第20話:神薙様について調べましょう
ついつい自分のペースでガツガツと階段を駆け上がりたい衝動に駆られる。ただ、残念ながら、服がそうはさせてくれない。
ドレスの裾を踏んづけて顔からズシャァッと行きたくなければ、素直に差し出されたイケメン騎士の手につかまり、軽くドレスのスカートをつまんで、しずしずと歩いた方が良い。
「右です」
「あ、はい」
しずしず……
広い図書室には司書さんとわたし達しかおらず、とても静かだ。木と、紙と、インクの匂い。自分達の歩く音。窓から差し込む柔らかな光。白い手袋。見上げるとイケメン仏像(ぐはっ)
文化や習慣のギャップが大きい。
周りの協力を得ながら知識を詰め込んで行く日々は、少なからずわたしの知識欲を刺激してくれたし充実もしていた。
しかし、自分の周りを取り囲んでいるものや環境を知ろうとすることに躍起になる中、ふと立ち止まると、自分が神薙というものについて殆ど知らないことに気がついた。
神薙は大陸に一人しか喚べない。
神薙は大切な存在らしい。
神薙はヒト族の前にはめったに姿を現さない。
神薙の体に触れても良い人は限られている。
神薙には常に護衛がつく。
神薙にしか、天人族の子どもは作れない。
神薙は多くの夫を持つことが許されている。
都度、周りから教えてもらったことだけが、神薙に関する知識だった。
これで良いのでしょうか。
自分のことなのだし、もう少しきちんと知っておくべきでは?
異世界から来て夫を持った過去の神薙たちは、何を思い、どう生きていたのか。
どのくらいのペースで『生命の宝珠』を作っていたのか。
自分の置かれた状況に疑問や不満はなかったのか。
夫がいない昼間は何をして過ごしていたのか。
もっとリアルな神薙の暮らしを知りたい。
先代の神薙さんには百人くらい夫がいたそうだ。アンビリーバブルである。
パワフル過ぎてドン引きしてしまうのだけれども、その割に妙なのだ。どういうわけかこの国の天人族は、少子化で悩んでいると言う。
百人の夫がいながら、どうして……?
次々結婚しただけで終わった?
何か事情でも??
神薙として召喚され、おそらくは先代も全く同じことを言われているはずだった。
旦那さんを見つけて、らぶらぶエッチして『生命の宝珠』をたくさん作って下さい、ハッピーでいて下さい、と。
百人も夫を選んでおいてセックスレス(?)というのも何だか妙な話だし、想像がつかない。
「リア様、こちらが十五番の棚です」
「ありがとうございます。うわぁ、結構ありますねぇ」
神薙に関する本がまとまっているコーナーだった。
古いものから、最近出版されたばかりと思しきピカピカなものまで、思っていたよりも多くの本が揃っていた。
この国の本には大きく二種類ある。
万人向けと、天人族向けだ。
天人族向けの本は尋常でないほど価格が高く、一冊がヒト族のお父さんの平均的な月給を超えているらしい。それに一般の本屋では売られていないそうだ。
お高いだけあって装丁は超豪華。本棚に置いておくだけでペカーッと映えるようなものばかり。
読まなくともインテリアとして飾っておくだけで楽しくなれそうだ。
さすがに神薙コーナーは、天人族向けの本ばかりだった。
一般庶民にとっての神薙様は『ほぼ神様』なので、それについてつらつらと語るような本は出ないのだろう。
さて、どれにしようかな……。
新しいジャンルの本を読む時、最初の一冊目は深く考えず、カンに任せて選ぶことにしている。いわゆるジャケ買いというやつだ。見た目と、本のタイトルだけで選ぶ。
よし、これにしましょう。
手に取ったのは、「神薙論」という本だった。
なんだかちょっとカッコいい。
論というぐらいだから、少し哲学書っぽいものを期待しているけれども、カジュアルな内容でも全く構わない。
神薙という存在が天人族からどのように思われているのか、どうあるべきなのか、そんなことが書いてあれば大当たりだ。
「リア様……、まさか、それをお読みになるのですか?」と、オーディンス副団長が微妙な面持ちで聞いてきた。
難しい本なのかな? と思いつつ、普通に「はい、そうですね」と答える。
「哲学書っぽいのかな、と思いまして」
「その傾向がある箇所も、ないことはないですが」
「神薙とはこうあるべきだ、という内容なのですか?」
「いいえ、神薙の夫とはこうあるべき、という方に重点が置かれているかと……」
「そうなのですねぇー。では、これはお部屋で読むことに致しますね」
「う……っ、そう、ですか……」
神薙論をお持ち帰り用の箱に入れた。
お持ち帰り箱に入れておくと、あとで騎士様がお部屋まで運んでくれることになっている。
たとえ本一冊であっても神薙様が荷物を持って歩くのはよろしくないらしく、過保護だなぁと思いつつも有り難く運んでもらっていた。
お部屋に持って行く本をあらかた選んでから、椅子に座って前の日に読んでいた本を開き、続きを読んだ。
それは子ども向けの優しい歴史入門書だった。まずは概略をざっくり捉えるために、子ども向けを読んだ方が早いと言って彼が探してくれたものだ。
彼は珍しくわたしから離れて、司書さんと何やら話し込んでいるようだった。ぼそぼそと二人で話す声が聞こえて来ている。何か打ち合わせでもしているのだろうか。
「まさか、それを読むのか」という質問の意図が分かったのは、夜も更けて「そろそろ寝ようと思います」と宣言をした後のことだった。
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