第4話 一緒にご飯
人通りが多い食堂の前の廊下の隅っこで、オリバーはひっそりとエルグランドを待っていた。教師達には今朝早くにエルグランドから事情説明がなされていたらしく、どの授業でも罰課題を与えられることはなかった。エルグランドの元取り巻き連中は誰一人として教室に姿を見せなかったので、本当に謹慎処分になっているようだ。エルグランドの元取り巻き連中も皆成績がいい者ばかりだ。難易度が高い変身魔法を授業よりも先取りして習得する為に、仲がいい先輩から習って、オリバーで実験したそうだ。変身魔法の授業の教師が呆れた顔で溜め息を吐いて、そう言っていた。
オリバーがいつものように俯いていると、視界にきちんと磨かれている革靴が入ってきた。顔を上げると、エルグランドがすぐ目の前に立っていた。
「待たせたか」
「ううん」
「早くサンドイッチを買いに行こう」
「うん」
オリバーは姿勢がいいエルグランドと並んで食堂に入り、テイクアウト専門のカウンターに行って、サンドイッチと珈琲を買った。サンドイッチが入った容器と珈琲が入った木のカップは毎回カウンターに返却しなくてはいけないのだが、魔法学園には素敵な広い庭があるので、天気がいい日は特に外で昼食を食べる生徒が多い。
オリバーは真っ直ぐにいつもの裏庭へと向かった。
裏庭は学舎の裏にあり、すぐ近くに鬱蒼とした森があって人気が全然ない。オリバーはいつもの定位置である大きな木の下に座った。エルグランドもオリバーの隣に腰を下ろした。
食堂のサンドイッチは日替わりで、今日はサーモンとアボカドのサンドイッチと卵のサンドイッチ、ハムとチーズとレタスのサンドイッチだった。オリバーはまずサーモンとアボカドのサンドイッチから食べ始めた。レモンと黒胡椒がきいていて美味しい。もぐもぐと咀嚼していると、隣のエルグランドがサンドイッチの入った容器を睨みつけていることに気づいた。
「エル?」
「……なに」
「どうかしたの?」
「……別に」
「苦手なものでも入ってた?」
「……魚、得意じゃない」
「僕が食べようか?交換しよう。卵とハムのやつ、どっちがいい?」
「……いいのか?」
「うん。僕、魚好きだから」
「……じゃあ、ハムの方」
「うん。はい」
「……ありがとう」
オリバーはエルグランドに自分のサンドイッチの容器を差し出した。エルグランドがハムとチーズとレタスのサンドイッチを手に取り、自分の容器に入ったサーモンとアボカドのサンドイッチをオリバーの容器に入れた。
エルグランドがサンドイッチを食べ始めたのを見て、オリバーも食べかけのサンドイッチに齧りついた。黙々とサンドイッチを食べる。
特に会話もなくサンドイッチを食べ終え、温くなっている珈琲を飲んでいると、エルグランドが口を開いた。
「何が好きなんだ」
「食べ物?」
「うん」
「んー……なんだろう。嫌いなものは特にないからなぁ。なんでも美味しいと思うよ。……あ、おばあちゃんのミートパイは特に好きかも。誕生日の日にいつも作ってもらうんだ。胡桃が入ってて美味しいんだ」
「ふーん」
「エルは?何が好き?」
「……干した果物。杏とか葡萄とか林檎。あと肉」
「魚が苦手なら食堂で出た時はどうしてるの?」
「食べる」
「食べれるんだ」
「無理矢理食べる」
「しんどくないの?」
「食事を残すのは行儀が悪い」
「そう?まぁ、確かに作ってくれた人に申し訳ない気はするけど」
「……誕生日、いつだ」
「夏だよ。来月の半ば。エルは?」
「冬。……夏季休暇は」
「ん?家に帰るよ」
「そうか」
「エルは?」
「寮に残る」
「家に帰らないの?」
「帰らない。家に帰っても息が詰まるだけだ。寮に一人でいた方がマシだ」
「そっか……エルの家って王都?」
