第26話:はじめてのお買い物です

 初めての外出とあって、第一騎士団は緊張の面持ちで警護にあたってくれていた。

 「何があるか分からないから」という理由で、今回は侍女の同行が見送られ、護衛の騎士が左右に一人ずつ、後ろに四人、さらに斜め前方に二人付いている。

 一応お忍びなので皆さん私服で来てくれているのだけれど、さすがに八人に囲まれているとお買い物はしづらい。


 わたしはお買い物デビューをさせて頂けるのでしょうか。

 文具店に行きたいのだけど、もしや、この八人を引き連れてお店に入るのでしょうか……。

 お店に入る時は、どうすればよいのだろう??


 お小遣いとして現金を少しだけ持って来ていた。

 ただ、このままおとなしくしているとお買い物のチャンスを失いそうだ。

 ここは勇気をもって行動に出ることにしよう。


 この王国に来て初めてお財布を手にした記念すべき日だ(無一文になったからお財布が必要なかったのよ……泣)

 必要としているのは、日記帳と落書き帳のような罫線のないお安いノートのみ。それ以外は国からの頂き物で全て事足りているので、ウィンドウショッピングとさせて頂く。

 民の血税から頂戴した大切なお小遣いなので、贅沢は禁物だ。


 善良なるオルランディアの皆さま。

 どうかこの一文無しの神薙に、日記帳と落書き帳をお与え下さい。そして「はじめてのお使い」を経験させてください。

 お願いします、お願いします、お願いします。


 よし。


 せっかく早起きして、お札と硬貨を全部見て覚えたのだし、ここは開き直って好きに動こうではありませんか。

 わたしが不満げな顔で帰ったら、宮殿の皆が余計に心配してしまう。行動あるのみです。

 いざ!


「ちょっと、すみません。お店を見て来ますね?」


 右側を固めていた騎士様に声を掛け、堅牢な警護の壁をバリっと崩すと、外界に出た。


 ああ、久々のシャバですねぇ……


 その勢いであちこちの店を覗き、日本にいた時のようにウィンドウショッピングに興じた。

 やればできる子である。

 どうやら、ちゃんとお忍びで来たヒト族の貴族令嬢に見えているらしい。どのお店も店員さんの感じが良く、外国人だと分かると、なおいっそう詳しく説明をしてくれた。


 素敵な文具店を見つけたので入ってみると、親切な店員さんが日記帳のコーナーに案内してくれた。しかし、置いてある商品はハードカバーの立派なものばかり。日本でもよく見かける小さな鍵付きの日記帳や、魔法でがっちりロックする物まで、どれもビックリするほど高価だった。

 わたしの場合、ごく普通のノートで十分だった。なにせ日本語で書いてしまえば誰も読めはしないのだ。立派な鍵は必要ない。


 A6サイズほどのノートを選んだ。ピンクのマーブル模様が可愛い。さらに落書き帳二冊を加え、レジでお会計をしてもらった。

 思っていたよりスムーズに支払いが出来たし、初めてのお使いにしては上出来だと思う。

 さすが貴族御用達の文具店だ。買った物を入れてくれる紙袋もオシャレだった。


 その後、帽子のお店とお飾りのお店、それから靴屋さん……と、五店舗ほどを巡り、元の大通りに戻る。

 護衛の人達から少し距離が出来ていた。人でごった返しているので、全員でずっと同じ場所にいるというのも少々難しい状況だ。

 ちゃんと付いて来てくれているのだろうけど、わたしが動きやすいよう少し距離を取ってくれたのかも知れない。

 そこで、ふと気が付いた。


 これはもしかして、久々の「おひとり様」ではないでしょうか?


 この世界に来て以来、それなりに自由にはさせてもらっているものの、ずっと側に人がいる生活だった。

 それが、たった今、誰も居ない。

 完全なるフリー。

 自由って素敵♪


 面倒を見てくれている皆に対して多少の罪悪感はあるけれど、やはり長年の習慣もあって解放感の方が勝ってしまう。

 楽しかった散策が、さらに楽しくなった。やはりウィンドウショッピングは自由気ままが一番楽しい。

 自分の行きたい時に、行きたい場所へ、風のようにフワッと行きたいのだ。わたしは上機嫌で歩き出し、興味のあるお店を次々と見て行った。


 しばらくすると、これまで見てきた貴族向けの店では決してやっていなかった「呼び込み」をやっているお店がチラホラ出て来た。

 お上品な扇子屋さんの隣にある靴下屋(?)で「一時間限りの値引きだよ! 表示価格からさらに安くしますよ!」と、元気な女性が客を呼び込んでいた。

 呼び込みを避けるようにして、そそそっと扇子屋さんに入ると、店主が「うるさくて申し訳ございません。なにぶん外れなもので」と言った。

 どうやら貴族街と呼ばれるエリアは、この辺りまでのようだ。


 歩き始めてまだ一時間程度だったので、自由で楽しい時間が終わってしまうのは寂しく感じた。

 そこで思いついたのは、横道の散策だ。

 これだけ賑わっている王都の大通りだから、きっとその周辺にも隠れた名店があるに違いない。

 わたしは文具店の紙袋をぶんぶん振りながら、満面の笑みを浮かべて横道に入った。


 ところが、わたしに声を掛けて来たのは素敵なお店の人でも、呼び込みのお姉さんでもなく、ガラの悪い男達だった。


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