第20話
船を漕ぐ。
ゆっくりと、だが確実に、近づいている。
そして、視界いっぱいに広がる島。
「なんかヤバい雰囲気」
「ああ、魔力探知をしなくても分かるほど、濃密な魔力だ……」
思わず吐き気を催すほどの威圧感を発する、クリスタルドラゴンの眠る地、ファルアティナ島。海岸の岩場に洞窟があり、自然もそれなりに存在する、豊かな島。
ただ、動物はいない。
クリスタルドラゴンがやってきてから、新たに住み着く動物や魔物は一切ない。
圧倒的すぎる魔力を浴びて、堪らず狂ってしまう生き物達。植物も、よく見たら歪に歪んでいる。
遠くからは分からなかったが、近くで見てみるととても自然物とは思えない形状を作っており、ここだけ切り取られた異世界のようだ。
それもこれも、500年間クリスタルドラゴンの異質な魔力を浴び続けたのが原因である。
今の自然を維持するためにも、奴はすぐにでも討伐しなければ。
マウトは、再び目的を思い返す。
クリスタルドラゴンを討伐すること。
これは何よりも優先しなくてはならない。
例えば、誰かの命よりも。
「さぁ、降りよう」
「あい」
水を踏まないように、大股で降りるユーキとマウト。
少し舞う浜の砂が、濡れた船の外側に張り付く。
少し歩いて岩場に差し掛かる。
「転ばないように気をつけるんだよ」
「うわっ!」
ユーキは顔面からステンと転ぶ。
「言ったそばから……」
「へへ……」
鼻を赤くしながら、むくりと起き上がるユーキ。
マウトは呆れるようにため息をつく。だが、緊張ばかりの気持ちに、一瞬の安らぎが与えられた。
岩場で再び転ばないよう慎重に歩き、遂に洞窟の入り口に着いた。
途端に、ブワッと風が噴き出してくる。
まるで二人の侵入者に「帰れ」と威圧したかのようなそれを受け、ビリビリと体に緊張をもたらす。
腕を軽く回し、俄然やる気になってきたと言わんばかりの様子のユーキ。
対するマウトは、冷や汗を垂らしている。
やっと来たのだ、この瞬間を待ち侘びていたのだ。マウトにとって、ここはある意味一つのゴール地点となる場所。
人生の行く末を決定づけられたあの日、倒すと誓った。
ブラッドドラゴンがマウトの故郷を襲った当時、噂はクリスタルドラゴンで持ちきりだった。
結局、確たる事実まで出回ることはなく、その一件は闇に葬られてしまった。だが、マウトが今までやってきた全ては、クリスタルドラゴンという噂の存在を倒すためにやっていたことなのである。
本来復讐すべきである相手はブラッドドラゴンの方なのだが、そのことを知ったのはつい最近。それに、マウトは途中まで手をつけた物事を途中で投げ出せる性格ではないし、クリスタルドラゴンも噂通りなら放置できる存在ではないと思った。
マウトは、やり遂げるために必要な最後の『ピース』を持つユーキを探し、見つけた。
そして、いよいよ最後の戦いが始まる。
洞窟は、吹き込んだ潮風のためか、少し磯臭いことを除けば、外見は特に変哲のない洞窟である。
マウトが言っていたように、わざわざ探知しなくても分かるほどの凄まじい魔力で気分が悪くなってくる。
「うぇ〜……」
「………気分が優れないのは分かる。僕も同じだ。だが、少し我慢するんだ。早く終わらせて帰ろう」
「うん………」
奥に進むにつれて、やがて潮の臭いもなくなって、硬い岩盤が剥き出しの大穴が広くなっていく。
不思議なのは、入った時よりも明るくなっていることだ。
そこら中に生えているクリスタルが、何かの光を反射して、美しく輝いている。
かの竜の体から放出された魔力が辺りに付着し、何重にも重なっていくことで大きな結晶を形成していったのだ。
下世話な話だが、今視界にあるものを売るだけで相当の金が懐に入ってくる。具体的には分からないが、数億クリスタは余裕で手に入るだろう。
ただ、そんな金儲けの思考しか持たない人間がここに来ればどうなるだろうか。
今は眠っているが、かつて16年前の時のように起こしてしまったら。
多分、無事という言葉が似合う状況ではなくなるであろうことは間違いない。
ここにいる二人は、片方は金に興味がなく、もう片方は既に金を腐るほど手にしているので必要がない。そのため、欲望に塗れた行為には及ばない………いや、訂正しなくてはならない。二人……特にユーキは、欲望のままに行動する。
だが、その欲望はあくまで世界を救う鍵である。
マウトが一部を黙認していたのはそのためだ。
「わ…………」
巨大な鉱脈に、ユーキは目を奪われ絶句する。
「物凄い魔力だ………。これが、まだ眠っているクリスタルドラゴン………」
マウトは、ゴクリと生唾を飲む。
眠っているはずなのに感じる威圧感。魔力。そこには、自分が被捕食者であると認識させられる力がある。
「気圧されるなよ、ユーキ。さぁ、今まで通り………いや、今まで以上に拳に力を込めて、構えて」
「あい」
マウトの指示通り、ユーキは拳を構える。
もう何度目かのこの流れに、ある種の安心感を覚える。
ユーキの拳が当たれば、確実に倒せるのだと。そういう確信がある。
「さぁ、準備はいいな? 拳を放つんだ」
「そいっ———」
その巨大な結晶の山を打ち砕いた拳の衝撃波。
粉々に砕けた結晶の下から、風穴の空いたクリスタルドラゴンの死体が出て———————————————来ない。
探せど探せど結晶ばかり。
「ふむ、何かおかし———」
マウトが何か言いかけ、そして———
———それを遮る、唸り声。
———大きく伸びる影。
———それが生き物であることを示す、影。
「———まず———い———」
———竜は、吐息を一つ。
———ユーキが、結晶に包まれ、侵食されていき—————————一瞬で、結晶の塊になった。
岩魔法を連発する。
ユーキに近づけさせまいと、竜に向かってきついのをいくつも浴びせてやる。
竜は咆哮し、天井を突き破って地上に出た。
マウトは飛行魔法で即座に追跡を始める。
全身に結晶の甲殻を纏う巨大竜。
あの竜は、間違いなくクリスタルドラゴン。
何故クリスタルドラゴンが?
