01.2 よくわからんがこれは、銃刀法違反だああああああ!!!


冷静になって考えてみた。

財布もないし、保険証もないんじゃそもそも病院の受付自体してもらえないんじゃないだろうか?

やっぱりこのアタッシュケースに希望を託して公園の神に開けてもらうしかないと思った私は公園の神に尋ねてみることにした。


「あの、このアタッシュケースを開けるだけでいいんで…、開けてもらうことってできます?」


「え?病院に行くんじゃなかったのか?俺が病院に行きたいんだけどな。」


「いや、このアタッシュケースの中にもしかしたら私の財布やら携帯やらが全部入ってるかもしれないんです。」


「どういう状況なんだそれは…?」


公園の神は腰を手でさすりながら、公園のベンチに腰掛けた。


「まぢでびっくりしたよ。ジャングルジムゲームを命がけでやるやつなんて初めて見たわ。」


公園の神は、胸ポケットから取り出したタバコを吸いながら話し始めた。


「ここ、喫煙OKなんですか?」


「んなもん知るか。俺がこの公園の神なんだから何したっていいんだよ。」


ずいぶんとガラの悪い神だった。


「見せてみ。」


公園の神が私の持っているアタッシュケースを指差して言う。

私も隣に腰掛け、アタッシュケースを渡した。

公園の神はタバコを咥えてアタッシュケースを触り始める。


「なんだこれ?開けるとこがどこにもないじゃないか。」


逆さまにしたり、側面を見たりするが、そもそもどこにも開ける部分が存在していなかった。

開くかどうかも怪しい。

取っ手がついたただのアルミの塊みたいだ。


「これ、もしかしてお前のもんじゃないのか?」


「私のものかどうかもわからないんですよ。」


「はあ?そんなもん開けたらまずいんじゃないか?」


「そうですよね…。」


前途多難。途方に暮れてしまった。


「タバコ一本もらっていいですか?」


「ほい。」


公園の神は胸ポケットからタバコとライターを取り出し、ベンチに置いてくれた。

私はもらったタバコを咥え、火をつけた。


「ふう。」


「カワウソもタバコ吸うんだな。」


「カワウソじゃないです!」


「いやどう見てもカワウソだぞ。」


カワウソ…。

私は、カワウソだったのか?

