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第13話:笑ってはいけないのです
◇◆◇
お披露目会へ向け、準備は早々に始まっていた。
二か月以上先の事なのに、ドレスのデザインとか、靴とか、お飾りのことで連日騒いでいた。
喧々諤々と話し合いが行われ、結論が出て「めでたしめでたし」と思っていた矢先にボワッと同じ話題が再燃する。
さながらモグラ叩きゲームのようなリピート地獄は、当日が来ない限り抜け出せないような雰囲気だ。
わたしの衣裳部屋には売るほどドレスが詰め込まれていて、まだ袖を通していないものがほとんどだった。
てっきりその中から『よそ行きのチョットいいやつ』を選ぶだけだと思っていたのだけれども、そうではなかった。
お披露目会のために新しいドレスを作ることになっていて、それが全ての騒ぎの発端だった。
侍女トリオにとっては、腕の見せ所。大仕事である。
ところが着る本人は『もったいないオバケ』に憑りつかれており、作ることに乗り気ではなかった。
「これじゃダメなんでしょうか? 素敵なのに。これとか、こっちのも……」
珍しく衣裳部屋に入った(入れてもらえた)わたしが、新品のドレスの中から一際上品で素敵なものを指差して行くと、侍女が一斉に崩れ落ちた。
侍女長のフリガは壁につかまり立ちをしたような体勢で、肩を震わせながら言った。
「リア様、それは部屋着ですわ……」
彼女は三人の中では一番年上だ。顔に「わたくしが頑張って言わなくては」と書いてあった。
ああ、またやってしまいましたねぇ……。
お恥ずかしながら、わたしはこの世界では重度の世間知らずだった。
そのせいで周りに余計な手間や心配を掛けており、「いつもすまないねぇ」「それは言わない約束よ」と、伝統的なコントに似たやり取りが頻繁に発生していた。
今のわたしは、ただ『服を着てハダカを隠す』という、生きとし生けるものが息を吸うようにやっているフツウのことが出来ないばかりか、侍女がいないと外にも出られない救いようのないおばかさんと化している。
相変わらず部屋着と外出着の見分けもつかない上、謎多きその服の構造は頭が痛い。
一人で選べもしないし着れもしない。
わたしはなんてダメなヤツなのだろう、と落ち込み、夜な夜なベッドの上に服を並べて構造を調べてみたものの、そもそもこちらの世界のドレスは、女性が一人で着ることを想定せずに作られているようだった。
ロボットのような金属製パワースーツに身を包んで戦うヒーロー映画に、主人公がただ突っ立っているだけで全身にパーツが装着されて戦闘準備が整うというカッコいいシーンがあったのだけど、今のわたしはそれに似ている。
天才科学者が考えた装着システムに、侍女はマンパワーで対抗していた。
スウェットの上下にサンダル履きで近所へ買物に行ける世界というのは、控えめに言って天国だった。
この世界、トテモ生きづらいのだけれど、何か月か暮らしていれば慣れて行くのだろうか。
この宮殿の中だけでドレスドレスと騒いでいるのなら良かった。しかし、どういうわけかイケオジ陛下までもが騒いでいた。
こちらに引っ越して来た後、陛下とは一度だけランチをご一緒した。
その際、もし嫌でなければドレスは白地に金の装飾にしないか、と提案された。
神薙様のオフィシャルカラーは『白と金が基本で、たまに紺』と、決まっているらしい。
先代の神薙さんはその辺を全部無視していたそうなので、ガチガチに厳格な決まりではなさそうだけど、わたしは陛下の提案通りで進めることにした。
特にこだわりもないし、そもそも侍女が腰を抜かすほどドレスには無知と来ている。
ふと頭にニッポン代表ユニフォームという単語が浮かび、なんとなくオフィシャルカラーは大事な気がした。
