カワウソサムライ

企鵝飛沫 (KIGA SHIBKI)

CHAPTER:01 吾輩はカワウソサムライ!名はコツメ!

01.1 あの…、私ってカワウソに見えたりします?


目を疑う光景だった。

私は酒を飲んでいたんだ。

浴びるように飲んでいたのを覚えている。

けど、何故浴びるように飲んでいたのかを覚えてない。

私が今、交差点のど真ん中で寝てしまっていることも、覚えてない。


「嘘でしょ…。何してんの私…?」


眉間の奥から親指でグリグリ押されているような頭痛が我慢できない。

二日酔いだろうか?思考がうまく回らない。

まずは顔を思い切り洗いたい。

そう思い立ったら、自然と体の歯車がやっと回り始めた。

背骨や膝がポキポキと音を鳴らしながら、私の体はゆっくり起き上がった。


「何…、ここ…?」


見た感じは交差点のど真ん中にいることは明らかにわかるけど、信号はないし、人や車は一台も通っていない。

今は早朝なのだろうか?何時かもわからない。

とにかく不気味に感じた。


すぐに自分がどこにいるか確認したかった私は、ポケットを探った。


「ないっ!!」


携帯がない!どこにも!!最悪!!!

後悔が一気に頭に上り始めた。


「あーもう!イヤホンもないじゃん!!」


弟に誕生日プレゼントで貰ったばかりのワイヤレスイヤホンがケースごと消え去っていた。

これにはショックで私自身にブチギレそうだった。


頭は痛いし、ここがどこかもわからないし、一文無し。

せっかく動いた私の体は膝から崩れ落ちてしまった。


「はあ。」


思わず溜息が口から鼻から漏れ出す。

ふと、目線を寝ていた場所に向けると、銀色に光る何かが目に入った。


「アタッシュケース?」


私のよだれらしき液体がべったりとついたアタッシュケースが、交差点の真ん中に転がっていた。

なんてことない、アルミ製の銀色が鈍く光るアタッシュケース。

どうやら私はこの見覚えのないアタッシュケースを枕にして寝てたらしい。

人は酒を飲み過ぎるとここまでわけの分からない行動に出ることができてしまうらしい。お酒怖い!


入っているものが気になり始め、開けようと試みたが、全く開かない。

鍵穴も見当たらない。

じゃあどうやって開けるのよこれ。

ここに携帯やらイヤホンやら財布やらが全部入ってたら最高なんだけどなあ。

なんて思いながらとりあえずアタッシュケースを持っていくことにした。


「よいしょ。」


少し重たいけど、持てないこともないって程の重さだった。

とりあえず十字路四方向の内、どの方角に進むか決めたい。

靴を飛ばして、落ちた時のつま先の方向に進もうと思い、靴を飛ばしてみた。


「ええっ!?」


飛ばした靴は、スニーカーでもなく、サンダルでもなく、下駄だった。


「何しようとしてたの私!?」


全く気づかなかった。何故下駄?

私は思わず落ちた下駄を取りに行った。

つま先の方向なんて目にせずに下駄を掴んだ。


「下駄だ…。」


どう見ても、下駄だった。

私は下駄を履いていた。

その下駄は私の足に完璧に合っている。

下駄を履き直し、思考をフル回転させた。

だけど、どれだけ思い出そうとしても、酒を飲んでたことしか思い出せなかった。


「まあいいか。」


そう思ってしまうくらいに頭が痛かった。

私はとりあえず目の前の道に向かってまっすぐ歩いた。

カタカタと下駄の音が鳴る。

意外と楽しい。


「あ。」


歩いてすぐ、道の脇に公園があった。

ジャングルジムとブランコがあるだけの質素な公園。

この公園にも、人の気配は全く無かった。


「何で人こんないないのよ…。」


私は公園に入り、手洗い場へ直行。

蛇口を捻り、顔を洗った。


「ふう。」


かなりすっきりしたところで、まずは状況を整理しよう。

私はどうしてここにいる?