いや、そんなわけない…。


「そんな珍しくもないだろ。カワウソなんて。」


「珍しくないって?」


「俺もシャチだしな。」


「シャチ!?」


「おう。見せようか?」


「何を?」


私が質問するより先に、もうそれは始まっていた。

公園の神の顔はみるみると変形していき、大きく肥大し、黒光り始めた。


「わ!わわわ!」


やがてそれは、シャチの顔となった。


「ほら、な。」


シャチの顔をした公園の神は二カッと笑い、整った無数の牙を剥き出しにした。


「シャチだ!!」


「おう!最強だぞ!!」


「もう夢でしょこれは…。完璧に。」


シャチのような公園の神はそのままタバコをパクっと丸呑みにした。


「まさかお前…、異国の人だったりするのか?いやでも言葉通じてるしなあ。どっから来たんだ??」


シャチが黒々とした瞳で、私の顔を不思議そうに覗き込んでくる。

こんな近くでシャチの目を見るなんて初めてだよ…。


「どっから来たんでしょうかね…私。」


「だいぶ難しい状況に陥ってるみたいだなあ。」


やがてシャチの顔はどんどんしぼんでいき、元の人間の顔に戻った。

どうやら人間の顔とシャチの顔はいつでも自分の意志で切り替え自由らしい。

自分でも何を言ってるのか全くわからない…。


「そうみたいです…。」


「そうか。じゃあここは公園の神であるこの俺が人肌脱ぐとするか!」


公園の神はスッと立った後、振り返って私の顔を見た。


「俺は公園の神だ!知り合いに迷子見つけたらすぐ解決できるすげえ奴がいるからそいつに頼んでみようぜ。」


そうか…。一応私、迷子なんだ。

大人になって迷子なんて初めてだ…。

とりあえずこの人に頼ってみよう。

私はタバコの火を地面にこすりつけて消し、ゴミ箱に捨てようとベンチから立ち上がった。


「そのすげえ奴、頼っていいですか?」


「ああもう超頼ってくれていいよ!行こうぜ。」


公園の神もベンチから立ち上がり、公園を出た。

私もアタッシュケースを持ってあとについていった。


しばらく歩いていく内にだんだんと私の口が開いていってるのに気づいた。

道を行けども行けども、不思議な景色に驚きを隠せなかった。


「あの、ここらへんのビルって…?」


「ん?ビルっていうかマンションだよ。見りゃわかるだろ。」


どの道に行ってもおよそ10階建程の白い建物が、高さぴったし、建物同士の隙間の間隔もぴったしに、まるで並木通りのようにズラッと左右に並んでいた。

どんな几帳面で潔癖な人が町づくりしたのか。

しかもこれら全てがマンションと言うのだ。

さっきの公園を見つけたのが奇跡という程に、この辺りのほとんどが白いマンションでピチピチに詰め尽くされていた。

その景色は圧巻で、写真を撮りたくなるくらいだ。


「日本にこんな不思議な町があるなんて知らなかったですよ!」


「はあ?ニホン?何がニホンなんだ??」


「ん?日本ですよ。ニッポン。」


「ニッポン?頭どうかしちゃったのか?何語だよそれ。」


「日本語ですよ!自分も喋ってるでしょうが!!冗談やめてくださいよ…、ただでさえ混乱してるんだから…。」


「さっきから何言ってんだお前??」


私達が混乱しながら話している最中、また混乱が向こうから近づいてきた。


「おい虎太郎こたろう。何をサボっている?」


目の前にメガネが似合うバチクソかっこいいイケメンと、黒髪を後ろでくくったこれまた美人な女性が並んでこちらを見ていた。

知り合いだろうか?

二人共、背中に竹刀袋のような長い袋を背負っていた。

剣道部…?いやそんな若さではなさそうだ。


「いや、サボってねえよ!ちゃんとパトロールしてるよ!」


虎太郎とは公園の神の本名だろうか?

意外とかわいい名前だった。


ん?パトロール…?

なんか引っかかる、警察…ではないよね?


「その砂まみれの格好でよくそんなことが言えるな。どうせまたあの公園で俺は公園の神だなんて近所迷惑な叫び声を上げた挙げ句、タバコでもふかしてたんじゃないだろうな?」


すごい、お見通しすぎる。


「ばか!そんなわけねえだろ!!今だってちゃんと迷子見つけて家に帰そうとしてんだ!適当な事言うんじゃねえよ!!」


大嘘をついていた。


「それより流転るてんはどこだよ?迷子ならあいつの仕事だろ?」


「流転ちゃんは西区担当だから真逆よ。」


美人な女性は長いポニーテールをなびかせながらそう言った後、私に近づいてきた。


「こんにちわ。私は水族自衛隊の倉戸くらどです。あなたは?」


水族自衛隊…?自衛隊なのこの人達!?


「私は…、」


流れで名乗ろうとしたが、途中で言葉が詰まった。


「あれ…?」


名前が出ない!頭から自分の名前が引き出せない!?なんで!?

どれだけ考えても自分の名前が思い出せない!

酒のせいで頭が完全にやられてしまってる!!


「そういえば名前聞いてなかったな。ほら、言ってみろ。」


虎太郎さんが私の背中を押す。

でも出ない!出てこない!!一文字も!!!


