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第6話:価値観の相違があります

◇◆◇


 ──話が違います、宰相さま……。


 百合の紋が入った神薙様専用馬車で連れて行かれた先で、わたしは立ち尽くしていた。

 そこには一瞬で語彙力を崩壊させるレベルの大きな宮殿があり、それがわたしの新しい住まいだと言うのだ。


 住居の件を相談していた相手はフォルセティ宰相だった。

 宰相はわたしが挙げたささやかな要望を聞き取ると、人差し指で一つずつ確認するようにメモをなぞりながら、ふむふむふむと頷いた。

 そして、「ご要望にピッタリの物件がありますよ、リア様」と言った。


 ──なんでどうしてこうなりました?(汗)



 この世界に来た初日、わたしは陛下のサロンでぶっ倒れ、そのまま王宮の離れに運ばれた。

 どうやら死んだように眠っていたらしい。

 侍女長のフリガは何度も息をしているか確認しなくてはならなかったそうだ。


 ぶっ倒れたわたしを抱えて運んでくださったのは、くまんつ団長だった。彼にはお世話になってしまった。

 ボサボサ頭のモジャモジャ髭で顔の輪郭すらはっきり分からなかったけれども、野性味あふれるクマの紳士は優しく頼りになる方だった。

 翌朝、くまんつ団長を始め第三ゴリマッチョ騎士団の皆さんとお別れし、護衛が第一騎士団の皆さんに代わった。


 すぐに住まいに関する相談と調整が始まった。

 当初の予定では、わたしが最初に目覚めた場所が住まいになるはずだった。

 そこは二代前の神薙が暮らしていた宮殿で、修繕やリフォーム工事を済ませたばかりだったそうだ。

 しかし例の魔導師団の事件があり、捜査のために現場を保存することになった。

 神薙の宮殿には住まない。これは早々に決定していた。


 「このまま王宮で一緒に暮らそう」と言う陛下。

 「それは名案ですね」と、ニコニコする宰相。

 困ったオジサン二人に挟まれ、「どこの世界に家がないからって王様と同棲する人がいるのですか」と、ツッコまなければならなかった。

 それに、「わたしは庶民的な普通の暮らしがしたい」と、何度もお願いしなくてはならなかった。


 わたしの東京の住まいは、七畳の居室に三畳ほどのキッチンが付いた一人暮らし用の部屋だった。

 通勤時間を短縮する目的で借りた新築の駅近デザイナーズマンションで、とても気に入っていた。

 もともと荷物は少なく、何でも折り畳みとか『一つで二役』みたいな物を買うクセがある。だから十分広く感じていたし、快適に暮らせていた。

 東京の働きアリは清潔と駅近が好き。これは定説だと思う。


「古くていいので清潔で小さなお部屋があれば」


 わたしが宰相に伝えた要望は「部屋」だった。

 イメージしていたのは、アパートとかマンションのような集合住宅の一室だ。


 どう間違えて受け取れば、この大きな宮殿が出て来るのでしょうか……?


 見た瞬間、「ヤバい」の三文字しか頭に浮かばなかった。

 こんなことはギリシャ旅行で神殿の遺跡を見た時以来だ。まさか世界遺産と自分の家が良い勝負をするとは夢にも思わなかった。


 真っ白な外壁にオレンジ色の屋根瓦はとても可愛らしい。ただサイズ感に可愛さは皆無だ。むしろ貫禄しかない。

 「いちにいさん……」と、下から階数を数え始めたけれど、意味がないと思って途中でやめた。

 監視塔にしか見えない塔まで付いている。敵でも攻めて来るのだろうか??