「あぁ。お前は?」
「パディンっていう小さな町だよ。王都から汽車で半日以上かかる田舎。僕の家は町外れにあるから、家の周りには麦畑しかないよ」
「ふーん。畑なんて見たことがない」
「あ、そうなんだ。見に来る?」
「は?」
「夏季休暇、うちに来る?友達だし、一緒に遊んだりしてみたい」
「は?」
「あ、嫌なら別に……」
「嫌じゃないっ!!」
エルグランドが大きな声を出した。オリバーは目をパチパチさせながら、エルグランドを見た。エルグランドは何故か目元を赤く染めていた。眉間に深い皺が寄っている。特に深く考えずに話していたオリバーは、こてんと首を傾げた。魔法学園の夏季休暇を友達と一緒に過ごすのって素敵だなぁ、とぼんやり思ってそのまま口に出したのだが、マズかったのだろうか。エルグランドはなんだか顔を顰めている。
「あの、嫌なら、本当に……」
「嫌じゃない」
「……もしかして、嬉しい?」
「……わ、悪いか」
「あ、いや、全然」
「……友達の家に誘われるのは初めてだ」
「そっかー」
「お前はあるのか」
「え、うん。地元には一応友達いたし」
「……そうか」
エルグランドがムスッとした顔をした。拗ねた子供のように、小さく唇を尖らせている。オリバーはなんだか少し可笑しくなって、小さく笑った。エルグランドがちょっとだけ可愛い。オリバーは手を伸ばして、エルグランドの鮮やかな赤毛の頭をわしゃっと撫でた。エルグランドが驚いたように大きく目を見開いて、次の瞬間、ぶわっと顔が赤くなった。オリバーは慌ててエルグランドの頭を撫でた手を引っ込めた。
「あ、ごめん。嫌だった?」
「べっ!別にっ!」
「そう?嫌なら嫌ってちゃんと言ってね。僕、小さい頃から友達少なかったし、あんまり慣れてないんだ。その、距離感?とか」
「……俺は友達なんていたことないから分からない」
「じゃあ、僕が1人目?」
「うん。……誰かと遊ぶなんてしたことがない。俺と遊んでもつまらないかもしれない」
「そんなことはないよ。多分」
「……本当にいいのか?」
「ん?夏季休暇?いいよ。おじいちゃん達には手紙で書いとくよ。きっと駄目とは言わないよ」
「……じゃあ、行きたい」
「うん。おいでよ。一緒に遊ぼう。あ、勉強もしなきゃだけどね」
「うん。……その……」
「ん?」
「お、お前がよければ……」
「うん?」
「……寮で、一緒に勉強しないか」
「え、いいの?」
「……お前が嫌じゃなければ」
「全然嫌じゃないけど。僕、エルの勉強の邪魔にならない?」
「ならない」
「本当に?」
「ならない。全くならない」
「それなら今夜から一緒に勉強しようか」
「……うん」
エルグランドが嬉しそうにふわっと微笑んだ。オリバーもつられて、ヘラっと笑った。
予鈴の鐘が鳴るまで、オリバーはエルグランドとポツポツと話をした。オリバーの祖父母の話や好きな授業、苦手な授業の話、使いやすい文具の話など、時折小さく笑いながら、2人で昼休みいっぱい過ごした。
予鈴の鐘が聞こえると、2人揃って慌てて食堂に行ってサンドイッチの容器などを返却し、小走りで教室へと向かった。午後の授業中、オリバーは教師の話に耳を傾けながら、チラッと前の方の席に座るエルグランドを見た。すっと背筋が真っ直ぐに伸びていて、後ろから見ていて、とてもキレイだ。
オリバーは成績は中の上くらいだ。一緒に勉強するのなら、主席のエルグランドの勉強の邪魔にならないよう、もっと頑張る必要がある。オリバーはエルグランドがくれたノートを時折見ながら、教師の話を真剣に聞いて、ノートをとった。
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