第24話:真実を教えてもらいました
「わたし、てっきり前の神薙さんと旦那さん達は、愛情があって一緒にいたのかと思っていましたが、少し違うみたいですね」
苦笑しながら言うと、彼は少し沈黙した後、重い口を開いた。
「先代の神薙にとって、夫は搾取の対象でしかありませんでした」
「財産目当てということですか?」と訊ねると、彼は頷いた。
以前、宰相が見せてくれた先代神薙の財産リストには、思いつく限りのアレやコレが記されていた。
ワイナリーやら牧場やら鉱山やら、先代は大変な財産をお持ちだった。ただ、わたしが見たリストは、国から提供された財産の一覧だ。つまり、百人以上の夫から搾取していたものは、別にあるということだった。
眉をひそめ、「国からあんなに沢山もらっていたのに、足りなかったのでしょうか」と言うと、彼も同じように眉をひそめた。
「しかし、夫たちも後継ぎを得ることや、神薙が持つ権力が目当てです。ヒヨコと卵のどちらが先だったのか、どちらの方がより打算的だったか、その判断は難しいところです」
ナルホド。
どっちもどっちというか、ある意味では似たもの夫婦だったのかも知れない。
「この著者は、神薙が退位すると同時に彼女の側を離れ、本を出版しました。在位中からコツコツと準備をしていたわけです」
彼は本の内容をざっくり説明してくれた。
神薙は『生命の宝珠』と権力をエサに、天人族をゆすっている。彼女は悪女なので、弱みを握るなどして、対等な関係に持ち込むべきだ。では、その弱みとは何なのか。
著者はそう語りかけながらも、自分が体験したことをただ暴露するだけで、その結論については何も触れられていないらしい。
「この手の本は、価値があるように見せかけて数を売ることだけが目的です。事実と虚偽を織り交ぜ、人の好奇心を煽る内容に仕立ててあります。中身は希薄極まりない。あなたが読む価値はありません」
彼は感情のない顔で言った。
本が売れれば、神薙に搾取された財産を僅かでも取り戻せる。著者は生活のために書いていた。
そして神薙論は、めでたく天人族向けの本の中で昨年のベストセラーになったそうだ。
それだけ関心が高いということなのだろう。
「お披露目会に来る方は、わたしもこういう人だと先入観を持っているわけですねぇ……」
「それは否定しませんが、一目見れば過去の神薙とは違うことは分かります」
「あー、先代さんはマダムがデザインしたドレスを着ていたのでしたね」
彼は頷くと、「あなたと先代は何もかもが違います」と言い、「ドレスに限った話ではありません」と付け加えた。
「リア様は愛する男と一緒になり、民のために微笑んでいることだけをお考えください。私がそれを全力でお守りします」
「ありがとうございます」と、口角を上げてみたけれど、上手く笑えたかは自信がなかった。
その晩、この世界に来てから初めて寝付けず、夜中までジタバタした。
神薙論は一応最後まで読んだ。
終始下品でビッチな神薙に振り回される可哀想な夫が、嘘か本当かよく分からない暴露をしているだけだった。
拾い読みで見つけた部分と、オーディンス副団長が教えてくれた概要以上の収穫はなかった。
二代以上前の神薙の夫が書いた本も数冊読んてみたけれど、どの神薙も天人族を弄び、搾取をしていた。
少し屈んだだけでも胸が丸見えになるドレスと、今わたし達が作ろうとしているドレスを比べたら、違うのは一目瞭然だった。ただ、格好なんてどうとでも出来る。ドレスが違うくらいで全員の先入観を払拭するのは難しい気がした。
「絶対にビッチだ」と思っている人達に向かって「違います」と言っても、まず信じてもらえない。
不思議なことに、証拠や根拠のある事実や真実よりも、悪い印象を持たせる情報の方が人を信じさせる強い力を持っているのだ。
文字になって広がり浸透すると、その悪い印象を払拭するには気の遠くなるような時間と、飽き飽きするほどの繰り返しが必要になる。
一番恐れているのは、わたしをビッチだと思い込んでいる人が、王宮でのチェックを通過してお見合いまで進んで来ることだった。
神薙って、何なのだろう。
生きていくために引き受けざるを得ない役目だった。願わくは褒めてもらえるような人でありたい。
ただ、「良い神薙」の定義は、「良い自分」とはイコールで繋がらない可能性が高い。
良い神薙とは、男性なら誰でもウェルカムで、途方もなくセクシーで、朝から晩までイチャイチャ出来る体力があり、そして性欲以外は無欲な人を指すのではないだろうか……。
そういう意味では、マダムの言う「神薙のドレスとはセクシーであるべき」という意見にも一理あるということだ。
では、わたしはどうなのか。
歴代の神薙に比べたら無欲に近いかも知れない。なにせ、生きるのに牧場や鉱山を必要としないし、夫から財産を巻き上げることにも興味がない。
しかし、こと「そっち関係」への積極性が低く、大変申し訳ないけれど、人選ミスだと言っても過言ではないほど保守的な気がした。
そっちのことばかりは、頑張っても褒めて貰えないかも知れないし、頑張ることすら出来ないかも知れない。
それ以降、ドレスづくりを進めながら、部屋で本を読んでは物思いにふける日々を過ごしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。