 屋敷も大きいけれど、べらぼうに敷地が広い。

 庭園は付いているし、畑、池、原っぱ、そして森(?)まで。


 厩舎にはお馬さんがたくさん暮らしていた。

 彼らは車のエンジン(?)なので、同居せざるを得ない。

 積載量が多くなって馬力が必要な時は、お馬さんエンジンを増やすのだ。

 彼らを放牧できる広い草地もある。

 生けるエンジンは群れで暮らすのがお好きらしく、キャッキャウフフな雰囲気を醸し出しながら、皆で仲良く走ったり草をはむはむしている。

 たまに「ブルルルル」とエンジンをふかしているような音を口から出し。おしりからは以下略……。

 馬房にはちゃっかり者のネコさんカップルが住み着いており、馬だけでなく厩務員の人達とも仲良くやっていた。

 野生のウサギやリスも見かけた。

 広大な敷地と屋敷を管理するために大勢の従業員がおり、その頂点にはバリバリ仕事ができそうな執事長のオジサマがいた。


 七畳一間の一人暮らしを希望している人に、ドーム球場が何個も入る敷地と屋敷を「ちょうどいい物件だ」と言って与え、従業員まで付けるなんて、この国はどうかしている。


 わたしはソファーでクッションをぎゅっと抱えた。プレッシャーで上半身がプルプル震える。

 どれもわたしが旦那様と多くの子どもをつくり、天人族を繁栄させる前提で提供されているものだった。

 まだ決まった相手すらいないのに、重圧だけはアッチコッチからのしかかって来る。期待に応えられなければ最悪は殺されるわけで、貰えば貰うほど不安を感じた。


 毎朝、侍女三人組に手伝ってもらいながらドレスを着る生活。

 神薙様の非モテは許されないので、外見には気を配らなければならない。

 幸い侍女の美容知識と手際が素晴らしく、頼もしかった。ヘアメイクは座っているだけでアッという間に終わってしまうし、こちらに来てからというもの、様々なヘアスタイルを楽しませてもらっている。

 厄介な乾燥肌も今のところ鳴りを潜めている状態だ。

 水が合うのか侍女オススメの化粧品が良いのか、以前では考えられないほどお肌がツルピカしていた。しかも髪までトゥルントゥルン。

 これで旦那さま候補が二~三人でも現れてくれれば万々歳。


 「少し地味……な気が」と、侍女長フリガは若干不満そうだ。

 さすが異世界と言うべきか、価値観のすれ違いが多々起きる。

 侍女長は地味だというけれど、鏡に映る自分のコスプレ感はハンパなく、恥ずかしいレベルでドレッシーだった。


 毎朝行われる彼女たちとの攻防は、そもそも多勢に無勢で勝ち目がない。

 出て来るドレスはもれなく豪華だし、アクセサリーについている宝石は「でっかい」が基本。

 そこをどうにか小さめの物に変更してもらったり、同じ色でもデザインがおとなしめのものに変更してもらったり。

 目覚めのハーブティーを頂きながら、負け戦にみみっちい抵抗をするのが朝の日課である。

 ただ、彼女たちがとても可愛らしくて良い人達なので、四人でキャンキャンやっている時間も笑いは絶えない。


 東京の自宅にあったクローゼットの数十倍はあろうかという衣裳部屋は、三割ほどがドレスとアクセサリーなどで埋まっている。

 彼女たちは「数が少なくて申し訳ありません」と言うけれど、こちらは多すぎて引いているくらいだった。

 どうやら神薙様は、衣装とアクセサリーをたくさん持つ人のようだった。



 宰相から、「先代の神薙様が所有していた財産を引き継いでほしい」と言われ、財産リストを見せられた。

 先代はお肉とお酒とお宝が好きな方だったらしく、牧場だのワイナリーだの鉱山だの……ワケの分からない財産をたくさん持っていた。パワフルな方でビックリだ。

 わたしはこれ以上プレッシャーをかけられたくないので、全て遠慮させて頂いた。

 「持っているだけでもお金になります」と食い下がられたので、それならば国の所有にして皆のために使って下さいとお願いした。

 書類には「オルランディア王国 国有財産(神薙用)」と書かれていた。


 オルランディア王国。

 それがこの国の名前だった。


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