第18話:すべて見られていました
顔がカーっと熱くなった。
いつの間に後ろの扉が開いていたのだろう。
「リア様、もうそのへんで、よろしいかと」と、執事長が言った。
「ハイ……、ごめんなさい……」
彼は遠慮がちに優しく声を掛けてくれていた。
いつも超がつくほど真面目顔で、バリバリに仕事ができるシュッとしたオジサマだ。しかし、笑い過ぎてキャラが崩壊していた。
彼は「赤たまねぎですか」と呟くと、ブフッと吹き出し口を押さえた。押し殺すように肩を上下させ、「ふふっ、赤たまねぎ」と反芻してまた笑っている。
ぜ、ぜんぶ見られていた……(泣)
心の中だけで留めておくべきだった。
穴があったら入りたい。
隙を見て逃げ出したい。
今すぐ死んだふりがしたい。
「お行儀が悪くてゴメンナサイ。出ちゃダメって言われてたのに出ちゃったし、喋っちゃったし……」
恥ずかしいやら、申し訳ないやらで、ちっちゃくなってしまう。今回のドレス騒ぎは軽くトラウマになりそうだ。
オーディンス副団長が近づいて来て、粗塩が沢山ついたわたしの手を取ると、ヒクリと不機嫌そうに顔を引きつらせた。
またこの仏像様に「
「こんなものに触れて、あなたの手が荒れるのは耐えられません」
ご機嫌斜めの彼は、そう言いながらパタパタと塩をはたいてくれた。思わず彼の顔を見上げてしまう。しかし安定の仏像だった。
彼はわたしが手にしていた小さな塩の壺を見下ろし、いつものようにメガネをくいっと直した。
「これは何か特別な塩なのですか?」
「いいえ、わたしの国では塩に清めの力があると言われていまして……」
「ほう、それは興味深いですね」
彼は片方の手袋を外しポケットに入れると、壺を手に取った。ひとつまみすると目の高さまで持ち上げ、しげしげと塩の粒を観察する。
しばらくすると何か納得したように、「ふむ」と言った。
「私もその教えに従いたいと思います」
「へ?」
「作法はさきほど拝見しましたので」
「え、ええと……、副団長さま?」
彼はおもむろに壺に手を突っ込み塩を掴むと、一歩前に出た。
ま、まさか、撒く気ですか?
彼は、スウッと息を吸い込むと、思い切り塩を撒いた。
「不敬だぞ、赤たまねぎ!!!!」
すぐ近くで発せられた大きな声に、耳がキーンとなる。
わたしが撒いたよりも広範囲に塩が撒かれ、彼は塩まみれの手をはたきながら、それを眺めてウンウンと頷いていた。
「リア様」
「は、はいっ」
「この儀式は心の清めにもなるようですね。非常にスッキリしました」
いつも無表情の彼が半笑いでそんなことを言う。もう笑わずにはいられない。思わずぶっ!と噴き出し、「そうですね」と答えた。
身を寄せ合って笑うのをこらえていた侍女トリオもいよいよ耐え切れなくなり、弾けたように笑い出した。
彼の人間らしい一面を見たのは初めてのような気がした。
わたし達が塩を撒いている間に、サロンはいつもの状態に戻っていた。
ソファーに腰を掛ける。すぐに侍女とメイドが飛んで来て、小さなテーブルに温かい紅茶と一口サイズの焼き菓子が置かれ、膝にブランケットがかけられた。
安定の過保護っぷりに「ありがとうございます」と声を掛ける。
使用人や騎士に敬語を使うなとか、敬称をつけて呼ぶなとか、何度も言われているけれど、どうもそれが出来ない。どんどん過保護になって行く皆と、恐縮して丁寧になって行くわたし。この永久循環で脱敬語なんて絶対に無理だった。
「皆さん座って頂けますか? ドレスのことで、ご相談があります」
さあ、作戦会議をいたしましょう。
マダムを追い出してしまった以上、自ら動かなければドレスは手に入らない。
お披露目会は大切なイベントだ。
国王が主催者だという時点で普通ではないけれど、とにかく参加者が多い。わたしが予想していた人数と、実際に参加が見込まれている人数ではケタが違っていた。数十人かと思っていたら数百人だったのだ。
全ての来客とゆっくり会話をする時間はない。その割には、人生を大きく左右する可能性がある催しだ。
自分を良く見せすぎて過度な期待をされても困るし、全く興味を持ってもらえないようでも困る。
今の自分に定まっているものはというと、「神薙であること」この一つだけ。図々しくも税金で面倒を見て頂いている身だ。
旦那さんになる人次第で、変わることが多いような気がしている。何もかもどうとでもなるのが今のわたしだった。
一人一人とお話をする時間がないのなら、見た目で「そういう感じの人なんだね」と分かってもらえるようにするしかない。
つまり、ドレスはとても重要。
シンプルで露出の少ないものが良い。
まず、ドレスが完成するまでの工程を確認した。
マダム赤たまねぎはデザインから販売までの全工程を自分の工房でやっている。これは、王都ではかなり新しいビジネスの形態だそうだ。
通常、デザイン画から型紙を起こす作業はパタンナーが担当する。これはデザイナーの工房でなくとも出来るらしい。
そもそも王都には、デザイナーの店、パタンナー店、それからお針子さんを大勢抱えている仕立屋さん、というように職人が経営する専門店が軒を連ねており、貴族はその工程ごとにお気に入りの職人に頼んで服を作っているそうだ。
ただの絵であるデザインを、現実的な服にできるかどうかは、パタンナーの腕次第。ドレスが期日に間に合うかどうかは、仕立屋の腕と工程管理次第だということが分かった。
餅は餅屋に任せろ、だ。
皆と相談の上、キャリアを問わずデザインを募集することと、募集している間に仕立てまでの業者探しをすることを決めた。
皆は反対したけれど、一応マダム赤たまねぎの工房にもデザイン公募の声を掛けてもらうことにした。キャリアを問わないと決めた以上、お弟子さんにも声を掛けたかったからだ。
諸々決まったことを伝えるため王宮に使いを出し、マダムが置いて行ったデザイン画を「本日の顛末」として持って行ってもらった。
わたしのドレスのために白の特別な生地を仕入れようとしている陛下と宰相が見たら、ここで何が起きたか大体想像がつくだろう。
なにせ黒と紫と赤のスッポンポンみたいなデザイン画、きっと驚くに違いない。ハハハ……。
使者を見送ると、ようやく平和な時間がやって来た。
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