結論としては、覚醒期はとっくに来ていた。
ユーキとマウトは、巨大な鉱脈をクリスタルドラゴンだと勘違いし、侵入者に気付いていたクリスタルドラゴンの不意打ちに気付けなかったのである。
魔力探知をしなくても感じられるほど濃い魔力が漂う空間で、一際強く魔力を放つ地点があったら、それを竜だと勘違いしてしまうのも仕方がない。竜はそのために自身の魔力を抑え、あえてそれを罠として設置していたのだ。
既に覚醒していたクリスタルドラゴンにとって、未だ休眠期だと誤解して不用心に侵入してくる冒険者を始末するなど、容易いことだった。
むしろ、ここにやってきたことが、かの者の逆鱗に触れてしまったのである。
竜が向かった先は、南西。
マウトは加速に加速を重ねても、ギリギリ速度で追いつけない。
ましてや、他の魔法で妨害することなど不可能。
マウトは突然の巨大な来訪者に怯える集落の人々と、それに向いて息を大きく吸い始める竜を視界に捉えた。
こうなれば、瞬間転移で先回りをするのがよいだろう。
集落の中心に転移したマウトは、即座に上空へ飛び上がり、何重にも何重にも重ねがけをした巨大な防護魔法を展開する。
と同時に、クリスタルドラゴンはブレスを吐き出した。
竜の吐息はいとも簡単にバリアを砕くが、その度に即座に新しくバリアを張り直すマウト。無尽蔵にも思えるほどの魔力を、湯水の如くじゃぶじゃぶ使って、脳への負担など顧みずに連続使用を続ける。
だが、それでも竜のブレスは強く、長い。
少しずつ、集落の家や畑、マウトの体に結晶を生やしていく。
逃げ惑う人々。マウトと竜を見て驚き、恐れ慄くが、黙って見守る族長。
最優先すべき事項は、クリスタルドラゴンの討伐。
マウトは、自然とそれを無視していた。
ユーキが結晶に飲まれて、事実上死んだ時点で詰みであるから、最早マウトのこれは無意味なはず。
だがマウトは、何故か守るという選択をした。
それは何故?
いや、マウト自身にも分からない。
彼が元々そういう性格だったのか、それとも環境が彼を変えたのか。
結局、復讐よりももっと大事なことがあるのだと、自分で認めてしまったような行動だ。
いや、復讐が最優先であると決めたのも自分だし、それを知っているのも自分だけ。
そもそもこの変化は、自分以外にはまるで理解の及ばないことなのだ。
周りから見れば、初めからそうだったようにしか見えない。
「———頑張れ!」
族長の声が聞こえた。
そして、次々に分からない言葉が連続で投げられる。
なんとなく、それが応援を意味する言葉なのだと理解したマウト。
そう、僕の変化なんてどうでもいい。今自分にできることを死んでもやり遂げる。
それが、散ってしまったユーキに顔向けできる唯一のやり方なのだ。
「うおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
マウトの全身を、クリスタルを溶かすほどの炎が包む。
地面が凄まじい勢いで隆起し、真下から竜に激突した。
不意打ちから、竜はバランスを崩して、ブレスを止めてしまう。
好機と見たマウトは、氷の針を竜の口を狙って飛ばす。
見事に命中させた氷の針をブワッと膨らませ、竜の口を氷で固めてブレスを封じることに成功した。
クリスタルドラゴンは、この賢者を、マウトを、危険な存在であると認識した。
あるいは、あの少女よりも。
確実に殺さんと、殺意を込めて突進を仕掛ける巨竜。
マウトは避ける暇もない。
ならば、回復&防護魔法で、受け切ってやろう。
マウトの全身が淡く光り、岩の如く分厚いバリアが包む。
同時に激突してきたクリスタルドラゴン。
一瞬でバリアを砕き切るが、さらに張り重ねたバリアと回復魔法を駆使して、途中から受け流されてしまった。
クリスタルドラゴンは、怒りを覚えた。
たった一匹の人間風情に、私の攻撃を交わし切られるとは何事だと。
起きたばかりとはいえ、流石に寝ぼけすぎではないか、と。
実際のところ、竜は普段通りの力を出せている。目の前の人間が化け物みたいに強いだけである。
「おーーーい、マウト!」
集落の方から声がした。
族長の声ではない。
だが、間違いなく大陸語だ。
一体誰だ?
マウトが息も絶え絶えに視線を移すと—————————そこには世界一強い木こり、ガルダがいた。
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