第33話:お礼の品を選びましょう

 痛みが落ち着いた頃、表紙が少し折れてしまったノートを取り出し、あの日起きたことをありのまま日本語で記録した。

 最初の日記を読む度に思い出して、自分の平和ボケを反省できそうだ。


 クチャクチャになってしまった落書き帳で、オルランディア語の練習を始めた。読むのと喋るのは困らないけれども、書くことに関しては技術の問題なので、少し練習が必要だった。

 ヴィルさんにお礼状を書くという目的があるため、まずはその文をまともに書けるよう何度も書いた。


 同時に、彼へのお礼の品を選び始めた。

 ヒーローのようなイケメン騎士の話は、侍女トリオの乙女心に刺さりまくり、話は嫌でも盛り上がる。

 当事者であるわたしには極太の矢がぶっ刺さっており、引っこ抜けなくて苦労しているところだ。

 でも、あの抱擁については、まだ誰にも話せていない。


「角の新しいケーキ店が美味しいらしいですわ」

「あ、そのお店ならクッキーも良いと聞きましたわ」

「それでしたら、そこを曲がったところにあるクッキー屋さんも……」


 お礼の品は自分達が貰ったら嬉しいと思う物を、と考え始めた途端、どんどん甘い物方面へと突っ走って行くのは女子のお約束。

 ただ、相手は男性なので、お菓子を贈るにしても内容は良く考えなくてはいけない。そう考えると意外と候補が少なくて、なかなか決まらなかった。


 お菓子の価値が日本と部分的に違うのも悩みの種だ。

 何気なく食べていた何の変哲もないバタークッキーが、実は王家御用達の品だった。

 王家御用達なら仮に普通の味であってもそこそこ高級なのだし、それでいいじゃないかという意見もあるだろう。しかし、自分が「何の変哲もない」と思っている時点で、やはり候補からは除外してしまう。


 食べれば分かる。

 侍女の反応を見ていても、御用達にありがたみこそ感じていても、味に満足している顔はしていない。

 これはわたしの推測なのだけれど、美味しいから御用達になるわけではなく、申請して何かの基準をクリアすれば頂けるお墨付きのようなタイプの「御用達」なのではないか、と。


 ふと思い出すのは、「金賞受賞」とか「最高金賞」と書いてある数々のパッケージだ。今思えば日本のアレらにも、わたしは相当やられて来ている。

 そもそも世界で殆ど知名度のない品評基準で、日本でだけ局地的に名が知れていた。本部がある某国内でも全然知られていないらしい。

 予め定められた基準をどの程度満たしていたかという品質ランクの証明でしかないのに、賞という名称だったところに目を付けた人がいたのだろう。あたかも世界で有名な品評会に出して大変な賞を貰ったかのように勘違いさせてくれた。

 気がつけばそこらじゅうに金賞が溢れかえっていて、ようやくそれが自分の思っていたような賞ではないことを知ったというオチだ。どこかのテレビ局が、その審査基準が不透明だと言って取材をしていたような気もする……。

 イケオジ陛下は大好きだけれど、ここの王室御用達は若干それに似ているところがあり、お菓子の贈り物をする際の参考情報としてはアテにならない。


 こちらの高級菓子の定義も、謎に満ちていて頭が痛い。

 侍女はバターが高いと言っている。しかし、イケ仏様いわく「バター全てが高いのかと言ったらそうではない」とのことだ。もう、なにそれ大混乱。考えるとキリがない。


 もっと思考をシンプルにしなくてはいけないのだと思う。

 値段、ブランド、知名度、その辺りの諸々を、まずは度外視しよう。なにせわたしは外国人だ。この国のことは詳しくワカラナイ。もう、それでいい。

 お菓子を贈るのであれば、自分が「これは美味しかった」と思ったものにしたい。


 「雑誌の広告とかを、もっと見た方が良いかもですね」と言うと、侍女のイルサが何か思いついたように、ポンと手を叩いた。


「リア様、今ひそかに貴族の間で話題になっているナッツのパイがございますわ」


 侍女トリオの目がキラキラした。


「そうですわ! あのお店がありましたわね。有名な料理評論家が褒めている記事を読みましたわ」

「珍しいですし、お値段的にも相応しいですわ」


 ほほう、ナッツのパイですか。

 ナッツのパイというと、スティック状でアーモンドスライスが乗っていて、パリパリサクサクするアレのことですよね?

 確かに美味しいですよね~。

 珈琲にも紅茶にも合うし大好きです。

 パイ好きな男子は多いし、これはナイスアイディアですねっ。


 「四人で試食をしてみて決めましょうか」と提案すると、三人の顔が、ぱぁっと明るくなった。


 執事長に事情を話し、容量が大きなものと小さなものを一つずつお願いすると、早速お使いの人が買って来てくれた。

 薄手のコートがないと寒い陽気なのに、今日は(今日も?)お店の外にはズラリと行列が出来ていたそうだ。


 水色の可愛らしい箱に入った噂のパイは、平たい円形で、思っていたよりもだいぶ大きい。表面にはクラッシュしたピーナッツと砂糖がたっぷりと乗っていて、なかなか甘そうでボリュームがある。

 わたしの知るナッツのパイとは違っていたけれども物は試しだ。お茶を淹れて皆で手を伸ばした。


 むにゅ……っ


 想定外の食感に、頭がひどく混乱した。

 もう、これだから異世界は(泣)

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