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第32話:魔法が効かないようです

 陛下の指示で王宮医が飛んで来て、丁寧に診てくれた。

 王宮医のことを皆は「ブロックル先生」と呼んでいた。家名ではなくて名前らしい。お兄様が男爵なので、区別するために先生は下の名前で呼ばれているのだとか。

 白髪の散らばった髪はきれいに整えられ、格式の高そうな白と水色のローブ姿。顔に刻まれた深い皺は、これまで積み上げた経験値と信頼に比例しているのだろう。随分と尊敬されている様子だった。

 魔法を使って診察をしているようだった。

 ポッと手の平が光ったかと思ったら、先生の前に光の板のような物が現れ、先生はそれを見ながら「ふむふむ」と頷いていた。


 診断結果は手首捻挫。骨には異常がなく、放っておいても二週間ほどで完治するとのことだ。

 先生は治癒魔法をかけてくれた。ところが、思いのほか効果が出ない。

 「念のためもう一度」と言って、二度かけてくれたけれども、やはり二度目も殆ど効き目がなかった。

 通常、二度も王宮医から治癒魔法を受ければ、捻挫なんて完治してお釣りが来るぐらいらしい。

 てっきり異世界人の特異体質を発揮したのかと思ったら、先代の神薙にはしっかり魔法が効いたと言う(ズルイ)

 神薙様は元の世界で作られた体質により、魔法の効き目に個人差があるようだ。


 それならばと、自然の薬草で作った漢方のようなお薬が運ばれて来た。

 それは、騎士なら一度はお世話になっていると言われるほど名の知れた薬屋さんが、わたしのために調合してくれたものらしい。イケ仏様いわく、「王家も利用するくらい高名な薬師」とのことだった。


 「薬湯です」と言って侍女長が持って来たそれは、カフェオレボウルのようなお椀型の食器の中で、ほわほわと湯気を上げていた。

 薬と言えば錠剤かカプセルで、粉薬は少し苦手だったわたしにとって、汁物の薬はなかなか衝撃的である。

 覗き込むと、お椀の中には茶緑色の汁が入っていた。緑茶色ではなく「茶緑色ちゃみどりいろ」だ。そんな名前の色が存在しているかどうかは分からない(きっとないだろう)けれども、目の前にあるそれの色を説明するには、この言い方しかない。


 それは、限りなく茶色になった元・緑色の流動体で、何度も温め直しを繰り返したお味噌汁に入っている小松菜とかホウレン草の、生前と変わり果てた姿に似た色だ。

 パッと見た感じ、物凄く色の悪い「超濃厚すり潰しホウレン草汁」である。ただし、そこから漂う匂いには、コンソメとか出汁の類の気配はまるで感じられない。ただただ、危険なニオイが鼻をくすぐっていた。


 侍女長のフリガが「大丈夫ですわ。美味しいですから、一気に飲んでくださいませね?」と棒読みで言った。彼女は親切で優しい性格をしているけれども、少し素直すぎるところがある。わたしを気遣って言っているのだろうけれど、それが嘘だとバレバレだった。

 美味しいものに対して「味わって飲んで」と言うことはあっても、「一気に飲め」とは言わないものだ。


 これは、確実に、おいしくないやつですね……。


 恐る恐るボウルを唇に近づけ、まだ微かに湯気の上がる謎汁を口に含んだ。


 ごきゅり……と喉が鳴ってしまった。

 お行儀が悪くてごめんなさい。

 でも、す、すごいニオイと味で……ううっ。


 「良薬は口に苦し」をここまで忠実にやらかしているお薬は初めてだった。

 予想通りの衝撃的な味わい。まさに「草」が炸裂した味。その中に、ほのかなショウガの気配が感じられた。

 さっきから舌をビリビリさせているのはお前か、この裏切り者め。次に生きて会う時は、お友達のニンニクと一緒に切り刻み、たっぷりの油で炒めてチャーハンにしてくれるわっ、フワハハハハハ! ……と、心の中で大魔王様の負け惜しみごっこをしながら、頑張って飲んだ。

 それを飲むと痛みが和らいだので、効果はあったと思う。朝・昼・夕・寝る前の一日四回、大魔王様ごっこを頑張った。


 薬屋の白い紙袋には、緑色の十字と一緒に、「薬のシンドリ」と書かれていた。シンドリさんという人なのだろう。

 同封されていたメモには、「腫れが引くまでは、なるべく冷やすと良いでしょう。お大事に」と書かれていた。こんなに凶悪な謎汁を調合するくせに、それがイイヒトだと腹も立てられなくて悔しい。


 バスルームに氷水を入れた桶を準備してもらい、ちょこちょこ手を突っ込んで冷やすというレトロな民間療法も試した。痛み止めの謎汁と共に、それも効果を発揮。

 ひたすら周りにお礼を言いながら、少しだけ右手が不自由な期間を過ごす中、時折ヴィルさんの甘い声と良い香りを思い出してホワホワとした。

 騎士様だと言っていたけれど、彼もこの謎汁を飲んだことがあるのかしら……。

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