第7話:彼は教祖様です

 わたしはレアなトレーディングカードのようなものだった。

 もとはなのに、希少だという理由だけで特別なものとして扱われている。


 神薙様はこの大陸に一人しかいない貴重なレア生物だ。

 だからどこに行くにも護衛が付いて来る。彼らは白い手袋をした騎士様だ。


 第一騎士団は、神薙のための騎士団だそうだ。

 団長をトップに副団長が三名。副団長の下には隊長がいて、更に副隊長、班長……という構成で、明確な階層と序列がある。

 団長は全体のマネージメントに注力するためデスクワークをしているというから、かなり大きな組織なのだろう。


 「神薙の一番近い場所には、団長もしくは副団長が付いていなくてはならない」という決まりがあるようだ。

 日中は三人いる副団長のうち、主に二人が交代で付いていてくれる。

 夜間はまた少し勝手が違っていて、部屋の前に二人の護衛が立っていた。

 宮殿の敷地内には大勢の騎士団員がいるものの、わたしが直接やり取りをするのは副団長のみ。他の団員とは挨拶や手を振る程度で、意外と接点は少なかった。


 最も長時間わたしに貼り付いているのが、アレン・オーディンス副団長だ。

 彼は一見すると「背の高い真面目メガネさん」という感じの人だ。

 びしっと撫でつけたブラウンのペッタリ髪に、四角い銀ブチのメガネ。背は少なく見積もっても百八十五センチはありそうだ。

 平均的な日本人男性と比べれば大きいけれども、ゴリさん騎士団の人々と比べたら、いわゆる細マッチョの部類だと思う。

 背筋がピンと伸びていて、動きも口調もキビキビとしていた。


 しかし、困ったことに彼は表情を殆ど変えない人だった。

 無表情で何を考えているのか全く分からないし、感情も読めない。

 その無機質ぶりは、居酒屋の入口にいる受付ロボットの方が彼よりも人間味があるかもと思えるほどだった。

 彼は人として根本的なところで無機物とかAIに敗北しかけている。

 キビキビ動くけれども、ほぼ石像だった。


 実は初対面の時、どういうわけか彼が「岩」に見えた。

 メガネをかけた長細い岩が「ヨロシクお願いシマス」と喋っていたのだ。おそらくは目の錯覚だと思うけれども、怖くてちょっぴりトラウマである。


 そんなオーディンス副団長は、生活の邪魔をしない絶妙な間合いを心得ている。

 だから邪魔ではない。

 邪魔ではないけれども、わたしがどこにいてもジーーーッとこちらを見ているので、ものすごく気になる。

 護衛だから仕方がないのかも知れないけれど、その様子はまるで夏休みのプールの監視員だ。

 今にも笛を吹き「はい、そこ、飛び込み禁止ですよー」と言い出しそう。


 わたし、彼が苦手かも知れないのだ……。

 なんだか得体が知れないというか、よく分からなくて怖い。


 くまんつ様のモシャモシャが懐かしく感じた。

 同じ騎士でも、あの方は癒しだった。特にお声が素敵で。またいつかお会いしたい。そして癒されたいっ。石は嫌ですっ。



 「神薙様、少しよろしいでしょうか」


 ソファーでクッタリしていると、機敏な石もといオーディンス副団長が声を掛けて来た。


 わたしはチラリと壁の時計を見た。

 そして、「ああ、もうそんな時間か」と思い、ため息まじりに「ハイ」と返事をした。


 今日も謎の儀式が始まります……(泣)



 「料理人から確認が来ております」という彼の言葉に、わたしはカクンと項垂れた。


 この宮殿には、わたしの食事と従業員のまかない料理を作る料理人が六人いて、そのアシスタントが大勢いる。

 彼らが作る神薙様用の特別メニューは、とにかく品数が多い。どうやら決まりがあって減らすことが出来ないらしい。

 食べ切れるところまで一品ごとの量を減らしてもらったところ、美味しい物を少しずつお上品に頂く懐石料理のようになってしまった。

 相当な手間暇をかけて作ってくださっていると思う。

 しかも料理人の皆さんは、わたしの好き嫌いに対して必要以上にナーバスになっていた。全然気にする必要のないところで気を遣われているのだ。


 副団長は胸ポケットからスッとメモを取り出すと、爽やかな声で読み上げ始めた。そこに料理長からの確認事項が書かれているのだ。


「まずは本日の夕食です。ポルト・デリング産オルランディア真鱈のフライ、それからルアラン風の……」


 あぁぁぁ……(泣)


 わたしは頭を抱えた。


 この謎の儀式は、ここに引っ越して来た日に突然始まり、毎日同じくらいの時間に行われている苦行である。

 本日のディナーと翌日の朝食、そしてランチのメニューをズラズラ読み上げられるのだ。

 なまじメニュー数が多い上に、『ドコドコ産ナンタラカンタラのナンチャラ風ムニャムニャ。ホニャララハニャラを添えて』などと、一品ずつの名前が長い。

 この世界に来たばかりで、地名を含む固有名詞がさっぱり分からないわたしにとって、産地の良し悪しは判断がつかないし、ナンチャラ風と言われても美味しいのかマズイのかが分からないのだ。

 彼はそれらを全て読み上げると、最後に「嫌いな物はございませんでしょうか」と聞いてくる。


 もう念仏にしか聞こえませんけれど、わたしは一体なにを聞かされているのでしょうか……(ぷるぷる)


 入信した記憶がないのに胡散臭い宗教集会に連れて来られてしまった不運な人のごとく、来る日も来る日もこの苦行に耐えている。

 彼は『アナタ・コレ・タベラレマスカ教』の教祖様なのだ。

 何が何でもわたしを入信させてタベラレマスカの神に跪かせようと、この説法に命を懸けている。


 ──だが、断るっ! 


 昨日までのわたしはついつい彼の勢いに負けて、「問題ないです」と気弱な返事をしていたけれども、今日と言う今日は言ってやる。

 言ってやりますともっ。

 だって、わたしはもう 限 界 で す 。


「それから三時のお茶ですが、クリームとチョコレートのケーキでしたら、どちらが……」

「ふ、副団長さま……」

「はい。どうかされましたか」


 どうかしてるのはアナタですよ、このタベラレマスカ教祖さま! という本音は、かろうじて飲み込んだ。

 きちんとしていなくては「あんな神薙じゃダメだ」と思われて殺されるかも知れない。


「わたし、嫌いなものはありません。何でも美味しく頂けます」

「えっ……」


 「え」ってなんですか、「え」って。


「もしかしたらこの世界にしかない苦手な物がそのうち見つかるかも知れませんけれど、その時はお伝えします。ただ、それでもいずれは食べられるようになると思います」


 わたしに好き嫌いがないのは本当で、食べ物のストライクゾーンは人並外れて広い。

 嫌いな物が現れても克服するために何度もトライする変な習性があるので、パクチーオンリーのサラダだろうが、臭豆腐にベジマイト何でも来いだ。


「厨房の皆さんに『今後は確認を頂かなくて大丈夫』とお伝えください」

「……かしこまりました」


 よし、黙らせましたっ。もう一息!

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