第12話:中の人がエグすぎでした
こちらの季節は今、初秋だそうだ。
朝晩は多少冷えるものの、昼間は少し汗ばむくらいまで気温が上がる。
「今日は少し暑いですね」
声を掛けるとオーディンス副団長は頷き、メガネを光らせた。
彼のメガネが頻繁に光る理由は、指で位置を直す癖があるせいだ。そのたびにフチが反射してビカッと光る。外だと陽の光が強く、片合掌した仏像から強い閃光が放たれているようになるのでコワイ。
日課のお散歩は一時間から一時間半ほど。
庭園の噴水広場で休憩をすることが多い。
大きな丸い噴水はフチに腰掛けられるようになっており、お気に入りの場所だ。
そこから庭師の皆さんが丹精込めて育てたお花を見ていると、とても癒される。
「──リア様のおかげです」
彼は午後の眩しい日差しに目を細めながら、唐突にそう言った。
「リア様が微笑んでおられるからです」
「……??」
意味が良く分からず、ぱちくりとしながら彼の目を見ていた。
何の話でしょう?
何がわたしのおかげなの?
メガネの奥に感情の分からないグレーの瞳があった。
この国の人々は瞳の色が皆違っていて個性的だ。しかし彼の無表情は、その瞳の個性すら打ち消してしまう。
無機質感が相まって、彼の瞳がパチンコ玉や砂鉄の集まりに見えてしまうのは気のせいだろうか。危険だから強い磁石の側には近寄ってほしくないのだけれど。
「この大陸の民は、リア様の幸福を分け与えられて生きているのです」
こちらの気も知らず、彼はメガネの縁に指をかけて言った。
またなにか変な説法でも始めたのでしょうか。
今度は何の宗教ですか?
わたし、もう怖いのも面倒くさいのも嫌なのですけど……。
「あの、副団長さま? どうされました?」
「リア様の幸福が私のすべてです。私はリア様のために命を懸け、リア様にすべてを捧げる者です」
へ……?
い、いや、あの……
ぜんぜん捧げなくていいですよ、大丈夫デス。
この人は神薙様至上主義者か何かなのだろうか。
まるで、わたしの信者みたいな怖さがある。
「リア様を
ヒ、ヒエェェ、コワイデス……
彼は呪文のようにそう言うと、トレードマークの銀ブチメガネを外した。
そして、ポケットから取り出したハンカチで軽く顔の汗を押さえると、クルンとこちらを向いた。
こともあろうに、彼は微笑を浮かべていた。
これが動画だったなら、わたしは迷わず『ふぉわぁぁ~』という効果音を挿入しただろう。
鉄仮面が真ん中から割れ、観音開きの間から眩い光と共に、いまだかつて見たことのない笑顔が現れる演出にしたい。
ああっヤバいっ。
わたしは咄嗟に目を伏せ、顔の向きを変えた。
しかし、遅かった。
見てしまった……。
銀ぶちメガネと仏像品質の無機物感で巧妙に隠されていた彼の素顔を。
鉄仮面から覗いた微笑みをッッ!
は、はわぁーーッ!!
ダサいメガネを外して微笑んだ彼は、控えめに言って『激甘兵器』だった。
女子のハートを突き刺して振り回して、何もかも奪い去っていきそうな、とんでもないイケメン兵器だ。
あのグレーの瞳に入ってるのは砂鉄ではない。ましてやパチンコ玉でもない。
あれは多分、何でも焼き切れるレーザーか何かだ。
目を合わせるのは、あまりに危険というもの。
まさかとは思うけれど、あの鉄面皮とペッタリ髪、それから銀ぶちメガネの三点セットは、イケメンがバレないようにするためですか?
陰陽師のように、あの三つが揃うと結界が張られてカタブツメガネに見えるとか、そういうやつですか?
もしも彼の明るいブラウンヘアがサラサラだったなら、そしてあのメガネを常に外していたなら、加えて彼が微笑んでいたとしたなら……。
わたしは、この世界で「くまのぷーさん」ならぬ「鼻血ブーさん」として生きて行かなくてはならないかも。
侍女トリオを見ると、顔を真っ赤にして震えていた。ちょっとわたし達には刺激がつよすぎる。
ここは神薙様の権限により、撤退令を出させて頂く……というか、わたしが逃げたい。
丸腰では彼のフェロモンは防ぎきれないので分が悪いのだ。
皆でズザーーッと距離を取り、身を寄せ合ってプルプルした。
「我々はリア様を笑顔にするために、お側に仕……おや、リア様、なぜそんな所に?」
「い、色々と問題が、ありまして……」
再びメガネを掛けた彼は、いつもの仏像に戻っていた。そして、いつもと変わらぬ閃光を放った。
たぶん彼のメガネは視力矯正用ではなく、表情筋硬直用だ。
「ふ、副団長さま……」
「はい、ナンデショウカ」
ご用件を、ドウゾ。
ピー。
「メガネは毎日、忘れず掛けるのがいいですよね」
「え?」
「いいえ、な、なんでも、ないですっ」
側近護衛が仏像とイケメンの間を行ったり来たりするなんて、ここは一体どういう世界なのだろう。
彼のスッピン(?)を見てしまったせいか、思ったほど会話を増やすことが出来ず、悩める日は続いた。
わたしの目がおかしいのかも知れない。
どうやら彼は意思の疎通が上手く行くと微笑んでいるらしく、顔が菩薩のように変化した。
でも、仏像は仏像だった。
わたしが彼に悩まされている間も、時間は着実にお披露目会へ向かい進んでいた。
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