぇ。オリバー」


「なに?サラダはもう出来上がるよ」


「あら。ありがとう。じゃあ、次はチーズを切ってね」


「うん」


「あらやだ。そうじゃなくて、もうすぐ夏祭りでしょう?夏祭りに用意する木苺のタルト用の木苺が少し足りない気がするのよ」


「木苺の収穫はもう終わってるんじゃないの?」


「殆どの所はね。でも、多分森の奥の方のものは、まだ残ってるんじゃないかと思って。悪いんだけど、エルと2人で見に行ってきてくれないかしら。残っていたら、あるだけ摘んできてちょうだい」


「いいよ」


「今からサンドイッチを大急ぎで作るわ。森の奥までなら、お昼には帰ってこれないでしょう」


「うん。よろしく。エル。いいかな?」


「あぁ。おばあちゃん。上手くひっくり返せない」


「あらあら。ここの端っこにね、少しフライパン返しを入れて、そこからすすっとパンケーキ全体の下に入れるの。そうそう。上手よ。エル。そのまま持ち上げて、ぽんっ!ほら。すごく上手に出来たわ」 



 無事にパンケーキをひっくり返せたエルグランドが、オリガに褒められて、照れ臭そうに笑った。オリバーの実家に来て、エルグランドの表情が増えた気がする。よく笑うようになった。いい事だと思う。エルグランドは確かに人形みたいに美しいけれど、笑っている方がなんだか可愛い。

 オリバーはチラッとオリガとパンケーキを一緒に作るエルグランドを見て、小さく口角を上げた。


 朝食を終えたら、早速森へ出発である。木苺の木があるのは森の結構奥の方だ。いつもは散策程度なのでゆっくりと歩くが、今日は少し足早に進む。

 昼前には、森の奥に到着した。木苺の木がいくつもあり、幸いにも、まだ沢山実が残っていた。オリバーはエルグランドに木苺の収穫の仕方を教え、早速収穫に取り掛かった。

 少し黒みの強い赤い木苺はよく熟していて、とても美味しそうだ。オリバーは真剣な顔で木苺を摘んでいるエルグランドに声をかけた。



「エル。一つ食べてごらんよ。甘くて美味しいよ」


「これは夏祭り用なんだろう」


「味見だよ。味見」



 エルグランドが呆れた顔でオリバーを見たが、オリバーが一つ熟した木苺を口に放り込むと、エルグランドもおずおずと木苺を口に入れた。ふわっとエルグランドが微笑んで、小さく『美味しい』と呟いた。



「来年はもう少し早めに収穫に来ようか。夏季休暇の最初の頃が、一番の収穫時期なんだ」


「……来年も此処に来ていいのか」


「勿論。エルがよければ」


「……うん」



 エルグランドが目元を淡く赤く染めて、本当に嬉しそうに笑った。

 収穫できる木苺はまだ残っているが、もう昼時だ。2人は近くの木陰で、オリガ作のサンドイッチを食べることにした。ハムとチーズ、じゃがいものサラダ、卵のサンドイッチの3種類である。オリガが作るじゃがいものサラダをエルグランドがとても気に入っているので、多分オリガがいそいそと急いで作ったのだろう。

 エルグランドは好きなものは先に食べる派で、真っ先にじゃがいものサラダのサンドイッチに手を伸ばした。ちなみに、オリバーは好きなものは最後に食べたい派だから、一番好きな卵のサンドイッチは最後にして、先にハムとチーズのサンドイッチを手に取った。

 水筒に入れてきた紅茶を飲みながら、まったりと美味しいサンドイッチを楽しむ。デザートに、昨日オリガが焼いていた干した杏入りのパウンドケーキもあった。嬉しそうに美味しそうに食べるエルグランドを横目に見ながら、オリバーは小さく笑った。


