第2話 ダンジョン

 この世界にはダンジョンと呼ばれる場所がある。

 多くは魔物たちの手によって作られている。

 生存本能に従って穴を掘って安全な場所を確保したり、あるいはそれを乗っ取ったり。時代を重ねて穴倉は魔物の手によって巨大化していく。

 そうして複数の種族が住まい、なにかしらの生態系を築くまでに至った場所をダンジョンと呼ぶ。

 それらは大なり小なり人間の手から奪った宝物を隠している場合が多い。また魔物の死体から取れる素材も高く売れる。

 俺はそんなダンジョンに来ていた。


「フェ、フェゼ様って戦闘経験があるんですか?」


 そう聞いてくるのは茶髪に細身の男性だ。

 彼の回りには数名の人間がいる。

 彼らはギルド『ユグドラシルの誓い』のメンバーであり、俺が依頼してダンジョンを案内してもらっている人達だ。

 茶髪の男性の名前はケウラだ。


「ええ、ありますよ」

「ですよね……」


 ケウラ達がため息をつきながら肩を落とす。

 ギルドとは大陸中にある『なんでも屋』だ。

 彼らの方針は各ギルドによって異なるが、大抵はふたつに分かれる。ひとつは依頼を受けるタイプであり、こちらが『なんでも屋』と呼ばれる。

 もうひとつがダンジョンや森などの未踏の地に乗り込むタイプだ。

『ユグドラシルの誓い』に関して言えば中立的な立場だ。なんでも美味しい依頼は受けるが、一応ダンジョンにも潜るタイプである。

 肩を落とした理由は明確で、


「くそっ、貴族の道楽だと思って依頼を受けたのに……」

「そうだいそうだい。ちょろっとダンジョン見学させてやればいいと思ったんだ」

「まさかここまで深層に潜ることになるとはなぁ」

「いいじゃないか、戦闘はこの人がやってくれてるんだから」

「おいっ、聞こえるぞっ」


 聞こえているんだけど……。

 彼らは実際そこまで戦闘に長けているわけではない。

 多くのギルドの中でも比較的に『戦闘はまあできるかな』くらいのところである。

 だからこういったダンジョンにはあまり深くまで潜りたくないのだ。ゆえに肩を落としたのだろう。


(俺としても他に依頼したかったのだが……)


 残念ながら、高名なギルドほど依頼は受けない。

 彼ら自身でダンジョンに潜った方が効率的であるからだ。

 しかし、森や平原と違ってダンジョンは独自かつ独特な生態系を築いているため、案内はどうしても必要になる。

 そこで多少なりとも経験のある彼らに依頼したのだ。

 不意にケウラが横に並ぶ。


「あの~、フェゼ様……失礼ですけど、どこまで行くんですか?」

「依頼した時には行けるところまで行くと伝えたはずです。それで納得してもらったはずですよ」

「そ、そうですけど。ちょっと宝物取ればいいと思っていて安易に引き受けたというか……あっ、いや、そうじゃなくてですね。戦利品は十分にありますし、依頼料金よりも稼げたと思いますよ……?」


 ケウラが手を擦り合わせながら、こちらの顔色を窺ってくる。

 ダンジョンは深部に行けば行くほど強い魔物がいる。それは蟲毒のようなもので、ダンジョンという性質が生み出した特異な環境が原因だ。

 そして、さっきから戦っている魔物はCランク以上になっており、ケウラは自分たちの領分を越えて進みたくないようだった。

 俺としても彼らには戦闘を任せるつもりはない。戦闘を任せるくらいなら騎士を連れてくる。が、騎士なんていっても落ち目の公爵家にまともなものは揃っていない。だからこうして俺が自分自身を鍛えて、彼らを案内役に据えているのだ。


「安心してください。俺も命を落とすつもりはありません。危険だと思えば下がります」

「え、え~と。あはは……もっと稼ぎたいということですか?」

「違います。ダンジョン内で拾った金銀は全て『ユグドラシルの誓い』の皆さんにお渡ししますよ」

「「「えっ!?」」」


 ぎょっとした顔で驚かれる。

 俺の目的はお金じゃない。お金も欲しいが、ここで欲をかいて彼らに背中を刺されるデメリットの方が大きい。

 依頼料もせしめて、ダンジョン内での金銀もせしめる。そうすれば両得だからな。

 そう思っていたが……「え? いいの?」「よしゃー! 装備新調できるー!」「お貴族様ばんざーい!」なんて現金な声が届く。

 きっと、彼らからすれば俺の背中を刺すなんて真似は想像すらしていなかっただろう。


「じゃ、じゃあ、フェゼ様の目的はなんですか?」


 ケウラが尋ねてくる。


「とりあえずダンジョンの見物です」

「あんたすげー戦ってんじゃん……」


 呆れたような声が届いた。

 まあ、わざわざリスクを取る必要はないと思っているのだろう。

 この世界の人間からしたらそうなのかもしれない。

 しかし、俺には目的がある。


(――魔法具)


 ダンジョンには財宝が眠る。金銀もそうだが、その他に特殊なアイテムが紛れている場合が多い。

 その中には魔法具と呼ばれるものがある。便利なアイテムを想像してもらえればいい。お湯を出せるものや、反対に吸収するものなど。魔法具があれば簡単にシャワーができる。

 このようにして一般に根付いている生活用の魔法具もあれば――人知を超えたものも製作されている。

 魔法具はクラス別に分けられており、『王門キングゲート』『奉天総ほうてんふさ』『開天神代』……などなど、左から順番にレア度が上がっていく。


 俺の目的は生存と帰還だ。

 帰還にはいくつもの計画があり、魔法具もその一環だ。

 開天神代クラスになればおとぎ話の部類であり、滅多にお目にかかれるものではない。

 国庫に保管されているか、ダンジョンに眠っているか。書物に記載されているが見つかっていないか。そのレベルだ。

 そして、俺はその一個下位の魔法具を持っている。


(奉天総の魔法具『レーレリアの加護』)


 アドマト公爵家の宝物庫に眠っていたのだが、父の許可を得て拝借した。

 今もその魔法具はポケットにある。

 一見すれば美しい女性を象った石像だが、これを持っているだけで『訓練の倍の成長がある』とされる。

 俺がたった一年で極端に強くなれた理由の一端だ。

 奉天総は魔法具で二番目の位置づけだが、それでこれだけの効果があるのだ。なにより、開天神代の魔法具の中には異界に通じるものがあると噂で聞いている。

 きっと、俺の目的も……。


『やめてっ!!』


 悲鳴。

 絶叫ともとれる声音だ。

 見ると、『ユグドラシルの誓い』のメンバーは全員が苦い顔をしている。


「どうしたんですか? 行かないんですか?」

「フェゼ様……悲鳴でしたよ」

「ええ、そうですけど」

「悲鳴が聞こえたってことは……それだけの危険があるってことなんです。ここはダンジョンですよ。腕に自信のある者しかいないはずです。村娘が散歩に出かけて襲われるのとは訳が違う」


 言われて、胸を打つものがあった。

 彼らが苦い顔をしているのは、助けないと判断しているからだ。

 人の命を救うよりも、まず自分の命の安全を確保しなければいけない。

 それがダンジョンなのだ。


「危険と判断したら即座に逃げて構いません。俺も逃げます。ですが、どういう状況かもわからないまま放置するつもりはありません」

「……わ、わかりました」


 俺としても依頼したからと無理を言うつもりはない。そんな意思を汲んだようで、ケウラ達一行は渋々頷いた。

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