第二章 出会い

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第25話:出かけて来いと言われてしまいました

◇◆◇


 「健康を害する前に、どうか外へお出かけください」

 そう言い出したのは執事長だった。


 ヒキコモリ感は確かにあった。

 ここに来た当初は仏像様が説法を始めて大変だったし、その後は赤たまねぎ事件を経てドレス作りでバタついていた。

 ただ、それを踏まえても少々お家にこもり過ぎだとは思う。

 引っ越して来てから、外出したのはたった一度。それも王宮へ行っただけ。

 敷地内での散歩はしていたので決して運動不足や不健康ではないのだけど、本を読んでは眉間に皺を寄せてウンウン唸っていたので、「外へ行って来い」と言いたくなるのも分かる気がした。


 相談の結果、商人街と呼ばれる商業エリアの中でも、高級志向な店舗が建ち並ぶ区画、通称「貴族街」へ出かけることになった。


 この王国では身分を問わずビジネスチャンスがあるらしく、様々な人が商売をして生計を立てている。

 天人族向けの高級店から、ヒト族向けの庶民的な露店まで。いわゆるピンキリの世界がそこにはある。


 王宮近くが貴族街、王宮から離れて行くにつれて、庶民的なお店が増えるそうだ。王宮から放射線状に広がる大きな街道沿いの商店街が最も賑わっているとか。

 貴族街は非番の騎士なども買い物に出ているので、まあまあ治安が安定しており、土地勘のない初心者が街歩きデビューをするには良さそうだ。

 仮に慣れない通貨で会計時にモタついたとしても、裕福な人達はレジが並んでいるくらいでは文句を言わない。「金持ち喧嘩せず」の法則は世界が違えど同じらしい。

 それなりにスリや引ったくりなどはあるらしいけれど、護衛もいるので油断せずに歩けば大丈夫だと執事長は言った。


 久々に馬車に乗って、お出かけだ。

 ずっとニンジン持参で厩舎へ通っていたせいか、お馬さん達が「今日はないのか?」という顔で手元を見ていた。ゴメンネと謝りながら馬車に乗り込む。


 パッカラ、パッカラ……


 馬車はのんびりと王都の中心街と向かって行った。

 パッと見、ママチャリの方が速そうなのだけれど、ここを自転車で疾走するのは勿体ない。この街の雰囲気には、お馬さんの速度がしっくり来る。


 窓の外には、様々な年代の建物が建ち並んでいた。

 新しくて背が高くモダンなビル、重厚なレンガ造り、そして古き良き時代の石造り……。新旧ごちゃ混ぜ感とツギハギ感の間に、建てた人や暮らしている人の個性が溢れ出ている。

 わたしはもともと古民家など古めかしい物や歴史を感じる物に興味がある。この王都のモダンとレトロが絡み合う雰囲気は大好きだ。

 街道沿いには、一階が店舗になったアパートメントが多く、店舗の外壁は色とりどりに塗装されていた。店先やベランダには花を植えたプランターや植木鉢が置かれていて、街は華やかで活き活きとしている。絵になる素敵な街並みだと思う。

 ここが日本と飛行機で行き来できる場所だったなら、どんなに良かっただろう。


 王宮にほど近い場所で馬車を降りた。

 そこからは自由にお散歩だ。

 高級そうなお店のショーウィンドウをチラチラと横目で見ながら歩いていると、左にいたオーディンス副団長が声を掛けて来た。


「あちらが王家御用達の宝石店です。お買い物にちょうど良いですよ」


 見慣れない私服姿の彼と宝石店のショーウィンドウを見てみる。すると、ぎょっとするほど大きなルビーやエメラルドのアクセサリーが「どうだスゲーだろう」と言わんばかりに鎮座していた。

 どこらへんを見て「ちょうど良い」と言ったのかが気になる。


「ス、スゴ、スゴイ、デス、ネー……」


 高級品に対するリアクション能力がゼロで自己嫌悪に陥りそう。何かしら気の利いたことでも言えれば良いのだけど、勉強不足で上手い言葉が出て来ない。

 「プチプラしか勝たん」が正義だと思っているけれども、今度、侍女長にこういう時のナイスリアクションを教えてもらおう。


 神薙様は平民の前には滅多に姿を現さないので、今日はお忍び用の変装をして来た。

 侍女長いわく、コンセプトは「ちょっと裕福な庶民の変装をした貴族令嬢の変装」とのことだった。変装が二重にかぶさってきて、ややこしいことこの上なし。要は庶民風貴族の装いだ。


 いつもより幾ばくか地味目のドレスを用意してくれていたものの、それはあくまでも侍女目線のものであり、わたし目線だと結構ハデな方だ。オレンジ色のヒラヒラでフリフリ。今日も可愛らしい「おリボン」が付いている。

 周りを歩いている女性たちもフリフリの可愛らしいお洋服を着ている人が多く、幸い街中で浮いてはいない。

 お花で飾られた明るい街並みだからか、それとも富裕層が行き交う貴族街だからなのか、道行く人々も華やかな装いだ。

 王都は砂埃の舞う日が多いらしく、汚れから髪を守る目的で薄手のヴェールやストールを掛けて出かける女性が多い。

 わたしの場合、ホコリ避けもさることながら変装の一環として髪を隠すため、ドレスと同系色のヴェールを掛けてもらった。

 イケオジ陛下のお城と大宮殿も見えているし、コスプレをしてテーマパークをお散歩しているような感覚に近い。


 少し気になることと言えば、周りを取り囲む護衛の物々しさ、でしょうかねぇ……。


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