第5話:男性しかいないらしいです

 天人族は男性しか生まれない。

 ……それって、どうやって世代を繋いでいるのでしょう??


 イケオジ陛下、まさか「めくるめくBLワールド」みたいな話をしようとしています?

 それとも「雌雄同体の神秘」とかのほうですか?

 はたまた「もう増やす必要がない」とかいう究極路線に行っちゃっていますか?


 そうなると、つまりは……


「天人族は不老不死?」


 あ、やば、声に出して言っちゃった。


 慌てて口を押さえたけれど、少し遅かった。

 ぶばっ!! と、陛下がお茶を吹き、くまんつ団長と宰相さんが下を向いて肩を震わせていた。


 ゴメンナサイ……(はずかしい)


 そもそもイケオジ陛下がオジサンになっている時点で、ちゃんと老いていたので不老不死ではなかった。


「天人族はたった一人の神薙と交わることしか繁栄する手段がないのだ」


 陛下は人差し指を立てて静かに言うと、お付きの人が淹れ直してくれた温かいお茶に手を伸ばした。


 へえ、なるほど。

 神薙との間には子どもができるわけですねぇ。

 選択肢が一人しかいないというのは、またちょっと大変ですね。人には好みというものがありますから、せめて何人かはほしいところですよ。

 うんうん……。


 ……あれ?

 神薙って、わたしでしたよね。

 ええーーッッ!!!!


「ちょっ、交わるって……、どっ、どこをですかっ?」


 陛下に二度もお茶を吹かせる羽目になった。

 どうにか持ち直した陛下は、妙にカッコよく答えに困っている。イケオジは困っていてもイケていた。


 わたしは慌てて別の言葉を探し、ぽそぽそと聞き直した。


「ヒト族の方が相手では、だめなのですか?」

「うむ」

「つまり、わたしに、天人族の方と、その……、子どもを作ってほしい、と……、そう仰っています?」


 陛下と宰相さんは黙って頷いた。

 背中からブワッと変な汗が出てくる。


「わ、わたしに子どもを産みまくれって仰っているのですかッ?!」

「いやいや、そうではない。天人族の子は神薙の腹からではなく、特殊な魔力で満たした『生命の宝珠』から生まれる」

「生命の、ほーじゅ……?」

「うむ。リア殿の手の平に収まるほどの大きさで、丸い形をした宝石のような石だ」


 ちょっと待ってください。

 ヒト型の生き物がタマゴから生まれる的な話をしていらっしゃる?

 ほーじゅが屏風に上手にぼーじゅの絵を描い……いや、しっかりしろ、わたし。


「宝珠の扱いは男達が知っている。リア殿は好きな男と愛し合うだけでいい。愛し合えば宝珠が神薙の魔力で満たされる」


 神薙様のお仕事は、子どもを産むことではなく「つくる」ことのようだ。


 陛下の話によれば、天人族の人口は年々減り続けているらしく、王国は安定的に多くの『生命の宝珠』をつくってくれる神薙を求めている。

 神薙に二人以上の夫を持たせるのは、飽きさせないことで少子化対策をしている(つもり)ということだった。


 陛下の言う「繁栄の象徴」という言葉は、決して不正解ではないけれども、それよりはむしろ「繁栄を担っている存在」と言ったほうが、より正確だった。

 彼らがわたしをここにんだ目的は、夫を与えて『生命の宝珠』を大量生産させるためだ。


 「今日からここがお家だよ」と、養鶏所に連れてこられたニワトリに近い状況です。


 冗談じゃない。なんて人達だ。

 ペコペコ謝って腰が低いと思ったら、すごい要求をしてきている。


 大勢の夫を持てという陛下と、選ぶにしたって一人だと主張するわたしの攻防は白熱した。

 そして、「とりあえず最初は一人でもヨシとしよう」と、陛下が折れる形で決着した。


 はぁ…はぁ……

 頑張り過ぎて疲れちゃいました……。

 でも、ニワトリにはニワトリの矜持というものがあるのです。


 三か月後、陛下主催で新神薙のお披露目会』が開催されることになった。その場でわたしは一旦となる。

 気に入った人は、王宮へ申し込みをする。

 わたしは「お見合い」で婚活をさせて頂くことになった。仲介してくれる世話焼きおばさん役が国王陛下というわけだ。


 「一人か……」と、陛下が呟いた。


 「本当に一人なら、相当重要になってくるぞ」と言う陛下に、宰相が「そうですねぇ」と唸った。


 今までの神薙さんには夫が「とてもたくさん」いたらしく、多少おかしな夫がいても、他の夫が抑止力になっていたそうだ。

 わたしが本当に一人しか旦那さんを選ばなかった場合、その抑止力がない状態になる。

 一部、夫に相応しくない人々がいるらしい。

 わたしにはその見極めができないので、申し込んできた人を王宮でふるいにかけてもらうことにした。


 神薙様が非モテで、誰も旦那さんに立候補してこなかったらどうなるのかと陛下に聞いてみた。

 「それは無い」と、陛下は自信満々で言い切った。

 何を根拠にそんなことを言うのかと思ったら、この国で神薙の夫になることは「とても名誉なこと」らしい。しかも定員が一名様だと分かったら、人気も爆上がりすると言う。


 では逆に、わたしが誰も気に入らなかった場合は、どうなるのだろう。

 「誰かは選んだほうがいいだろうな」と、陛下は言った。


「そうですね。リア様を廃して次の神薙をべ、という物騒な話になりかねないですから」


 宰相が聞き捨てならないことを言った。


 物騒な話ですと……?

 わたしを、廃す?

 廃すとは、どういうことですか??


「それって、モテない神薙は……こ、こ、ころ、ころされ……」

「第一騎士団が命がけで守るから大丈夫だとは思うが、王都軍まで蜂起すると少し状況が厳しくなるかもな」


 そ、そんな命がけの婚活なんて聞いたことありませんっ(泣)


 興奮して身を乗り出したら目の前が真っ白になった。

 「あ、まぶしい」と思ったら、今度は真っ黒になった。

 くまんつ団長と宰相が「神薙様」と遠くで呼んでいる声が聞こえていた。けれども、そのうち何も聞こえなくなった。



 全然知らない世界の、全然知らないオル……オルなんとか王国の皆さま、こんにちは。

 わたしは善良なるド平民、坂下莉愛です。

 東京で会社員をしております。

 趣味はお料理と製菓、それからジム通いはガチ勢です。あ、貯金も好きです。

 本日、こちらで神薙様のお役目を拝命いたしました。

 どうしたらいいのかまったく分からないので、優しく色々教えて頂けると助かります。


 旦那様を見つけないと殺されるかも知れない世界だそうですが、わたし、つよく生きてゆきます……。

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