侍女トリオは「おピンクのおリボン」も選択肢に入れたがっていたけれど、第一騎士団の礼装も上下が白で金の装飾だと聞いたので、「合わせた方が締まって良いのでは?」と、やんわり却下させて頂いた。
色が決まった後は、ナントカという国のシルクがいいとか、あれはどうだ、これはどうだと、ことあるごとに陛下の使者が飛んで来ていた。
そして今日、ついに王宮が手配したというファッションデザイナーのマダムが、お弟子さんを大勢引き連れて、わたしの宮殿に乗り込んで来た。
マダムの見た目年齢は、六十歳前後というところ。
その大ベテランは大きな宝石のついた指輪をいくつも付けており、耳にも首にも巨大な宝石をぶら下げていた。
金持ちアピールもエスカレートすると秘境のシャーマンのようになる。
首に下げている石はあまりに多く重そうで、わたしなら夕方には重みで腰が曲がり、一か月もやっていたら腰痛をこじらせてヘルニアになりそうだ。
……というか、ここで成金ぶりを見せつけて何になるのだろう。
わたしが付けている『ほっそい金チェーン』に『ちっさい石』のネックレスが可哀想だ(特注なのに)
マダムについて特筆すべき点はまだある。
どうやってセットしているのか分からないけれども、大きく丸いシルエットのアップヘアが彼女最大の特徴だ。
日本の喜劇でしか見たことがないヘアスタイルが、マダムの赤紫色の髪と相まって、『赤たまねぎ』に似ていた。
強烈すぎる……勘弁してほしい。
しかし、このマダム赤たまねぎ、どうやらここ王都では、相当な有名人らしい。
陛下の服も作ったことがあるそうで、デザインから仕立てまでを全てまとめてお願いできるのが売りだそうだ。
ちらりとお弟子さん達を見た。
高名なデザイナーの弟子ともなれば、さぞ洋服が好きで見込みのある人達なのだろうけれど、なぜか弟子は全員が制服と思しき鼠色の服を着ていて勿体ない感じだ。
そして、色とりどりの髪をおだんごに結っていた。赤たまねぎの弟子は、子たまねぎなのだ……。
宮殿のサロンにこの人達が入って来た時点で、わたしはもう死にそうだった。
恰好は本人の自由だ。好きにやればいい。
でも地球クオリティから大きく逸脱されると、正直しんどい。
頼むから東京に帰してくれと、わたしの心が叫んでいた。
いや、帰れなくてもいいから、この光景の写真を撮って「今から採寸」とコメントを付け、SNSに上げさせてほしい。
「容姿をイジるな」と炎上して個人情報を晒されても、「異世界でこれはキツイ」とコメントしてくれる人が一人でもいれば救われるし耐えられる。
弟子たまねぎ監修のもと、侍女がわたしの採寸をした。
神薙様に触れて良い人は限られている。この特権(?)のおかげで、たまねぎ軍団とは物理的な距離があり、近くで触れ合わずに済む。
わたしが「神薙様でよかった」と思ったのは、これが初めてだった。
今日のサロンは普段と少し様子が違い、大きめのテーブルなど、マダム達が使う物を運び込んである。
わたしは会議用の部屋を使いたかったのだけど、マダム側からサロンを指定されたらしい。
侍女がわたしのイメージやドレスの要望などを伝えると、マダムは用意された紙を前に、目を閉じて精神統一の儀式(?)を始めた。
顔の前で合掌したかと思いきや、頭の上へ持って行き、大袈裟に息を吐き出しながら両手を離して腕を広げる……という動作を何度か繰り返している。
「フゥゥゥゥゥ…スゥゥゥゥゥ……フゥゥゥ……シュゥゥゥゥ」
わたしのサロンで変な呪術は、おやめください……。
成金シャーマンが全力で笑わせに来ているのに、今、わたしは声を出すことができない。
予期せず始まった『笑ってはいけない』の苦行に、わたしはティーカップを手にしたまま固まった。
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