01.4 私、異世界転生しちゃったんだ…。


夏だ。


白いマンションが建ち並ぶ通りでは、ベランダにメンダコの形をした風鈴が、干された洗濯物と一緒に風に吹かれ、チリンと気持ちのいい音を出す。


通りを歩き続けると、建ち並んでいたマンションは一本の横切った道からピタリと消え、そこには驚きの光景が広がっていた。


「うわあ。」


クラゲが悠々と泳ぐビジョンを映し出した超高層ビルや、カラフルな店で賑わう繁華街。

そこには大勢の海洋生物の顔をした人達が、街の喧騒をつくりだしていた。


車もデザインが丸みを帯びた、まるで潜水艇のような形をしていて、道路をふわふわと浮かびながら走っている。


「おいおい止まれ止まれ。信号赤だぞ。」


「おっと。」


虎太郎さんは私の襟を引っ張り、注意する。


「よそ見してると轢かれるぞ。」


横断歩道には白色ではなく、水色の線が引かれ、信号は人の形ではなく、魚が泳いでいるような形が描かれていた。


ここは、私の知っている世界ではなかった。


「初めて来たって面だな。田舎もんか?」


虎太郎さんはそう言うが、初めてどころではない。

異世界だった。


「虎太郎さん…、わかったよ。私の今の状況。」


「ほんとか!?どれ、言ってみろ!」


「私、異世界転生しちゃったんだ…。」


「は…?イセカイ…、何?」


「酒の飲みすぎで急性アル中引き起こして死んじゃって、この世界に転生して来ちゃったんだ!!それでこんな姿に…、そうに違いありませんよ!」


「おい倉戸。やっぱ病院に行こう。こっから近い病院どこだ?」


「先に本部よ。このアタッシュケースを渡してからね。」


どうしよう…。誰にも信じてもらえない…。

間違いないよ…。アニメとかで見たことある…。

私、異世界転生しちゃってるんだ…。


信号は青になり、待っていた人達は横断歩道を渡り始めた。

ウツボ、カメ、フグ、カニ、マンボウ、タツノオトシゴ、ヤドカリ、アメフラシ、ヒラメ、全く身長差の違う多種多様な海洋生物の顔をした人?達が携帯を見ながらだったり、新聞を読んだりしながらゾロゾロと歩いている。

そして、私はカワウソ。


「おい、何してる?早く渡らないと信号変わるぞ。」


私はこの街に違和感を感じつつ、魅了されながら歩き進めた。

10分ほど街を歩いていると、彼らはようやく足を止めた。


「やっと着いたあ。東地区から本部はやっぱ足で行くと遠いなあ。」


「唯一バイクの免許に受かれないバカの為にわざわざ俺達が合わせてやってるんだ。感謝しろ虎太郎。」


そんな事をぼやきながら彼らは足を止めたが、ここは道路に面した歩道であって、本部らしき建物どころか建物自体がない、ただの歩道だった。


「おーい。入るぞー。」


ん?入る?どこへ?


ぼーっとしていると、鷹凪さん達は順に、次々と道路の脇にポツンと停められた白く大きな車に入っていった。

この形は間違いない、キャンピングカーだ。


「これが自衛隊の本部!!?」


もしかして騙されてる…?

恐怖感と一緒に私は、恐る恐るそのキャンピングカーへと入っていった。


「お!例の迷子のカワウソってそいつか!?ガハハハ!可愛いではないか!」


入った瞬間に大きな笑い声が車内に響き渡る。


その笑い声は、キャンピングカーの奥に敷かれたソファにどっかりと座る大男からだった。


「ふーん。ここらでは見ない顔ですねぇ。」


運転席からは、赤い髪に青のメッシュを内側に入れた女の子が私の顔を不思議そうに覗き込みながら話してきた。


「鷹凪、只今戻りました。」


鷹凪さんは深々と大男に対して頭を下げてそう言う。


「ありがとタカちゃん!あと固いぜ。」


大男はまたガハハハ!と笑いながら被った軍帽のような帽子を上げた。

その風貌と振る舞いからして、この人がこの隊の隊長なんだろうなという雰囲気がなんとなく伝わる。


「まあまあ座れ、カワウソよ。おい、クラちゃん。なんか飲むもん出してくれ。そこの棚にウイスキーなかったか?」


大男は指で倉戸さんに合図する。


舵木大佐かじきたいさ。ここは実家でもなく、居酒屋でもなく、呑みの状況でもありません。まず、彼女の素性とこのアタッシュケースの確認が先です。」


「うわ!固っ!」


舵木大佐と呼ばれた大男は軍帽を深く被り、渋々と倉戸さんからアタッシュケースを受け取る。


「ふーん。こん中から刀がねぇ…。」


舵木大佐はアタッシュケースを頭をかしげながら眺める。


「ま、とりあえずアタッシュケースよりカワウソが先だな。」


舵木大佐はアタッシュケースをカーテンが敷かれた奥の部屋に置き、テーブルに置かれたウイスキーのロックをクッと飲み干すと、私を見つめた。


「まずはようこそぉ!ここがワシの隊、カジキマグロ隊の本部じゃ。」


カジキマグロ隊…。

カジキマグロって、あの角のような鋭いものがついたあのマグロ?