「なんだその顔?便所なら向こうだぞ?」


「違いますっ!!名前が…、出てこないんです…。」


「はあ!?お前それっ…、ガチのやつ?」


「ガチのやつです…。」


一同はシーンと静まり返るしかなかった。


「鷹、こいつはお前に任せる。あとは頼んだぜ。」


虎太郎さんはバチクソメガネイケメンの肩を叩き、ピューっと突風の如く逃げ去っていく。


「おい!何があったか事情を説明しろ!!」


虎太郎さんに向けたバチクソメガネイケメンの言葉は、風に舞う。

もう虎太郎さんの姿はすでに見えないところまで行っていた。

バチクソメガネイケメンは振り返り、私の顔を見ながら話した。


「水族自衛隊の鷹凪たかなぎだ。名前は思い出すまで言わなくても大丈夫だから、どうして名前を忘れてしまったのか教えてくれないか?」


吸い込まれそうなターコイズブルーの瞳が、優しく私の目を覗き込んでいた。


「えっと…気づいたら私、このアタッシュケースを枕にして交差点のど真ん中で寝てまして…、わけも分からず公園に辿り着いて、鏡を見たらこんなカワウソみたいな顔になってて、そしたら公園の神が現れて…、ジャングルジムゲームをすることになって、私がバーっと上から覆いかぶさるように体当たりしたら私が勝って、公園の神が迷子見つけたらすぐ解決できるすげえ奴を知ってるって言ってくれたので、頼ってここまで来たらあなた達に会いました…。」


喉がカラカラになるまで長く話した気がする…。

私の語彙力の無さに悲しくなってきた。


「なるほど。つまりあいつはちゃんとサボっていて、僕に嘘をついたってことだな。」


まずそこなんだ…。


「大丈夫。僕らはここらのパトロールを任されている自衛隊だ。とりあえずは僕達と一緒に行動しよう。」


うわー。めちゃめちゃ頼りになる。

ホッと一息、安心の息が漏れた瞬間だった。




パカッ。




何かが、開いた音がした。


「え?」


私の持っていたアタッシュケースが、突然開いた。


「なんで今…?何もしてないのに…?」


「それが枕にしてたっていう例のアタッシュケースか?」


「そうです。でもさっきまで開かなかったんですよ。」


私はそのアタッシュケースの中身を覗こうとした、瞬間。



シュン!!



何かが勢いよくアタッシュケースから飛び出してきた。

それは正面にいた鷹凪さんの頬をかすめ、空に舞った。


「なんだ!!?」


一同が空を見上げ、舞い上がった何かに視線を向けた。


それは、刀のような形をしていた。

太陽を背に、鋭い切っ先の光が眩しく輝きを放つ。

やがてそれはゆっくりと方向転換した途端、鷹凪さんの方に向かって一直線に降ってきた。


「下がれ!倉戸!!」



キン!!



それは瞬時に避けた鷹凪さんの胸元ギリギリのところで地面に刺さった。


「刀…?」


鷹凪さんはその刀らしき物体を見て、そう言った。


「何…これ…!?」


私は怖くなってアタッシュケースを遠くへ放り投げた。

それは、やはり刀だった。

物凄く鋭く、異様に長い、刀。

それが、アタッシュケースから飛び出してきたのだ。

その後、空中を浮遊し、まるで自我でもあるみたいに鷹凪さん目がけて降ってきた。

ありえない…。

今日の夢、ファンタジーすぎ…。


「これは、なんだ…?」


鷹凪さんの頬からは、血が滴っていた。


「大丈夫ですか!?」


鷹凪さんはサッと刀から離れ、背中に背負っていた竹刀袋に手を伸ばした。

そこから出た物は、鞘。


「よくわからんがこれは、銃刀法違反だああああああ!!!」


「あんたもでしょおおおおおお!!!」


鷹凪さんはそう叫ぶと同時に抜刀し、私に向けて刀を振りかぶった。


「ごめんなさい!私こんなの全く知らなかったんです!!」


「問答無用、切捨御免!!」


刀の切っ先が私の頭上まで来た。


ここだ。ここで夢が終わるんだ。

きっと酒に酔った私はどこかで居眠りして、夢を見ている。

ここが、このヘンテコな夢の終わりだ。



ブン!!



刀が空を切る音を聴いた瞬間、夢の終わりかと思ったその時だった。




「何っ!?」



まだ、鷹凪さんの声が聞こえる。


夢はまだ続いていた。






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