第31話:イケ仏様が激怒しました
イケ仏様へ近づくごとに、ホッとして心身に食らった色々なものが噴き出して来た。
一番大きなダメージは、他でもないヴィルさんの大胸筋と、耳元で囁かれたやつだ。
手首も痛かったけれど、彼に冷やして貰ったおかげか、多少は楽になっていた。
大通りで再会したイケ仏様は、阿修羅像のようにコロコロと表情が変わった。
わたしを見つけて安堵していた顔から一転、右手首の惨状を見るや否や、あと五秒で世界が滅亡すると知らされた人のように驚愕してから、一瞬のパニックを経て、絶望の表情へと突っ走って行く。
更にそこから、「俺の神薙に怪我をさせたのはどこのどいつだ」と、怒りの不動明王に変化した。
イケているお顔を忙しくしてしまって申し訳ございません……。
彼はわたしの荷物を別の騎士様に持たせると、素早くわたしを抱き上げ横道へ入った。他の騎士に周囲をガードさせ、裏道をぐんぐん進む。足が長いせいか、進む速度が速くて驚いた。
ただ、「歩けるのに」と言うわたしの声は完全にシカトだった。返事くらいしてくれてもいいのに……。
あっという間に馬車に乗せられ、樽オジサンと四人の不愉快な仲間たちの特徴を聞かれた。
一番足の速い馬に乗って来ていた騎士が伝令としてどこかへ飛んで行くと、馬車はゆっくりと宮殿へ向けて発進した。
宮殿へ戻ると、普段から十分過ぎるくらい過保護な皆さんが「もうお終いだ! 今日世界は滅亡するんだ!」と同じテンションで、「大変だ! リア様がお怪我をなさった!」と口々に言い、宮殿全体が震撼していた。
大丈夫ですと言ってみたものの、赤く腫れていたせいで信憑性がまるでなく、誰も納得しなかった。
実際のところ、右手で物を握ったりするのも少々厳しい状況で、本人が思っているほど大丈夫ではなかったようだ。
結果的には皆さんの過保護に甘えることとなった。
イケ仏様は本気で怒るとメガネを外す(そこらへんに捨てる?)ようだ。
サロンのサイドテーブルに投げ捨てるようにして置かれたメガネを見てみると、度が入っていなかった。
やはり視力矯正用ではなく、表情筋凍結用か仏像化用(?)だ。
日本で言うところの警察のような役割をしている「警ら隊」は、王都陸軍が管掌しているらしい。
彼はそこへ伝令を飛ばし、樽オジサン御一行様を指名手配していたようだ。
騎士団は天人族が主管で、王都軍はヒト族が主管の組織なので、その上下関係もあるのだと思うけれど……
彼は怒り狂っていた。
「『絶対に逃がすな。捕らえられねばその首ないと思え、俺が自ら斬りに行く』と伝えろ!!!!」
広い玄関ホールから物凄い怒号が響き、天井がビリビリと言った。
普段は物静かなのに、本気を出すと声が大きい。
一人称が「俺」に変わったのも驚きだったけれど、先日の塩撒きで見せた様子を踏まえても、普段の彼は仕事用に作られたキャラクターなのだと思う。彼の「中の人」は、まだまだ謎が多い。
でも、彼が本当に斬りに行きそうになったら、皆で頑張って止めなくてはだ……(汗)
その後、陸軍のお偉いさんが陛下と宰相に土下座で詫びたとか、その地域を管轄していた警ら隊が丸ごと全員降格されたとか、なんだか恐ろしい話をいくつか聞いた。
ところが、話はこれで終わらない。
神薙を見失って負傷させたお咎めで、イケ仏様ことアレン・オーディンス副団長に、まさかの降格人事が出たのだ。
事態を重く見た団長さんが陛下に相談の上で、そう決めたしい。
聞くところによると団長は陛下と御親戚らしく、王族パワーが働いたということだった。
しかも、三段階も降格だと言うのだ。
副団長からの三段階降格だと、隊長→副隊長→その次の「班長」にまで落ちることになる。
神薙の護衛は最も近くに団長もしくは副団長が必須というルールだけれど、それ以外は日替わりだ。副隊長よりも下の班長だと、まともに顔を合わせられるのは月に数回あるかないかという感じだった。
しかも、彼はしばらくの間、自宅謹慎を命じられたと言う。
いつもイケ仏様と交代で護衛をしてくれているジェラーニ副団長から一部始終を聞き、わたしは急いで馬車に飛び乗り、王宮へ突撃した。
王宮はいきなりパニクった神薙がアポなしでやって来て、国王との面会を申し込んだものだから、てんやわんやだ(ごめんなさい 泣)
ジェラーニ副団長がイケオジ陛下と会えるよう手を回してくれたおかげで、陛下と宰相が仕事を放り投げて飛び出して来た。
護衛がわたしを見失ったのではなく、わたしが逃げた結果そうなったのだと事実を洗いざらい話し、降格人事の取り消しをお願いした。
二人は顔を見合わせて「どうする?」「どうしよっか」という、いつもの仲良し二人組の雰囲気を醸し出していたけれど、結局、神薙本人がそう言うのなら……と、その日のうちに人事は取り消された。
なんだかんだ分かり合うのに苦労させられたけれど、気付けば側になくてはならない有難い阿弥陀仏、オーディンス副団長だった。
樽オジサンは諸国周遊中の隣国貴族令嬢に怪我を負わせたという罪で即日捕縛され、すぐお裁きがあったらしい。
ただ、その結果などは極秘情報扱いになっていて教えてもらえず、二度と会うことはないからご安心を、とだけ伝えられた。
ブチ切れたイケ仏様が陸軍トップの首を取りに行くという最悪のシナリオも回避できたようだった。
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