鏡に映る自分に自問自答した瞬間、また目を疑う光景が広がっていた。


「うわっ!」


カワウソだ!カワウソがいる!!

鏡にカワウソが写ってる!

思わずバッと振り返る。

だが、カワウソなんてどこにもいなかった。いるはずがない。

ということは…?


「え!ええ!!」


ゆっくりと自分の手を顔に触れさせた。

鏡に映るカワウソも、手を顔に触れさせていた。


「私がカワウソになってんじゃん!!」


ウソ…。どういうこと?何から何までわからない!!

私の顔だけが、カワウソになっていた。


「夢じゃんこんなの…。」


夢と言われた方が納得のいく光景だった。


鏡から一歩、二歩、後ずさる。

手洗い場から出て、公園を見回す。


するとさっきまでいなかったジャングルジムの頂上に人影を見つけた。

その人は太陽を背に浴びながら、後ろに手を組み、ジャングルジムの頂上で直立していた。

久しぶりに見た人影に安堵した私は、思わず口が開いた。


「あの、こんにちわ…。」


私は太陽を手で隠し、見上げる形で挨拶をした。


「こんにちわ。」


挨拶を返してくれた。

私は続けて言った。


「ここって何公園ですか??」


「ここはシャチホコ公園。そして俺はこの公園の神だ!!」


なんて?

何を言ってるんだこの人は??


「あの、私ってカワウソに見えたりします?」


相手が何を言っているか理解する前に、私の疑問が先に出た。


「ああ。下駄を履いたカワウソに見えるぞ。」


やばい。頭が混乱する。

脳が破裂しそうだ。

とりあえず病院だ。

もう病院に行って全て洗いざらい吐き出して助けてもらうしかない。


「ここらへんに病院ってありますか?」


「ある。」


「今すぐ行きたいんです!場所を教えてください!!」


私は見ず知らずの公園の神に懇願した。


「いいぞ。その代わり、俺とジャングルジムゲームをして勝ったらだ!!」


くっそ、なにそれめんどくさい!!

けど、もう乗るしかない!!

私はこれ以上何も考えたくない!!


考える事を捨て、私は公園の神が提示する戦いに乗っかった。


「どういうゲームか教えてください!!」


「ジャングルジムの一番高い位置に立ち、先にジャングルジムから落ちてしまった方が負け。知らないのか?」


めちゃくちゃ怖そうなゲームだった。

だけど、やるだけやってみよう。


私はジャングルジムに手と足をかけ、一番高い位置まで登り、ゆっくりと立った。

下駄のせいでめちゃくちゃ登りにくい…。

ジャングルジムに上るなんて15年ぶりくらいだけど、大人になって登ってみるとこんなに怖いのか…。


そしてやっと公園の神と対面になった。

意外と男前で金髪で高身長で、見た目のスペックはだいぶ良い。

ただただ性格が残念だった。


「言っとくが俺は大の負けず嫌いだ。そこそこ強いぜ。」


「今すぐ病院行きたいって言ってる人に、こんな危険なゲームを提案してくる人には負けないですよ!!」


私は腕まくりをし、気合を入れた。

ここで後悔の苛立ち全部こいつにぶつけてやる。


「あなたが病院送りになっても知らないですからね!!」


「かかってこいやあ!!」


私は戦いのゴングを聞いた瞬間、公園の神に向かってジャンプした。


「うわっ!!嘘だろ!!」


そのまま体当たりして、二人で真っ逆さまにジャングルジムから落ちた。

ベキッ!と鈍い音を立て、公園の神が背中から地面に着地した。


「ぎゃあああ!!背中折れたっ!足もぉ!!」


「やったー勝った勝ったあ!!」


公園の神がクッションになってくれて奇跡的に無傷だった。

そのまま公園の神の胸ぐらを掴み、こう言った。


「さて、病院に連れてってもらいますよ!」


公園の神は深く息を吸い込み、叫んだ。


「先に俺を病院に連れていけえええ!!」




///CHAPTER:01 吾輩はカワウソサムライ!名はコツメ!///







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