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第19話:イケメンすぎて困ります

 「今日も図書室へ行かれますか?」と、オーディンス副団長が聞いてきた。頷くと、彼はすっと手を差し出した。

 マダム赤たまねぎに塩を撒いて以来、彼はまるで憑き物が取れたかのように微笑んでいた。無機物の仏像から半分以上イケメンが出て来てしまっている。


 あの塩、彼の鉄仮面を溶かす成分でも入っていたのでしょうか……。

 イケメンを封じていた結界が壊れかけているので、どなたか陰陽師を呼んで頂けませんか? このままでは白虎の門が開いてしまいます。

 こちらに封印されている彼のフェロモンは生物兵器です。結界が破れると、王都に生物学的災害が起きてしまいます。

 こんなキラキラを飛ばして来るイケメンに町が支配されたら、もう何で戦えばいいのでしょう。武器を持ったとしても、一体どこを狙ったら倒せるのか……。

 ヘッドショットですって?

 いやいや、そのヘッドが問題なのですよ。攻撃力が強すぎて直視できないのですから。

 それにしても、この世界のセーブポイントはどこにあるのでしょう。これから死ぬかも知れないので、ここまでの状態を一旦記録しておきたいのですけれども……。


 ああ、何を言っているのでしょうか、わたしは。

 少し落ち着……


 目が合った──


 ごめんなさい、やっぱり無理です。

 ちょっとイケメンすぎるのですよ。

 もう助けて、わたしまだ死にたくないです。


「リア様、こちらをお持ちくださいませ」


 侍女長のフリガがわたしの手に何かを持たせてくれた。

 神薙様の素敵な防具『フリフリのお扇子』である。


 はああぁッ、グッジョブです、フリガさんっ!!


 外国の方からお土産で頂いたという白いレースが貼られたお扇子は、宰相からのプレゼントだ。

 ゴージャスな舶来品を防具として使うなんて少し贅沢すぎだとは思うのだけれども、これ以上ない力を発揮してくれるので手放せなくなりそうだ。

 某有名RPG風に言うと、現在の勇者リアの装備品は、『ごうかなドレス』と『いこくのせんす』だ。ちなみにラスボスは微笑む副団長である。

 イケメン光線にやられそうになったら、サッとお扇子を広げて隠れましょう。


 「リア様、なぜ毎日のように図書室へ行かれるのですか?」と、彼が聞いて来た。

 このエムブラ宮殿に来て以来、連日セッセと図書室へ通い詰めているからだろう。

 ここにいると、自分がとても非常識な人間な気がして不安で仕方がないという、それだけの理由からだった。世界をまたいだ者にしか分からないであろう深い深い悩みである。


 わたしはこの国の歴史を知らないし、文化にも馴染みがない。当たり前の習慣や常識を知らないし、法律だって分からない。道に迷ったら二度と戻って来られないレベルで地理に疎い。地名を含む固有名詞の知識が破滅的に欠落している。

 このような状態にも関わらず、成人として生きている恐ろしさたるや……(泣)

 もちろん急に何もかも分かるわけがないのだけれども、それが原因で何か起きてからでは遅い気がした。


「環境が違いすぎて、時間と共に積み上げる類の常識がないので、不安と言うか……」


 わたしがそう言うと、彼はフッと笑って「そんなことは周りに任せておけば良いのですよ」と言った。

 微笑に多少慣れて来ても、ふとした時に現れる笑顔は強敵だ。


 机で台帳を広げ、目当ての本が置かれている棚を探してくれている司書さんが、汗を飛ばしながらお扇子でイケメンに応戦しているわたしを見て、「何してんだろ?」という顔をしていた。

 わたしだって好きでこんなことをやっているわけではないのです(涙)


 

 この屋敷の図書室は大きい。

 入り口こそ一階にあるものの、中は四階あたりまでぶち抜きになっていて、膨大な数の本が詰め込まれている。

 わたしが引っ越して来た後、陛下のはからいで大量の本が追加され、専属司書さんも来てくれた。

 内装もインテリアも、日本の図書館が到底太刀打ちできないレベルで素敵だ。


 イケオジ陛下と部下の皆さんは、何かと抜かりがない。

 巷で人気の恋愛小説も追加してくれたし、わたしが図書室に入り浸っていると知るや否や、新書の定期便も出してくれるようになった。どうやらこれから、続々と話題の本が届くらしい。

 新聞や雑誌を探していたところ、定期購読の契約もしてくれたらしく、そちらもドッサリと届くようになった。

 大変な過保護っぷりだ。

 新聞と雑誌はサロンに置いてもらい、小説など娯楽にあたるものはお部屋へ持って行って寝る前に読んでいた。

 昼間わたしが図書室でじっくりと読むものは、外に出ても恥ずかしくない人を目指して読む本だ。


「二階の東側、十五番の棚になります」


 探し物が見つかったようだ。

 司書さんから棚の場所を聞き、階段で二階へ向かった。


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