第14話:笑えないマダム赤たまねぎ
フースーフースーと音を立てながら、謎の儀式に励むマダム赤たまねぎ。
その後ろで呼吸を合わせる弟子たまねぎ達。
我が家のサロンは赤たまねぎ軍団のせいで、異様な雰囲気に包まれていた。
瞑想とかヨガがやりたいのなら他へ行ってくれまいかと言いたいところだけど、諸事情あって今は言うことが出来ない。
わたしの前には背の高い特殊な衝立があり、赤たまねぎ軍団からは姿が見えないようになっていた。
それはマジックミラーのようになっていて、わたしからは皆の様子がハッキリ見えている。衝立は木製なので不思議な感じだ。
わたしはこの場にいないことになっていた。
神薙様はおいそれと平民の前に姿を現さない存在だからだった。声を聞かせるのも良くないとのことで、迂闊に喋ることすらできない。今日は『お口にチャックの日』である。
マダムはくわっと目を見開くとガラスペンを掴み、紫色のインク瓶にドボンと浸した。
そして「ハアッ!」と、甲高い掛け声を上げると、狂ったようにデザイン画を描き始めた。
固唾を飲んで精神統一の儀式を見守っていた皆の上半身が前に傾く。マダムの手元に視線が集中していた。
わたしは可笑しいやら日本に帰りたいやらで、今にも滝のように流れだしそうな涙を必死にこらえた。
てっきり今日は、おやつのマロンケーキと紅茶を頂きながら、並べられたドレスの中から好きな物を選ぶのかと思っていた。
ところが蓋を開けてみたら、目の前に妙なスクリーンは置かれるわ、喋るなと言われるわ、ドレスの代わりに赤たまねぎ軍団は来るわ……。
予想と現実とのギャップが激しすぎてついて行けない。
しかし、「今日はドレスの商人が来ます」「退屈しないように栗のケーキがありますよ」と言われて、勝手に解釈を誤ったわたしが悪い。
そもそも既製の服しか買ったことがないので、フルオーダーのドレスが出来上がるまでの手順が良く分かっていなかった。
アパレル業界のことは全然知らないけれども、少なくとも日本のデザイナーさんは自分のオフィスで仕事をしていると思うし、仕事を始める前に変な儀式もしなければ、客先で「ハァッ!」とは言わないだろう。
わたしがティーカップを唇に付けたままポカーンとしている間にも、デザイン案は次々と出来てゆく。
サロンには机や衝立などと一緒に掲示板のような木製ボードも運び込まれており、出来上がったデザイン画を弟子たまねぎ達が押しピンで貼っていた。
横並びで貼られたデザイン画は五枚。
わたしがいる位置からも見えるようになっていた。
大体どれも似たり寄ったりで、色やパーツごとのデザインが多少違う程度のようだ。
どうやらマダムは、わたしのウエストを思い切り締め上げ、大胆にオッパイを半分ぐらいバイーンと放り出させ、布面積を極限まで減らしてハダカ同然の格好をさせたいらしい。
全パターン、ほぼハダカ。
わたしのお披露目会を、裸祭りかストリップと勘違いしている可能性が高い。
そもそも『白地に金装飾の清楚なドレス』と注文しているにも関わらず、色指定が黒と紫と赤なのは、どういうこっちゃい?
侍女はそれらを見ながら、意見を言い始めた。
「これは先代様が着ていたようなドレスですわね?」
「わたくし達の神薙様は、こういったドレスはお召しになりませんわよね」
「色も指定のものと違いますわ」
「もっと清楚なものでなくてはいけませんわね」
わたしは一人でウンウンウンと頷いていた。
ところが、マダム赤たまねぎは「神薙様のドレスとはこうあるべきなのです。わたくしのような経験豊富なデザイナーは、神薙様を最も美しく見せる術を熟知しております。わたくしの言う通りにするべきかと」と、グイグイと侍女を押し返す。
長く生きているのも経験豊富なのも尊いことなのだけど、この赤たまねぎは思った以上に辛口だ。
離れた位置から見ているだけで、目がしみてショボショボしてくる。
しかし、赤たまねぎの三分の一くらいしか生きていない侍女トリオも負けてはいない。
ヒト族名家の貴族令嬢である彼女たちは、商人の赤たまねぎよりも、ずっと身分が高い。
三人の今日のミッションは『神薙の代わりに商人と話をしてドレスを注文する』というものなので、職務としてにこやかに接しているけれど、内心は穏やかではないはず。
「このたまねぎクソババア」ぐらいに思っていても不思議ではないのだけれど、あくまでも上品に「わたくしどもの神薙様は露出を好みません」と、赤たまねぎに食らいついていた。
やめておけばいいのに「この小娘が」とでも言いたそうな顔で、彼女たちを睨みつける赤たまねぎ。
鼻息を荒げ、神薙様にはこれがいいのだ、こういうものなのだから、と主張を曲げない。
なまじ陛下の服や、先代の神薙のドレスを作って来たからだろうけれど、うちのサロンの高い高い天井をもぶち抜きそうなほど、マダムのプライドは高かった。
なんだか面倒くさいことになってしまいました……。
それにしても、ハダカでお披露目はちょっと困りますねぇ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。