第2話:召喚獣でしたっけ?

 「──我々がそなたを神薙として召喚した」


 イケオジ陛下があまりにもサラッと言ったので、わたしは「はい?」と聞き返した。

 すると、陛下は改めて「神薙としてリア殿を召喚した」と言った。


 ほっほう、召喚ですか。

 ハテ、わたしはゲームに出てくる召喚獣か何かでしたっけ?


「…………」


 リアクション機能に不具合発生だ。

 頑張って口をぱくぱくしたけれど、言葉と声が出ない。


「昔は聖女と呼ばれていたのだが、時代の流れと共に役割が変わってな」

「は、あ……」

「今は神薙と呼ばれている」


 イケオジ陛下、死ぬほどどうでもいい情報を出してくるのは、よせ。


「この王国にとっては、唯一無二の大切な存在なのだ」


 このまま放っておくと、更にどうでもいい情報が追加されてきそうだった。

 とっとと「ごめんなさい、もうしません」と謝ってもらいたい。わたしは大急ぎで円満に去りたかった。


 ところが陛下は「神薙が召喚に疑問を抱くのは想定外だ」と言った。

 そのおかげで余計リアクションに困ることとなり、お返事のしようがなくなった。何か言わないと失礼だとは思うのだけど、はてさて何と言うべきなのか……。


 イケオジ様、ポジティブを煮詰め過ぎておかしくなっていますよ?

 人を攫っておいて「ゴメンナサイ」を言わないのはマズイと思うのです。

 魔導師団の件も、詫びる気があるのなら顔を見て最初に謝らなくちゃ。

 謝罪どころか「召喚した」なんて上から目線で言っちゃダメでしょう。わたしにとっては拉致なのですよ? 犯罪ですよ?


 言うべきか言わざるべきか悩む。言って分かるのなら言う価値もあるのだけれども……。


 先に最重要ポイントを確認しておくことにした。


「すみません、念のため確認なのですが、帰して頂けるのですよね? 家に……」


 イケオジ陛下の返事は「それは無理だ」だった。


 その言い方はアウトです、イケオジ。


「ここは、そなたが暮らしていた世界ではない。そこにある地図が我々の世界だ」


 横柄なイケオジが指差すほうを見ると、壁に大きな地図が掛けてあった。


 どれどれ……?


 あー、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカあたり、ございませんねぇ。当然ですけれど、日本なんて影も形もないですね。はっはっは……はあ~~~……。


「我々は異世界から人を連れてくる方法は知っているが、戻し方は知らない」


 ──やっぱり異世界でした。


「陛下、我々は言葉を選ばねばなりません」


 横柄なイケオジに食って掛かったのは、くまんつ団長だった。


「リア様は天啓を受けておられない上、事件に巻き込まれたのです。こちらはお詫びをして、お願いをする立場だと私は考えます。ましてや先代のような方でもありません」


 わたしの代わりにガツンと言ってくださった。

 陛下は「天啓がないのか。そうか」と顔をしかめると、申し訳なさそうに「すまない、リア殿」と言った。


「どうも前の神薙と話すときのクセが抜けない……」

「あ、いいえ」


 わたしには関係ないけれど、どうやら先代の神薙さんとイケオジ陛下は仲が悪かった模様だ。



 イケオジの部下が戻るのを待たずに別のお部屋へ移動することになった。

 そこは陛下のプライベート用のサロンで、少し落ち着いてお茶でも飲もうとのことだった。


 座り心地の良いソファーに陛下と向かい合わせに座ると、すぐに温かい紅茶が出てきて、お部屋に良い香りが漂った。

 くまんつ団長は陛下の斜め後ろに立っていた。


「リア殿、この国にはどうしても神薙が必要だ。神薙なしには国が成り立たない。国どころか大陸が成り立たない」


 陛下は真面目な顔で言った。

 彼らは召喚という名目の拉致行為をやめるわけにいかないらしく、数十年に一度のサイクルで繰り返しているとのことだった。

 そして、今回の当たりクジ(貧乏くじ?)を引いてしまったのがわたしというわけだ。


 宝くじの一等当選のほうが良かったです……。


 今までここに来た神薙さん達は、大抵「天啓」というのを受けていて、色々了承した上でここに来ていたらしい。なので、帰りたがった人はいなかった。

 拉致するほうもヒドイけれど、過去に連れて来られた人達の思考も少し変わっているように思える。

 前の世界の仕事や人間関係などを全部なくしても平気だったらしいので、世捨て人か、生活に疲れ果てていた人かもしれない。


 陛下いわく「神薙の召喚は国民の幸福のため」らしい。しかし、この先、国民の皆さんからどんなに感謝をされようとも、こちらは失うものが多すぎて割に合わない。

 わたしの家族の気持ちも考えて頂きたい。

 いきなり娘が消えたのだ。多分、父なんか発狂しているし、母は泣き叫んでいる。

 兄が一番地獄だ。発狂する両親を一人でケアしなくてはならない。

 警察へ届けただろうか。マンションの家賃とか光熱費とか、どうなるのだろう。

 ああ、考えただけで変な動悸がする。


 くまんつ団長が心配そうな顔でこちらを見ていた。


 せめて、今思っていることは伝えておこうと思った。

 ささやかだけど、幸せを感じていた日本での暮らしについて話した。

 今日この国に何もかも奪われてしまったこと。それがとても悲しくて腹立たしいこと。残された人たちの気持ちを考えると、辛くて生きている心地がしないこと。

 願わくは全部返して欲しい。それが叶わないのなら、これ以上、如何なるものもわたしから奪わないでほしいとお願いをした。

 途中で感極まって泣いてしまったし、あまり上手く話せなかった気はする。


 彼らがどのように受け止めたのかは分からない。

 ただ、わたしが話し終える頃、陛下の顔は凍りついたように真っ青。そして、くまんつ団長はカチカチに凍ったホッキョクグマのようになっていた。

 まるで凶悪犯に銃を突きつけられて脅迫でもされているような顔だ。


 おかしいな、なんでそんな顔になりました?


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