第1話:王宮

 わたしは馬車の窓にへばりついて外の景色を眺めていた。

 これは、間違いなく東京じゃない。

 高いビルはあるけれども、わたしの見慣れたコンクリートジャングルとは根本的に街並みが違っていた。遠くの丘に、お城のような建造物が見えている。

 アジア感とかヨーロッパ感とか、どの町にも必ず地域性が感じられる「それっぽさ」があるけれども、厄介なことに「日本じゃない感」と「地球じゃない感」をひしひしと感じた。

 ここに来てから話している言葉もさることながら、そこら中に見えている標識などの文字は、今までお目に掛かったことのないものだった。なのに意味が理解できるから気味が悪い。

 慣れない服、慣れない馬車に、見慣れない景色。あらゆるものが「地球じゃない感」をまとっている。


 馬車はゆっくりとお城の手前にある宮殿のような場所へと入っていった。



 くまんつ団長は、わたしの歩幅に合わせて歩いてくれた。そして、今歩いている場所が王宮であることを教えてくれた。


 王宮って……王様のおうち? どうしてわたしがそんな場所にいるのだろう。帰りたい。七畳一間のわたしのお城に帰りたい(切実)


 隣はクマ団長、周りをゴリ団員八人がグルッと囲んでいた。

 さらにその周りにはゴリ団員のおかわりが群れをなしている。もちろん彼らが護衛をしてくれているのは分かっているし、とても感謝していた。

 大きな動物の周りをオリが取り囲んでいる場合、人はそれを「飼育小屋」と呼ぶけれども、筋肉バキバキの大きな人が、まるでオリのように自分の周りを取り囲んでいる状態のことは何て呼ぶのだろう。

 「完全包囲」とか「護送」とか、立てこもり犯や指名手配された人に使われる単語しか思い浮かばないのは気のせいだろうか……。


 完全包囲状態で王宮内を移動すること十数分。さらに待機室のような場所で待つこと二十分ほど。わたしはなぜか国王と会うことになっていた。


 ──どうして王様が出てくるの?


 くまんつ団長いわく、そもそも「神薙様の事情に詳しい人」は捕縛された魔法使い軍団だったらしい。彼らの本来の役目は、わたしに知恵を与える案内人だと彼は言う。しかし、不安と破廉恥な要求は必要以上に与えて下さったけれども、知恵らしきものは何一つ頂いていなかった。

 彼らの不祥事の責任を取るべく、国王が自ら説明に出てくるそうだ。王様も色々と大変だ。


 ついでに教えてもらったのは、捕まった人達の通称が「魔導師団」だということ。

 なんだか危ないカルト集団のような組織名だ。わたしが付けた「魔法使い軍団」という仮称も、あながち間違えではなかった。


「お待たせ致しました、神薙様」

 案内の人が呼びに来た。

 くまんつ団長はさっと手を差し出し、わたしが立ち上がるのをサポートしてくれる。レディーファーストの習慣にしては随分と丁寧だ。

 最初に挨拶を交わして以来、移動時に手が空いた瞬間が一度もなかった。立ち上がるときには必ず手が差し出され、歩きだす際には腕がスッと出てくる。掴まって歩けというのだ。

 なにせドレスのスカートが広がっていて、自分から靴の先がよく見えない。ツーンと裾を踏んづけて転ぶのではないかという不安が常にあった。だからとても助かっている。

 ただ、仮にその不安がなかったとしても「大丈夫、わたし一人で歩けますよ」とは言いにくい雰囲気が少しあった。


 長い廊下を歩いた先に国王の執務室があった。

 案内の人によれば、本当は応接室で会うつもりだったものの、お仕事でバタついて机から離れられなくなってしまったそうだ。部下があと一人報告に戻ってくればフリーになるので、その後お部屋を移動するかも知れない、とのことだった。



「本日降臨された神薙様をお連れ致しました」と、くまんつ団長が言うと、国王と思しき偉そうな人が「ウム」と答えた。そして「今日は色々とご苦労だった」と、くまんつ団長を労った。

 くまんつ団長は落ち着いた口調でわたしを紹介すると「すぐ後ろに控えております」と言って下がっていった。後ろに大きな人がいるのが気配で分かる。付かず離れず絶妙な距離感で安心した。


 国王の第一印象は「大きな人」だった。

 がっしりとした大きな体をしていて、面長で彫りの深い顔だ。髪はダークブロンドのようだけど、かなり白いものが目立つ。見た目年齢なら四十代後半から五十代前半くらい。若い頃はさぞかし格好良かったのだろう。いわゆるイケオジだ。声も渋くてイイ。


 ゴージャスな応接セットで、国王は簡単な自己紹介をしてくれた。

 フォー、フォなんとか、オルなんとかさん(汗)

 関心のない名詞がサクッと頭に入らないのはわたしの残念な仕様だ。申し訳ないけれども、とりあえず仮に「イケオジ陛下」とさせて頂きたい。「陛下」とお呼びすれば、お行儀的にも問題なさそうだ。


坂下莉愛さかしたりあです」

 自分も名乗った。サカシタが発音しづらそうだったので「リアでいいです」と伝えた。

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