舵木大佐が隊長のカジキマグロ隊…。なるほど。

私はだんだんこの異世界転生に対して場慣れしてきたようだ。

驚くよりも理解しようと頭が働くようになってきた。


「全員、自己紹介してー。」


舵木大佐の掛け声に合わせて最初に口を開いたのは、虎太郎さんだった。


「公園の神こと、逆叉虎太郎さかまたこたろう。シャチになれるぜえ。」


異世界転生して一番最初に出会った虎太郎さんは、得意げな顔で金髪の前髪をかき分け、自己紹介した。


「どうしてみんなは海の生き物の顔になれるんですか??」


「ん?」


一同が顔を見合わせ、?マークを浮かばせた。

一人、鷹凪さんを除いて。


「お前、カワウソになってんじゃん。」


虎太郎さんは私に指差し、そう言った。


「私は人間の顔にはなれないんですか??」


「変な質問だなあ。元が人間なんだから、なれるに決まってるじゃんか。」


どういうことなのか…。


「カワウソよ。お前まさか人間の姿に戻れないのか?」


舵木大佐は、少し悩ましい顔を浮かべて私に訊いた。


「戻れないというか、戻り方もわからないし…、どうしてこの顔になってるのかもわからないんです…。もしかしたら私、違う世界から来たのかもっていうか…、なんというか…。」


うまく言葉が出てこない。

こんな状況、自分が理解してないんじゃ説明のしようがない。


「それが、イセカイテンセイってやつか?」


「…はい。多分…。」


「……。」


皆が沈黙する中、口火を切ったのは舵木大佐だった。


「ま、憶測で物事考えたって何もわからんよ。ちょっとずつ手がかり見つけていこうじゃないか!こっちの世界では人間の姿と海洋生物の姿と自由に変身することができる。そっちの世界ではもしかしたら人間の姿にしかなれないかもしれないが、こっちの世界ではそれが普通。それだけだ!」


