第27話:変なオジサンに絡まれています
うわー、ついてないです……。
大きな図体にビール樽のようなオナカをした中年男性と、その取り巻きといった風体の四人組は、わたしが普段見慣れている騎士様達とは決定的に何かの種類が違っていた。
「いよう、姉ちゃん、お一人です、かぁ~?」
だらしない樽のようなオジサンは、真っ昼間なのにひどく酔って陽気だった。アルコールで上気した肌が脂でテラテラと光っている。これは多分、昨日の晩から飲みっぱなしの人だ……(最悪です)
何が、お一人ですかぁ? だ。
お一人どころか、護衛の騎士様が八人もいて大変ですよぉ。
そう思った瞬間、はっとした。
そういえば、護衛の人達は?
来た方向を振り返ったけれども、一人も姿が見えなかった。
あっ……
まさか、まさかまさか!
わたし……、やらかしています?
もしかして、彼らが距離を取ってくれていたのではなく、わたしが勝手に一人ではぐれていた?
血の気が引いて変な汗が出て来た。
神薙様が自らトラブルを起こすという、よろしくないシナリオが、今ここで起きてしまっているかも知れない。
あああ、どうしましょうっ。
樽腹のオジサンが、ニタァと口を開けて笑うと、上下の前歯が一本ずつ欠落していた(きゃーっ!)
はあぁぁっ。
これは無理なやつですぅ。
逃げ出したかったけれど、怖くて足が思うように動いてくれず、じりじり後ずさりをした。
「俺たちォ~、楽しマせてくれンだ~なァ~? あァ?」
ろれつが回っていないですし、ちょっと何言ってるか分からないのですが……。
怖い、気持ち悪い、無理、本当に無理、絶対にムリ。
さっきまで綺麗に晴れていた空が、急にどんよりと曇って来た。せめて空くらいは晴天をキープして応援してほしいのに。
どうしましょう……
ああ、どうしましょう……っ
わたしが宮殿に閉じこもって読みあさっていた本には、「神薙の身分は強いて言うなら国王と同位」と書いてあった。
もし、ここでわたしが攫われたり怪我をした場合、あの八人の護衛や、外出を提案した執事長、変装させた侍女トリオ、馬車を出した御者などなど……お世話になっている周りの人達が罰を受ける可能性がある。
ここは「逃げる」一択だ。
何が何でも無事に護衛と合流して帰らなくては!
「お断りいたします。急いでおりますので。ではっ!」
踵を返し、来た道を走って戻ろうとした。
ところが、後ろを振り返る前に樽オジサンに手首を掴まれてしまった。予想もしていなかった強い痛みが右手首を締め付け、助けを呼びたくても痛すぎて声が出ない。
信じられない。普通こんな力で掴まないでしょ。バカじゃないの? と思ったけれども、ようやく絞り出せたのは「うう~っ」という情けない呻き声だけだった。
更にその手を上に持ち上げられ、手首から先をもぎ取られたのかと思うような激痛で悲鳴をあげた。
握力測定器と間違えて握っているとしか思えない力の入れようは、手加減も何もあったものではなかった。
「俺がァ、きもちよォくしてやるゥ、ぜっ」
さっきより距離が近くなった樽オジサンは、ゴキゲンでそう言った。
まともな力加減で手も握れない人が、気持ち良さを語ってはダメでしょと、心の中でツッコんだ。
「離してください!」
「姉ちゃン、声モいいネぇへ、ヒック……」
楽しそうだった。
わたしのお腹の中は、怖さと悔しさと情けなさと腹立たしさ等々、色々なものが混ざり合いグラグラに沸き上がったり凍り付いたり大忙しだ。
人の怒りは通常六秒で頂点に達し、そこから先は緩やかに下がっていくと聞いたことがある。その六秒間だけ我慢出来れば良いと聞いたので、腹が立った時は六秒カウントを取ることにしていた。
しかし、今回ばかりはカウント四のあたりで間違えに気がついた。自分の身が危ないというのに、ここで我慢して良いわけがないのだ。逃げるために出来ることは何でもする、悪あがきでも何でもいいから頑張るのが正解だろう。
左手に持っていた文具店の買い物袋を、彼の顔めがけて振り回した。ただ、なにぶん外も中身も紙なので頼りない。グシャっと乾いた音がしただけで、何のダメージも与えられなかった。
思っていた以上に恐怖と痛みで体が強張っていて、手もイメージ通りには動いていなかった。
買い物袋はあっと言う間に弾かれ歩道の端に飛んで行くと、メショ……と、情けない敗北の音を立てた。
途方もなく手首が痛かった。
抵抗しようと右腕に力を入れたものの、ビクともしないどころか、かえって痛みが増した。
彼らの笑い声が癇に障る。
悔しさのあまり、わたしの視界は徐々に涙で滲んで行った。
死ぬ気で思い切り叫んだら、大通りまで聞こえるだろうか……。オーディンス副団長なら気づいてくれるかも知れない。やらずに後悔するより、やって後悔しようと考えた。
ノドを潰す覚悟で力の限り大声を出すべく、思い切り息を吸い込んだ時だった。
「その令嬢に何をしている」
大通りを背に立っていたわたしの後ろから、男性の声がした。樽オジサンの動きがぴたりと止まる。
もしかして、護衛の騎士様が誰か気づいて来てくれたのだろうか。
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