 昼食後、少しだけ変身魔法を使って、其々蜥蜴や猫の姿になり、昼寝をすることにした。もふもふのエルグランドの腹毛に包まれて、蜥蜴のオリバーはすぐに寝落ちた。

 ふっと目が覚めると、オリバーは丸くなって寝ているエルグランドから離れ、人間の姿に戻った。腕時計を確認したら、まだ少しだけ時間に余裕がある。

 オリバーはそっと静かにぐっすり寝ている猫のエルグランドを抱き上げて、木の下に腰掛けた。膝の上にエルグランドを乗せて、できるだけ優しくゆっくりとキレイな毛並みを撫でて楽しむ。ブラッシング用のブラシがあればいいのに。エルグランドは美人猫だが、ブラッシングしたら、もっとキレイになる筈だ。夏祭りの時には、様々な屋台や露天が町の中央広場に並ぶ。もしかしたら猫用のブラッシング用のブラシも売ってるかもしれない。絶対に探すと心に決めてから、腕時計で時間を確認して、渋々オリバーはエルグランドを起こすことにした。



「エル。エル。起きて」



 背中を撫でながら声をかけるが、エルグランドはゴロゴロと喉を鳴らすだけで起きる気配がない。オリバーはエルグランドの耳をふにふに弄りながら、再びエルグランドに声をかけた。



「エル。そろそろ続きをしよう」


「……んにゃ」



 漸く目が覚めたのか、エルグランドが大きな目でゆっくりと瞬きをして、オリバーを見上げた。瞬間、ぼんっとエルグランドの尻尾が膨らんだ。どうやら驚かせちゃったみたいだ。



「ごめんね。エル。抱っこしちゃって。可愛かったからつい。嫌だった?」



 エルグランドが高速で首を左右に振った。ほっとするオリバーの膝からするりと下りて、エルグランドがその場で人間の姿になった。エルグランドの頬が赤い。エルグランドがなんだか拗ねたように唇を尖らせた。



「……寝ている俺を撫でたのか」


「え?うん」


「……次は起きている時にしろ」


「え!いいの?ブラッシングもしていい?」


「……好きにしろ」


「ありがとう。エル。夏祭りの露天で一緒にブラシを探そうよ」


「……うん」



 嬉しいのか、エルグランドが指をもじもじさせながら、頬を更に赤らめて、小さく笑った。エルグランドはやはり笑った方が可愛い。

 オリバーは立ち上がり、エルグランドと一緒に木苺の収穫を再開した。


 家に帰り着く頃には、すっかり日が落ちかかる時間になっていた。玄関で出迎えてくれたオリガに収穫した木苺を見せると、オリガは大喜びして、2人の身体を抱きしめた。

 賑やかな夕食の後、風呂に入ったら、ホットミルクを片手にオリバーの部屋に行って、寝る前のお喋りをするのが習慣になっている。



「エル。木苺狩りは楽しかった?」


「あぁ。新鮮だった。……美味しかったし」


「結局、2人とも何個も食べちゃったもんね」


「あぁ」


「来年も一緒にやろうよ」


「うん」


「明日は買い物に行こうよ。夏祭りの服を買いに行かなきゃ。去年のは入らないだろうし。それに16歳の夏祭りは特別なんだ」


「特別?何が」


「ほら。僕達16歳になって成人したばかりだろう?結婚もできるようになったばかりの歳だからね。16歳の夏祭りは、恋人探しの場でもあるんだ」


「……ふーん」


「といっても、夏祭り前には、パートナーは決まってるものだけどね。お揃いのね、花飾りを胸に着けてたら、その2人は恋人か恋人になりたい祭りのパートナーってことなんだ」


「……いるのか。その、花飾りを一緒に着ける相手」


「僕?ははっ。いるわけ無いじゃない」


「そ、そうか」


「エルは夏祭りですっごく女の子に囲まれそうだね」


「女に興味はない」


「ははっ。じゃあ、僕と一緒に食べ歩きでもしようか。シードルが振る舞われるんだ。一緒に飲もうよ」


「うん。……髪」


「ん?」


「おじいちゃんに、そろそろ髪を切れと言われていただろ。明日、ついでに床屋に行こう。俺も少し切りたい」


「うーん。正直面倒くさいんだけど……まぁしょうがないか」


「この際だ。バッサリいったらどうだ」


「えー。僕、癖っ毛だしなぁ。どうせ短くしても変わらないよ」


「……ちょっと試してみたいことがある」


「試してみたいこと?」


「明日まで秘密だ」



 エルグランドがクスクスと楽しそうに笑った。エルグランドが楽しいのならいいかと、オリバーもヘラっと笑って、すっかり温くなっているミルクを飲み干した。



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