あるがままを受け止めよう。

私は続く自己紹介に耳を傾けた。


「鷹凪だ。カジキマグロ隊では作戦参謀を務めている。」


「作戦参謀ってなんですか??」


「作戦を立案したり、指示したりする人のことだな。」


鷹凪さんはメガネをクイッと持ち上げながら自慢気に言った。


「鷹凪さんはどんな海洋生物になれるんですか?」


「僕には、ないんだ。」


「え?」


「なれないんだ。海洋生物には。今の君の逆だな。」


ふむふむ。海洋生物になれる人間となれない人間がいるらしい。


「私は倉戸。役は特にない…かな。私は一応海洋生物にはなれるんだけど…。」


そう言った後、倉戸さんはうつむき始めた。


「あー。おほん。こいつが海洋生物になったら駄目なんだ。」


虎太郎さんが間に入りだす。


「調子が悪くなるというか…、なんというか…、諸刃みたいなもんだな。」


訳ありみたいだ。


「うち流転!!本名は七転八転流転しちてんばってんるてん!何になれるかは内緒!よろしくぅ!」


流転さんは肘を曲げ、ガッツポーズを決めてみせた。

カジキマグロ隊では一番若々しい、私より年下かもしれない。


「おい、大嘘つくな。なんだよ七転八転流転って。転びまくってんじゃねえか。」


「わー、また転がっちゃうよー!誰か止めてぇ!」


流転さんは勢いよく運転席から転がり落ち、そのままでんぐり返ししてコロコロ転がり始めた。


「おいみんな外出ろ。こいつでサッカーやるぞぉ!!」


「ぎゃーー!」


虎太郎さんは流転さんを雪玉のように転がして、そのままキャンピングカーを出て行ってしまった。


「いつものことだ。ツッコむ方が疲労が溜まるから最近は気にしていない。」


鷹凪さんはそう言うと、ため息を吐きながら簡易キッチンに置かれたコーヒーサーバーにマグカップを入れて、スイッチを押した。


「と、まあこんな感じの個性豊かな隊の隊長がこのワシ、舵木だ!名の通り、カジキマグロになれるぞ!」


全員の紹介が終わると、舵木大佐は私の方を見つめた。


「そういえば、君も呼称がないとなんか不便だなあ。仮の名を考えてやろう。」


「え…、あの、カワウソ以外でお願いします…。」


うんうんと舵木大佐は頷きながら、顎を指でなぞり、私の全身をゆっくり上から下へ見つめ始める。


「今どき珍しい。渋い下駄を履いてるなあ。まるで侍だ。」


舵木大佐はピン!と閃いたような顔をした後、顎をなぞっていた指をパチンと鳴らした。


「カワウソよ!君の名は今日からカワウソサムライだ!!」


カワウソにサムライが付いただけだった。


「長ったらしいっすよ!略しましょう。カワサムで!」


流転さんが、ドアに半分顔を覗き込んでそう言った。


「なんならもう、サムで!」


続いて虎太郎さんの顔が、流転さんの頭からひょこっと飛び出た。


「そうだ!うち、コツメカワウソっていう種類聞いたことあるよ!コツメなんてどうかな?」


「それだ!よし!命名しよう!今日からお前はコツメだ!」


今日から私の名前はコツメになったらしい。

割と可愛いのでアリだと思った。

私は拳を前に出し、親指を立ててこう言った。


「アリ。」


「いえーい。」


流転さんと虎太郎さんはハイタッチを交わした。


「じゃ、コツメちゃんの素性を暴いて、この七転八転流転ちゃんがサクッと解決しますかぁ。」


「だから誰だよそれ!それ言うなら七転八倒だろ??」


虎太郎さんにツッコミを入れられた流転さんはキャンピングカーの奥に敷かれたカーテンをサッと引き、奥の部屋へと入ろうとしたその時だった。



ガパッ!



アタッシュケースの開く音が聞こえた。


「え?」


一同が音の方へ振り返る。


アタッシュケースはカーテンの敷かれた奥の部屋に舵木大佐が置いたはずだ。

その部屋から音がしたのだ。


「流転、カーテンを開けろ。」


鷹凪さんは飲んでいたコーヒーのマグカップをテーブルに置き、真剣な眼差しで流転さんに命令した。

鷹凪さんの指が背中に担いだ刀袋に向けられた。


流転さんの喉から生唾が流れる音が聞こえると同時に、カーテンをそーっと開ける。

その先には、刀。


「まただ!」


鷹凪さんの声と同時に虎太郎さん以外の全員が刀を構え、抜刀する。


しかし、


「全員命令だ!納刀しろ!」


舵木大佐は怒鳴った。

その一喝を受けた一同はゆっくり納刀した。


「皆、反応速度は完璧だ。血走ってる様も大変良いが、時には素早く冷静な判断が必要だ。今はありのままの現象を受け入れ、理解し、素早く冷静にだな…。」


舵木大佐は皆に注意を始めるが、私を含め6人全員が口と目をガン開いて舵木大佐の背後を指差す。


「舵木大佐…後ろ…。」


「んん??」


舵木大佐は私達の指差す方向をゆっくりと追うように見つめていく。


アタッシュケースから飛び出したはずの刀は、ゆっくりと開いたアタッシュケースにスルッと戻っていき、バチン!と音を立てて閉じた。


「帰っていった…。なんで?」


「舵木大佐が納刀しろ!って怒鳴ったからじゃないですか!?」


「嘘だろ?まじで!?」


舵木大佐は足元に転がるアタッシュケースを見下ろし、一言吐いた。


「…抜刀。」



ガパッ!!



舵木大佐の一言と共に、アタッシュケースは開かれ、刀が飛び出した。

そのまま空中をフワフワと浮遊しながらゆっくり泳ぐように回転し始めた。


舵木大佐は生唾を飲み、もう一言吐いた。


「…納刀。」



バチン!!



またしても、舵木大佐の一言と共に、アタッシュケースが開き、刀がスルッと入り、閉じた。



「すげぇ!なんだこれ!!もっかいだ!!抜刀っ!!」



ガパッ!!



「納刀っ!!」



バチン!!



「ガハハハ!虎太郎来いっ!!お前もやってみろ!!」


「すげえ!音声認識じゃないすかこんなの!!抜刀ぉぉぉ!!」


虎太郎さんは変な抜刀ポーズを決め、そう叫んだ。



ガパッ!!



「納刀。」


キメ顔でそう言うと、



バチン!!



閉じた。



「ガハハハハ!!」


「ワハハハハ!!」


すご…。普通にすごい。

やっとわかった。このアタッシュケースと刀は手で開けて出すんじゃなくて、音声認識技術で開いて出るんだ。

その音声コマンドが抜刀と納刀...。

なんて近未来でロマンある刀…、まるで生き物みたいだ!


「え?じゃあなんでさっきは開いたの…??」


倉戸さんのポッと出た言葉に、私もハッと気づいた。

鷹凪さんと倉戸さんに出会った時は、抜刀も納刀も言っていなかった。

ならなぜあの時は自動で開いたんだろう?


「もしかして…、たまたま言った言葉の中に抜刀と納刀が紛れていたのか…?」


当然、思い出そうとしたところであの時の私含め、みんなの言葉を一文一句覚えているわけはなかった。


虎太郎さんはゆっくりと私の顔を見て、口を開いた。


「このアタッシュケースと刀を持ってこの世界に降臨したカワウソ…。その刀を意のままに操るその姿はまさに侍…、命名しよう。お前の名は今日からイセカイテンセイカワウソサムライだ!!」


「嫌ですーーーっ!!!」


斉天大聖孫悟空セイテンタイセイソンゴクウみたいな名前になってしまった。


これがカジキマグロ隊との出会い。


私の異世界転生生活の始まり。


そして、僕の逆張り人生の幕開け。




///CHAPTER:01 吾輩はカワウソサムライ!名はコツメ///



END.

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